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07.美形の顔面力


「おはよう、ファル」


「どうも」


 何故彼が来たのか。私は僅かに寄った眉間の皺を必死に制御し、まっ平にする。ぺこりと頭を下げれば、先輩は胡散臭い笑みを更に深めた。


「おはよう、キャロル。朝から君に会えるなんて今日は良い日になる予感がするよ」


 先輩はツカツカと大股で近付いてくると、さも当然かのように私の隣に腰かける。副長の許可無く良く座れるものだ。私は近過ぎる距離に少しだけ腰を浮かせ、端に移動した。


「別に良いよ、詰めなくても」


 そちらが気にしなくてもこちらが気にするのだ。異性には心情としてあまり近寄りたくはない。

 別に先輩が触ってくるのでは?とかそういう事を思っているのではない。何と無く距離を取りたいだけだ。

 

「いえ、端が好きなだけなので」


 良い言い訳が思い付かず、適当な事を言えば副長の何とも言えない表現が目に入った。笑いそうにも見えるし、悲しそうにも見える。副長は私が先輩の事を苦手だと知っているからだろう。だからそんな不思議な顔でこちらを見ているに違いない。


「副長」


 止まった話を進める為に声を掛ける。すると副長はハッとし、もみあげを掻いた。

 

「何処まで話したっけ……、そうだ、そうそう」


 副長は手元の資料に目を通し、関連のある書類をテーブルに戻す。極秘と赤く手書きで書かれた書類には日時と人名の記載があった。

 

「ハルフォークには今日の21時に報告するらしい。僕も立ち会う予定だよ」


 という事は副長は今日も此処で泊まりという事だ。一体此処に何連泊するつもりだろう。一瞬見えた遠い目に思わず哀れみの視線を送ってしまう。

 しかし、心の中で思っただけの私とは違い、先輩は若干引いた顔をしながら口を開いた。


「また此処に泊まるの? 帰ったら? 別にヘクターが居ても報告に変わりなんてないでしょ?」


「そういう訳にはいかないんだよ。魔導電話で繋ぐからね、あちらから質問が来るでしょう。それに答えられる人がいなきゃ」


 (そういうものなのか。いや、にしても)


 いつも思ってはいたが副長に対して言葉遣いがなっていないのではないか?副長は先輩よりも当然職務歴が長い。私の常識では役職者には敬語が普通だと思うのだけど。


 副長の気にしていない様子を見ると、他人がどうこう言う事でもないのかもしれない。だが少し気になる。

 

 先輩は「はあ〜?」と体を背もたれに寄せると足を組んだ。


「大変だね中間管理職も」


 若干小馬鹿にした声色に副長は苦笑を漏らした。何も答えず、ただ苦笑するだけ。しかし副長が大変だと思っているのなら先輩もその横柄な態度も少し改めれば良いのに。

 

 冷ややかな視線を向けたい気持ちをグッと堪え、じっくりと長めの瞬きをした。ゆっくりと開いた瞳に先輩は映さず、困った顔の副長だけを映す。


「まあ、良いんだよ。仕事だからね、それにその分給料も多く貰ってるし」

「はあ、そうですか」


 そうだよ、と副長は力無く笑った。

 

「それにこれからはファルだって忙しくなるよ」

「まあ、確かに。ねえ、もう伝えてくれた?」


 チラリと桃色の瞳が向けられる。なんだなんだと私は目を丸くした。明らかに自分に対しての言葉だ。どういう事だとキョロキョロ視線を副長と先輩へ動かせば、先輩がフッと笑った。


「まだっぽいね」


 先輩は視線をこちらに向けたまま、副長の名を呼んだ。


「ヘクター」


 やはり偉そうだ。ニヤニヤとした顔をこっちに向けるんじゃない。


 副長は何とも言いづらそうに、何度も瞬かせる。その度に視線は宙の何処かを見つめていた。

 

「あのね」


 絞り出された言葉は一度止まった。そんなに勿体ぶる事なのだろうか。物凄く気になる。

 私は若干の怖さを抱きながら「はい」と相槌をうった。


「これは国際問題なんだ」


「それは何となく分かります」


「そう」


「はい」


 様子を伺いながら、探るように伝えられる言葉。また言葉は止まり、私は溜まった唾液をゴクリと飲み込んだ。

 

「逆鱗なんて余程の事がないと取れない。たぶん逆鱗の持主は害されたのだと考えている。もしかしたら殺害されているのかもしれない、まだ全然手掛かりはないけど」


 副長は彷徨わせていた視線を先輩に向けた。伺うような視線を受け、先輩は顎をしゃくる。話を急かしているのだろう。確かにまだかとは思うが、顎をしゃくるのは無い。


 副長は眉をへにゃりと下げた。そして視線をテーブルに落として話を再開させる。

 

「あー、なんていうかこれの件でね、調査チームを作る事になったんだ。各部署から数人ずつ選出して。第三からはファルが出る。ハルフォークに留学経験があるからね」


「そうなんですね」

 

 単純に凄いと思い、「ほー」と相槌をうった。ハルフォークへの留学は簡単では無い。頭もそうだが、財力もいる。国の基準をクリアした者だけが、彼の国へ留学出来るのだ。

 つい自身の横を見れば桃色の瞳と目が合った。


「そうなんですよ」


 バチンとウインクをされた。顔立ちが中性的であり、整っているからか瞳の中に星が見えた気がした。勿論それは幻覚である。星など飛ぶはずもない。だが可愛らしい桃色を彩る金色の睫毛がバサバサと憎らしい程綺麗にセパレートしているせいか本当に飛んだのでは?と思ってしまう自分もいたり。

 

 でもそれは本当に先輩の容貌のせいだ。美形は顔面力が強いのだ。だからまともに受けると脳が混乱する。その強さのせいで意思とは関係なく顔が仰け反ってしまう。

 

 先輩は口元に人差し指を置き、まだウインクをしていた。おちょくっているとも思える顔だ。可愛こぶっているんじゃない。なんとムカつく顔だ、無駄に顔が良いせいで余計に腹が立つ。ぶん殴りたい。

 

「それでね」


「はい」


 私は更に体をソファーの端に寄せ、副長の言葉に頷いた。

 副長はまたも宙に視線を一瞬彷徨わせる。そして視線を真っ直ぐ私に合わせると眉をこれでもかと下げた。


「君が良いって言うんだ」


「何がですか?」


「ファルが君が良いって」


「だから何がです?」

 

 意味が分かるようで分からない。私は小首を傾げた。


「すみません、もう少し分かりやすく説明して頂いても?」


 副長は私の言葉に大きく息を吸い込んだ。


「調査チームに参加する第三メンバーは二人。ファルは固定、もう一人はファルが選ぶ事になってね」


 まさかと目が見開く。まさかそういう事か、と。


「それでファルが君がを指定した。ベインズさん、ファルの補佐で調査チームに入ってくれる?」


 嫌だ、やりたくない。驚きで見開いた瞳が段々くしゃりとなっていく。そんな私の隣からフフッと笑う声が聞こえた。




読んで頂き、ありがとうございます。

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