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04.苦手な先輩


 ああ、本当に嬉しい。今日はもう仕事する気更々無かったので、言われるまでも無く帰ろうと思っていたが、明日も休みにしてくれるなんて我が上司は神ではないだろうか。


「次会ったら拝んどこ」


 見た目はボロボロのままだが、これから休みとなれば心は軽い。今ならスキップも出来そうだ。しないけれど。

 ただでさえすれ違う人達にギョッとされるのだ。これでスキップなんかしたら騎士団に連行されてしまう。そしたら上司確認がいき、職場に逆戻りだ。

 それは絶対に嫌だ。一秒でも早く寮へ帰りたいのだから。


 喜びを表すのは顔だけにして、長い廊下を足早に動かす。頭の中は家に帰ってからの事ばかりだ。あんなに重く感じていた荷物も帰るとなれば足取りと同じく軽い。


 ちなみにこういう何日も籠って調査する事はそう多くない。三ヶ月に一度あるかないか程度である。まあ、今回は自分の意地のせいでこうなったといっても過言では無いのだが。


 しかし、こういう日に飲むお酒は最高なので結果良しとしよう。調査中は辛かったが、怪我なく終われば後は全てハッピー。オールオッケーで気分上々だ。


 まず、部屋に帰ったらシャワーを浴びよう。そして一旦綺麗にしたら、寮に付いている大浴場へ行き、たっぷりのお湯にどぷんと浸かるのだ。肩まで、いや、顎まで浸かりまったりと五日分の疲れを癒す。一時間は滞在したい。


 そして風呂からあがったら素早く帰り、キンキンに冷えた麦酒を飲むのだ。

 ああ、想像するだけで幸せな時間。この時の為に自分は仕事をしているのだろう。


「キャロル、帰ってきたんだね」


「うわあっ!」


 突然話し掛けられ、肩が跳ねるほど驚いてしまった。誰だと振り向けば眩い金髪が目に入る。目が痛い程の輝く金髪に自然と目が細まった。それと同時に「ああ……」と心の中で溜息が漏れる。


 ああ、嫌な人に捕まった、と。

 

 驚き顔からの細目に美しい金髪を持つ男は薄桃の瞳に楽しそうな弧を描いた。


「本当大袈裟だよね」


 ははっと笑う姿に少し前までの楽しかった気分は急降下。あんなに浮かれていたのに今はスン……と心が凪いでいる。


「考え事をしながら歩いてたので、気を抜いてたんです。驚いてすみません」


 全く悪いと思っていないが形だけの謝罪をする。すると金髪の男は「ああ」と声を上げ、ポンと手を叩いた。


「だからふらふら歩いていたんだね。時折弾んでたし。何か良い事でもあったの?」


 問い掛けと共に傾けた首、それに比例して肩口で揃えられた金髪がゆらりと水のように揺れる。形の良い薄い唇は程よいピンクだ。大きな薄桃の瞳を彩るのは長い金色の睫毛。見る者が見れば美しい相貌、しかし私の趣味ではない。


 金髪の男、彼は私の部署の先輩だ。名前はファル・テリオン。何処かの伯爵家の次男らしい。それ以上の詳細は知らない。

 ただ彼の就職後の経歴は知っている。先輩は元は花形の第一魔術師団に所属していた。その中でも将来有望なエースとしてちやほやされていたらしい。そして三年後、今の第三魔術師団へ異動となったのだ。奇しくもその年は私の入社年。つまりは先輩だが、一緒に研修を受けた仲なのである。

 

 同時期に配属されたせいか先輩は妙に馴れ馴れしい。正直とてもうざい。

 そう、彼は今回の捜索で急遽ペア提示された()()()()()()()だったりする。


「先輩にはあまり関係ない事なので、言うのはちょっと……プライベートな事なので」


 色々と面倒くさいのでしれっと嘘を吐いた。別にお風呂とお酒を楽しみにしているなど言う事もないだろうと思ったからだ。


「プライベート……そうなんだ。僕はてっきり明日休みだヤッターって思っているのかと思ったよ」

 

 近からず遠からず……いやだいぶ近い答えにムッと眉間に皺が寄る。

 こういうところだ。こういうところが苦手だ。意地が悪い言い方だし、そもそも何故私が急遽休みになった事をもう既に知っているのか。正直怖いし、気味が悪い。


 私の表情が険しくなったのが分かったのだろう。先輩はくすりと笑うと口元を軽く手で覆った。

 

「五日もいなかったんだ。当然休みになるに決まっているでしょう? 君の趣味は飲酒だし、仕事終わりの麦酒は最高とかって思ってんじゃないのかなって思ったわけさ」


 さも当然のように言われ、目に力が入る。更に眉間に皺が寄った気がした。

 しかし此処で苛々をぶつけるのは大人としていけない。

 眉間を指で揉み解したあと、引きつる頬を必死に制御し、意識をして最上級の笑みを作った。


「違います」


「ええ? そうなの?」


「そうです、違います」


 先輩の言った事が本当だとしても「そうです」とは腹立たしくて言いたくない。負けた気になってしまう。


「そうなんだ」


 その言葉を信じているとも、どちらとも言えない顔をした先輩は細かく何度も頷いた。


 その姿を見て私は改めて思う。やっぱり色々と苦手だ、と。


 他の同僚曰く、この先輩は私の事が好きらしい。

 最初は20歳も過ぎて何を言ってるんだ、他人の惚れた腫れた話などどうでも良くないか?と思った。けれどそう言われれば気になるのが人の常だろう。だから私は先輩を観察してみた。すると確かに他の人と自分では対応が少し違うのだ。

 先輩は廊下ですれ違う度にこっちの都合お構いなしに話し掛けてくるのだが、他の人には挨拶のみだった。声を出して挨拶をする時もあれば会釈のみの事もあった。これには本当に驚いた。自分の前ではあんなに喋るのに何故なのか、と。


 そこから意識してみれば部署の飲み会の時も必ず隣をキープされている事に気付いてしまう。トイレから帰ってきて別の席に座っても何故かいつの間にか横にいるのだ。恐ろしい事に。

 日に何度か感じる視線。何だと振り向けばほぼ目が合うし、ガラス越しでその視線を見た時は実に背筋が凍った。実に獰猛な視線だった。恐ろしくて暫く視線が怖くて仕方なかった。


 まあ、実際どう思われているかは本人に確認していないので分からない。もしかしたら物凄い人見知りで、私には人見知りを解除しているだけなのかもしれない。

 

 同僚の言う通りな気もするが、それを自分で「そうなのだろう」と確定するのはあまりに自意識過剰だし、傲慢だ。


 それに仮に先輩が好意を持っていたとしても私にはどうする事も出来ない。いや、どうする事もしないという方が正しいだろう。

 何故なら私は先輩に好意を持っていないからだ。


(それに)

 

 自分はそういうのに向いていない。だから正直言うと彼の存在は苦痛である。

 自分を見る桃色の瞳に苦い思い出が蘇る。込み上げる苦みから目を背けるように()()()()に微笑んだ。


「でも先輩が言った事も確かに楽しみなので、ここで失礼しますね。では」


 早く此処から脱出したい。だから頭を軽く下げ、先輩に背を向けて今度こそ帰るのだと歩き出す。しかし、それは三歩進んだところで止まった。

 再び先輩に名を呼ばれたのだ。


「キャロル」


 瞼を閉じ、口をへの字を作る。


(今度は何? もう帰りたいのに)


 不満と諦めを含んだ嘆息がついつい漏れる。瞼をカッと開き、同時に勢いよく振り返った。


「なんでしょう?」


 ピキリと口端が震える極上の作り笑いで問えば、先輩が笑んだ。そして私が離れた分だけ近付く。


「ご飯行こうよ、明日の夜」


「予定があるので無理ですね」


 嘘である。そんな予定はない。あるとしたら睡眠という予定だけだ。


 先輩は事あるごとに個人的に食事に誘う。理由は何でも良いのか、忙しかったからとか、暑かったからとかその時々で誘い文句は違う。だが私は一度としてその誘いに乗った事は無い。変に期待を持たせたくないからだ。だからこれからも誘いに乗る事はない。


 即答で振られた先輩はいつもと同じように平然とした顔で「そうなんだ、残念」と首をすくめた。

 そしてお決まり台詞を口にする。


「じゃあ、また今度いこう」


 少しも怒りが見えない顔で微笑み、キラキラと眩しい笑顔。近くを通ったら女性職員がアッと顔を赤くしたのが見えた。

 

 毎度の事ながら「今度」なんて来ないのにと思う。一度、先輩とは絶対に行きませんと言えばいいのだろうか。だが、そうすっぱりと断るのも勇気がいる。

 

「そうですね、機会があれば」


 こちらもまた、いつもと同じく社交辞令と分かる言葉を返す。いつもと違うところはもう疲れ果てて笑えないところ。

 

 私はまた軽く頭を下げ、前を向いた。歩き始めた背中に刺さったのは痛い程の視線。きっと先輩がまたあの恐ろしい顔をしているのだろう。あの身震いするような獰猛な目を。


「やめてほしいなあ」


 ぼそりと自分にだけ聞こえる声で呟く。脳裏には先輩の獰猛な眼光とかつて自分が傷付けた人の涙が浮かんでいた。




読んで頂き、ありがとうございます。

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