49.薪小屋
同行した騎士団は調査チームの騎士達だった。つまり彼らはバルドー教の信者だとある程度確信を持っているという事だ。恐らく諜報部隊によって確信に足る情報を得たのだろう。
部隊は少数だが、装備は過剰なくらいである。そういう私もそれなりの装備をしている。万が一攻撃されても怪我をしないようにミスリルの防具を服の下に着込んだ。これをくれた先輩はなんと吃驚、いつもと同じ装いである。
問題の薪小屋は地元民しか使わない舗装されていない道を横に逸れ、獣道のような小道を進んだ先にあった。一見、劣化が激しいように見えるが、崩れている部分はない。使用されている木材が上等なものなのだろう。まだ日の出ている時間の為、私は部隊全体に目眩ましの術を掛けた。そして、小屋を中心にしてドーム型の結界を張る。確実に確保する為だ。
小屋からは何の音もしない。本当にいるか疑わしい程に静かである。先輩が地面に手を置く。すると先輩の手を中心に青白い光が上がった。仄かな光は一瞬で消え、先輩は部隊の責任者に目配せをする。そして皆に分かるように頷いた。
どうやら小屋には確かに誰かがいるらしい。
先輩が行ったのは自分の魔力をぶつけ、反射で何があるか確認するものだ。魔力操作が上手い人ほど、ぶつける時間は短い。長ければその分、バレる可能性が増す。
(本当に先輩はセンスがあるんだな)
性格に思うところはあるが、仕事の面では尊敬する点が多い。そんな事を思っていると先輩と視線がぶつかった。不自然に視線を逸らし、小屋を見る。最初に説明を受けた作戦通り、部隊が数人づつに分かれ小屋を囲んだ。私と先輩も自分の持ち場へと移動する。私は浮遊魔法を足元にかけ、小屋の真上に陣取った。見下ろす陣形は徐々に狭まっている。
突入の切っ掛けを作るのは先輩である。先輩は指先から幾つもの糸状のものを出し、その糸で小屋の扉をカリカリと引っ掻いた。何をするつもりなのだろうと疑問に思っていると、中の様子が変化する。カタン、と物音がしたのだ。
物音は暫しそれ以降鳴る事はなかったが、扉を引っ掻く音が止まらないからだろう、ギシリギシリと床板が軋む音が聞こえてきた。
玄関前で止まる音、そしてゆっくりと探るように扉が開いた。
「なんだ、ネズミか」
糸は扉が開くと一瞬にしてネズミへと変化した。扉を開けたのはフードを目深に被った痩せ細った男だった。夏だというのに真っ黒なローブを着ており、見ているだけで暑くなる。
まあ、いうて私もローブですが。
男はネズミの姿に安堵したようだった。それでも念の為、当たりを見回すような動きを見せる。
ネズミはその間も男の足元をチョロチョロ動いていた。足に時折当たるからか、男は煩わしげに足を動かす。蹴飛ばすとも、踏み潰そうとも見える動きだ。しかし、それはネズミであってネズミではない。足が当たる寸前、ネズミは一瞬にして糸状に戻った。
「うわ、なんだこれ!」
糸が足に巻き付き、バランスを崩した男は転倒する。頭を強打したのだろうか。鈍い音が響いた。その音に中が一気に騒がしくなる。
この小屋の出入り口は二つ。先程男が出てきた正面と、もう一つは裏手にある。中の人数はどれ程なのか、裏手に回る足音は少なくとも三つ。それと正面に向かう音が一つ。
私は正面で倒れている男が先輩の糸によって引きずられ、拘束された事を確認した後、正面扉に透明な網を張った。小さかった足音は引きずられている仲間を目の当たりにしたからか、途端ドタドタと大きくなる。
「うわあ!」
男が勢い良く網に飛び込んだ。網は男の勢いに比例して体に巻き付く。ぐるぐると全身を身動き出来ない程に網は絡み、男自身、何が起きているのか未だ理解出来ていないようだ。
「なんだよこれ! なんで動けねえんだ!」
クソックソッと言いながら男はクネクネと体をくねらせる。肘も膝もピチッと網に縛られ、動かす事が出来るのは腰のみ。
術者である私には網が見えているが、男の目に網は見えていない。故に男には縛り付けられている感覚しかないだろう。
滑稽な姿を屋根から眺め、男が拘束から抜け出せない事を確認した私は立ち上がり、裏口を見る。
どうやら騎士によって裏口の制圧も完了したようだ。三人の男が地面に転がっている。
私は屋根から降りた。そして、自らが拘束した男を通り過ぎ、先輩の元へ行く。
「裏では三人拘束されてました。これで全員ですかね?」
「僕が探知したのも五人だったから多分大丈夫だと思うよ。でも念の為、もう一回調べてみようかな」
先輩はまた手を地面につける。
「うん、もういなそう」
私は小屋を振り返る。騎士達が今まさに裏口から小屋に入っていくのが正面扉から見えた。それ以外の騎士達が捕まえた男達を連れて歩いてくる。
男達は皆、黒いローブを着ていた。如何にも怪しい集団に眉根が寄る。こんなにあからさまな事があるのだろうか。
「俺達が何したって言うんだ! 離せ!」
「勝手に人の小屋をホテルにしたでしょ? 不法侵入だよ」
「金が無いんだからしょうがないだろ!」
「だからって人の所有する小屋に寝泊まりしちゃ駄目でしょう。通報があったよ」
あくまで不法侵入を理由に拘束したのだと騎士は騒ぐ男達に説明をしていた。それでも彼らは納得せず、騒ぎ続ける。主にうるさいのは二人だ。他の三人は顔色を白くしたり、赤くしたり、睨み付けたりと声は出していないが顔がうるさかった。
小屋の中の捜査がどのくらいかかるか分からない。男達は先に城へと送られる事となった。ずっと騒いでいてうるさいので、最終的に魔導具で声を止める。その事にも憤り、顔を真っ赤にして口を開いていたが声は当然聞こえなかった。
「さて」
男達を見送り、私と先輩も小屋の中へと入る。穀物が保存されているからか、室内は特有の匂いがした。それに混じり、薬品や脂の匂いが籠っている。床には彼らが生活していた痕跡が幾つも残されていた。
食料や酒瓶、それに衣類。乱雑に落ちているのは騎士達が荒らした訳ではないだろう。きっと元からだ。
騎士の手元を見れば、既に何種類かの薬瓶が押収されていた。薬には詳しくない私でも知っている劇薬のラベルが貼られている。
私はふと足元にあった本を手に取った。黒い装丁の程々に厚い手のひらサイズの本。
「聖典……」
そう金字で記された表紙を開く。中身は粉うことなく魔人信仰であった。
「杜撰だね、色々と」
いつの間にか横にいた先輩の手にも私と同じものが持たれていた。
「そうなんですかね」
私には先輩の言っている意味が分からず、聖典を先輩へ渡す。他にも何かないか、部屋を見回した。
「多分、彼らも捨て駒。行動と言動が幼すぎるからね」
それは分かる。発言と行動が確かに幼稚だった。路銀が無いと訴えるには怪しすぎる格好だった。それを訴えるならばもっとそれらしい格好をすれば良かったのに。
「本命は爆破ではないって感じですかね」
先輩は曖昧な表情を作る。
「どうだろう」
先輩が言うに、証拠がこうも残っている現場は珍しいとの事。怪しい格好に、魔人信仰の聖典。それに爆発性のある物質。
「これが本命なら馬鹿なんじゃないかと思うけど」
呆れたように笑った先輩は手に持っていた二冊の聖典を騎士に渡し、小屋を出た。私もそれの後を追う。
考え込んでいるのか、先輩は厳しい表情を浮かべていた。
こういう顔を見ると毎回ハッとする。そして自分がいかに先輩を見ていなかったのか痛感する。私が好きだから助手にしたのだろうと、そんな浅はかな目で見ていた事が恥ずかしくなる。
(まあ、実際そうなんだとは思うけど)
でも、数日前よりはだいぶ印象は変わった。先輩は頼れる人だ。共に仕事をしてたった数日、もう最初程の苦手意識はない。
私は仕事の事しか頭になさそうな先輩からそっと視線を外した。
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