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48.狂人の信念


「おかえり」


 私が離宮に戻ったのは結局1時間程経過した後だった。クズだクズだと言われ、ショックを受けた私は挨拶もそこそこにヤンの店を後にした。

 帰り道、頭を締めたのはベンジャミンの事。今までベンジャミンとの事を誰かに話した事は無かった。友人達にはただ「婚約白紙になった」としか話していない。だから今日のヤンの言葉はほぼ初めて貰った客観的な意見である。

 まさかその言葉が「クズ」だとは思わなかった。


 帰り道、最初こそ「クズとは何だ!」と少し苛つき、大股で歩いていたが、城に近付くにつれ、段々と気持ちは落ち着いた。小さくなる歩幅、ヤンの言葉を反芻すればする程言葉の通りに思えて、何とも言えない複雑な気持ちになった。


 「クズ」と評された事による怒りや悲しみは勿論ある。でもそれと同等の安堵感も生まれていた。

 そんな気持ちを胸で暴れさせていた私は情けない顔をしていたに違いない。先輩は戻ってきた私を見て一瞬笑った。だが「おかえり」としか言わず、若干の笑みを残し、私に桃色の瞳を向けている。


 私は自分の機嫌のコントロールが出来ず、感じ悪く返事をする事しか出来なかった。


「戻りました……」


 自分にしか聞こえないくらいの声で返事をした私は先輩の視線から逃げるように俯きながら自身の席へと腰を下ろす。


 机の上には朝よりも高い書類のタワーが築かれていた。幾ら席を外す時に整理しても数時間後に戻れば大体同じ光景が出来上がる。普段であれば複雑な気持ちとなり、溜息が漏れるが心が乱れている今はこの量が有難い。

 

 文字を追う時は雑念が消える。私は一番上の書類を手に取り、上から下まで目で追った。

 内容は毎晩羊が一頭消えるというものだった。畜舎にしまっても何故か一頭だけ消えるらしい。恐らく獣のせいだろうと壁の隙間を減らし、罠を仕掛けたりもしたそうだ。しかし、どうやっても一頭消えてしまう。羊一頭が出られる隙間も無いのに。それでこれはおかしいのではないか?と今回調査依頼が来たわけだ。

 私は訴えのあった地名を確認する。


(リアンカ地区タンニ村……)


 それは何処だ。誰が治めている領地か分からないとパッと地理が浮かばない。私は広げられている大きな地図まで移動し、タンニ村を探した。


「タンニ村、タンニ村……どこ」


 ぶつぶつと独り言を言いながら目と指を動かす。地図を指でなぞりながら探した。


「あ、あった」


 見つけついでにピンも刺す。その村は怪しい西方ではなく、反対の東方側にある村だった。


 地形を見るに山はありそうだが、それ程標高は高くない。比較的開かれた村のようである。場所的に見て、今回の件と関係はあまりなさそうに思えた。


 確かに密室から羊が消えるのは不思議だろう。訴えによると血痕も無く、暴れた形跡もなく消えているらしい。本人の前でこんな事は言えないが、きっと人間の仕業だ。

 誰かが普通に畜舎に入り、大人しい羊一頭を盗んだ。帰る時はちゃんと扉を閉めて。


 席に戻り、書類を仕分け箱に入れる。私達ではなく、これは他の部署へと回そう。

 私は地図にピンを刺した事を思い出し「あ、」と地図へと戻ってピンを抜く。開いた穴を指で擦って目立たないようするのも忘れない。


 そんな作業を1時間程やっていると、休憩に入るのか先輩が声を出して体を伸ばした。


「んー」


 腕を真上に伸ばしたまま体を左右に傾ける。こちらに聞こえる程、骨が鳴る大きな音が聞こえた。もう聞き慣れた音ではあるが、聞く度に驚いてしまう。


「ちょっと僕出てくるけど、キャロルも来る?」


「え、何処に行くかによりますけど」


 なんと休憩に入るわけでは無かったらしい。空っぽのカップをぶらぶらと揺らし、先輩はポットの場所へと歩いていく。


「騎士団の仕事に同行しようと思ってね。王都の外れにある薪小屋まで行く予定」


「はあ」


「どうする?」


 私は机にある書類群を見た。まだ半分も終わっていないし、目も体も痛くない。出来ればこのまま作業をしていたい。だが、単調な仕事に飽きてきたのも事実。


「行きます」


 机の書類を整え、席を立つ。ぐーっと背中を伸ばせば、先輩に負けないくらいの音が鳴った。

 どうせ今日も深夜まで仕事予定である。だらだらと続く勤務時間にメリハリをつけたい。ならば一緒に行くのが良いだろう。


「じゃあ、15時に騎士舎前だからのんびり行こうか。何で行くのか気になるでしょ?」


 正直気にならないが、空気を読んで頷く。微笑みを浮かべた先輩の瞳は全てを見透かしているようだった。



 騎士舎への道すがら、先輩は自らが言った通り、今回同行するものについて教えてくれた。


「さっき言ったけど、薪小屋に人がいる気配がするらしいんだ」


 薪小屋とは主に冬支度用にある小屋である。今の季節は夏、まだ出番は無い。

 しかし、薪小屋に人が住み着くのはまあまあある事である。王都に来たは良いが、金が無く潜り込む人は多い。夏は殊更近付かないのでバレる事は少ないのだが、今回のようにたまたま近くに用事があった通りがかりの人に運悪く通報されたりする。


「それが今回の事件と何か関係がありそうなんですか?」


 今、王都はハルフォーク要人訪問によって活気付いている。地方からの観光客も普段と比べ、倍近いだろう。それに他国からの入国者も多い。薪小屋に一泊という無礼人も多そうだ。


「どうだろう? 確証は無いから無駄足かもしれないけど。まあ、しいて言えば勘かな」


 先輩はあっけらかんと言い放った。桃色の瞳をこちらに向け、口元に弧を描く。勘、と言われ困惑した私は口をへの字にした。


「そんな顔しないでよ。あ、あと言ってなかったんだけどさ、昨日爆発物が発見されたらしいよ」


 そして私はすぐに口をポカンと開く。


「爆発物……?」


「大通りの方にあったらしい。花屋あるでしょう? そこの店先に」


 視線を上にやり、店の場所を思い浮かべる。大通りの花屋と言えば、城から一番遠い端にある店の事だろう。あそこであれば、親子三代でやっている王都で一番大きい花屋だ。様々な花が売っており、私も何度か行った事がある。


 先輩が言うに、店じまい後に店の前に箱が置かれていたらしい。気付いたのは王都警備で巡回していた騎士だ。いつもなら綺麗に片付けられている店なので、不自然に見えたようだ。あの花屋は店舗兼自宅である。その為、念の為店主達に確認を取り、蓋を開けたら時計式の爆発物があったらしい。


「まだ何とも言えないらしいんだけど、その爆発物もさ、滅多に見ないやつで構成されてたらしくて。多分バルドー教だろうって話」


 もしそれが本当にバルドー教の仕業なら本当に彼らは何がしたいのだろう。この人が多く集まっている時に爆発など想像しただけで恐ろしい。

 まさか霊峰ムーランの時と同じように王都の人々を魔人への供物にするつもりか。


「つまりそれを仕掛けた人が小屋にいるかもしれないって事ですか?」


 浮かんだ可能性を尋ねれば、先輩は真っ直ぐ前を向いたまま頷いた。恐ろしさにぞくりと背中に冷や汗が流れる。並んで歩いていたのに、動揺から私の足は半歩遅くなった。


 小屋に居れば良いが、もし居なかった場合、彼らは爆弾を仕掛け続ける。ほんの数日前まで知らなかった教団だ、それなのに自分の中で急速に存在が大きくなっていく。

 何故こんな教団を知らずにいたのか、国が情報を絞っていたからと言っても存在を認知していなかった事が不思議な程、恐ろしい存在である。


「ホーベン家の件も襲撃してきた男の件も多分目眩しなんだと思うんだよね」


 前を歩いていた先輩が歩幅を合わせてきた。横並びになり、横目で見られる。声量が落とされた声は低い。鋭く細められた瞳に長い睫毛の陰が落ち、先輩の怒りが浮き彫りとなる。


「わざとこちらを煽ってる」


 そうか、と腑に落ちた。だからこんなにも派手に動いているのだ。全く尾が見えない訳でも無い。自分達は此処だと手を叩いている。


「本来の目的が王都爆発なのか、はたまた竜人捕獲なのかは分からないけど」


 あるいはどちらもなのか。どちらにしても事が起きれば被害は甚大だ。

 そこまでして()()()()()()()()を呼ぼうとする教団に呆れよりも恐怖が勝る。強い信念が悪い方向に行くとこうも人は狂人となるのか。


 ふと、自分の家族が浮かんだ。数年会っていない兄家族は巻き込まれていないだろうかと心配になった。




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