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53.気を付けて


 転移陣を使えば、見知らぬ土地へも一瞬である。しかし、私はこの陣が苦手だ。自分で陣を使わず飛ぶのは大丈夫なのだが、他人の魔力で練られた陣だと船酔いのような状態になる事が多いのだ。勝率は三割。その三割に賭け、乗った陣は期待を裏切り、見事に内臓をシャッフルした。


 ()り上がる嘔気を口元を覆う手で押し込め、飲み込む。ウッと酸っぱいものが喉を焼いた。


(ハズレだったな)


 深呼吸も出来ず佇んでいたが、いつまでもそうしている訳にはいかない。時間は有限であり、今回はリミットもある。苦い顔をし、私は懐中時計を見た。遅くとも一時間以内には結界を張らなければいけない。


 指示によると結界の大きさは陣を中心に半径50m。こういう場合の結界は単純に張るだけではなく、その為の下準備もあったりする。それに加え、大人数の一斉転移は陣が不安定になる可能性がある。その不安定さを無くす為の処置もしなければならない。


 私は地面に手を当て、結界を張る範囲の探査を行った。特に気になるところは無いが、森という障害物しかない地形は探査がし難い。見落としがあるかも知れないので、魔獣や私以外の人間がいないか確認しつつ、結界の境界予定地に線を描いて歩いた。


 ゴリゴリと持参した杖で固い地面を抉る。なんとまあ、立派な草が多い事。線に邪魔な草を抜き、なるべく深く杖を突き刺す。

 時折、獣の声が聞こえたが近くにいないのであれば問題はない。周囲を確認しながら一歩一歩進めば、円の始点と終点が交わった。

 安堵の息を吐きたいところだが、まだやる事はある。


「よし」


 小さく声を出し、私は自身を鼓舞した。最後まで気を抜かずやらねば、と持っている杖をギュッと握り締める。

 力んだからか、また嘔気が再燃した。しかし我慢だ、我慢をするのだ、自分。



 そうして森へ着いて40分。全ての処置が終わり、私は待ちに待った安堵の息を吐く。


「おわったー」


 あとは本隊が来るのを待つだけである。陣の近くにあった小さめの岩に腰掛け、空を見上げた。流刑の森とは違い、木々の間から星空が見える。


(あれから始まったんだよね)


 もう遥か昔のように思えるが、一ヶ月も経っていない。恐ろしい程濃厚な日々が漸く終わる。これが終われば普通の業務に戻る事が出来るのだ。

 週に二度の休み、現場から直帰して早めの晩酌をする時間。何もかもが懐かしく、早く取り戻したい日常。


「早く自分のベッドで寝たいー!」


 人が居ないのを良い事に空に向かって叫ぶ。まだ終わっていないが、既に解放感があるのは自分にとってこの結界張りやら何やらが最後の仕事だからだろう。

 顔を両手で多い、ジタバタと足を動かす。たまに漏れる短い歓喜の声は奇声に近い。でも今は一人。気にしなくてもオッケーである。

 そう、一人。一人だった筈なのだが……


「凄い楽しそうだね」


「へ?」


 聞こえる筈もない声が聞こえ、私はピタリと動きを止めた。まさかまさかと顔を覆う指をほんの少し動かし、隙間から夜の森を見る。


 暗闇に浮かぶ金髪は見覚えがあった。見間違える訳はない。何故なら彼はここ数日昼夜を共にしている人物なのだから。


「先輩、はやいですね」


「さすがはキャロルだね、完璧な座標打ちと結界だ」


 私の質問には答えず、先輩は結界を見回した。

 両手で顔を覆っていた為、先輩の転移に気付かなかった。先輩越しに仄かに光る陣が見える。


 独り言を聞かれる事程恥ずかしい事はない。しかし、「お前、恥ずかしがってな」と思われるのも嫌だ。私は無表情で座っていた岩から降りた。


「ありがとう、ございます」


 視線を先輩の肩に向けながら出した声は詰まった。理由は分からない。桃色の瞳が不意にこちらを向いたからなのかもしれない。でもどうしてそれが動揺を誘ったのか、やはり理由は分からなかった。


 視界の中の先輩がゆっくりと近付いてくる。私は頑なに先輩の目を見ずに、ぎこちない笑みを浮かべ続けた。

 どんどんと近付いてくる先輩。私の後ろには岩がある。近いな、と思った時には横に逃げる事も出来ず、あと一歩の距離に先輩がいた。


 呼吸音さえ聞こえてきそうな距離にさすがの私も視線を合わせる。いや、合わせざるを得なかったとも言う。だってジリジリと視線が痛かったから。そんな視線を感じるのに気付かない振りが出来る程、私は強心臓では無い。


 先輩を少しだけ見上げる。桃色の瞳は夜の黒のせいで本来の色には見えなかった。月の光に照らされ、長い睫毛の陰が更に色濃く落ちている。しかし、髪はその光を一身に受けているからか、蜂蜜を溢したように甘い輝きを見せていた。


(久しぶりに見た)


 ドクンと心臓が脈打ったのは恐怖からだろう。

 

 先輩の目の奥、獰猛な獣を感じさせる光に体が震えそうになった。いつも背後に感じるガラス越しに見る視線、それが真正面から私に向けられている。

 はくり、と脳が酸素を求め、口を開けさせた。今自分はどんな顔をしているのだろうか。暗闇だから先輩の瞳の中にも私の姿は見えない。

 

 その代わり先輩の瞳に見えるのは確かな「欲」だ。

 心情的には遥か昔のようで、現実にはたった数年前のベンジャミンの顔が先輩の顔に重なる。冷たいシーツを思い出した。


 先輩の肩が動く。手が視界に入ってくる。暗闇で深い緑に見えるピーコックブルーの爪が見えた。


 大きく節張った指がふわりと頬に触れた。自分のものではない体温がひとつ、ふたつ、みっつと頬に触れる。指先だけだったのだと思う。それでも私の肩は大袈裟な程、大きく跳ねた。

 その瞬間、先輩は酷く驚いた顔をした。「しまった」という顔で直ぐに手を引っ込める。私はその手を目で追い、暫しその場に固まった。


 脈が乱れに乱れている気がする。呼吸をする度に心臓が飛び出そうな程痛い。


「ごめん」


 一体自分はどんな顔をしていたのだろう。気まずげに先輩が謝罪をした。両手を背中に隠し、数歩下がる。


「本当ごめん、少し焦った」


「え」


「本当ごめん」


 そう言うと先輩はヒラヒラと手を振って、私に背を向けた。背を向ける瞬間に見えた顔が見た事ないくらい落ち込んで見え、反射的に声が出る。


「先輩」


 つい呼び止めてしまった。しかし、呼び止めたは良いが、何を言うかは考えていない。どうしようと考えている内に先輩が振り向く。


「あ、あの」


 何か言わねば。焦りから手が忙しなく動いた。


「うん?」


「き、気を付けてください」


 先輩はキョトンと目を丸くすると、ふはっと破顔させた。

 

「ありがとう。行ってくるね」


 ヒラヒラ、また手を振って先輩が結界を抜ける。

 すとんと体から力が抜け、私はまた岩に腰掛けた。座ったと同時に震えだす体を押さえるように自分で自分を抱き締める。瞼を閉じれば、自身の心音が耳の奥から聞こえてきた。




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