46.アンタ以外に誰がいるの?
「性格、悪い……?」
彼女の口から感情のない声が落ちる。疑問符が付けられているのは言われた事がないからだろう。聞こえはしなくとも「わたしが?」と聞こえてくるようだった。
黒魔術師は私の肩から手を離すと、私と彼女の間の入る。壁のような彼は甘さの中に爽やかさが香る匂いをしていた。頭の中が冴えるような香りに意識が戻って来る。完全に前を隠している彼の背から私は少しだけ移動した。彼女の反応が気になったからだ。彼女は黒魔術師ではなく、私に用がある。ならば私が隠れるのは良くない事だろう。
きっと此処で会ったのも偶然ではない。彼女は私を待っていたのだ。
大きな体から僅かに見えた彼女の顔は酷く驚いて見えた。
黒魔術師はその反応に意味が分からないとばかりに大きな声を出す。
「アンタ以外誰がいるの? こんな人が多いところで人の感情を暴こうだなんて性格悪すぎじゃない。しかもこれ見よがしに泣いたりして。此処で働いてるコレの印象悪くしたいの見え見え。本当気分悪い。現にそこの門番、さっきまでいもこに酷い顔向けてたわよ」
語気は強く、小馬鹿にしたような声だった。指を差され、とばっちりをくらった門番は顔を隠すように俯く。それを確認すると黒魔術師は鼻で嘲笑った。そして涙目を浮かべるベンジャミンの妻へ冷ややかな視線を向ける。
「ねえ、また泣くの? 此処で? 今度はアタシを悪者に仕立てる気? 場所を考えて話せって言ってるの、分かる? 此処じゃなくて店に入るとか部屋を借りるとかあるでしょう。そこまでしてアンタは自分を悲劇のヒロインにしたいワケ?」
「べ、べつにそんなつもりじゃ」
「悪意がなければ、ただの馬鹿よ。ねえ、馬鹿」
流石に言い過ぎじゃないかと思ったが、此処で私が止めるのもややこしくなりそうだ。どうしたものかと視線をキョロキョロと動かす。門番の一人と目が合ったが、そっと逸らされた。私と彼女だけが話してた時に立ち止まって見ていた人達も巻き込まれる前に、とそそくさと門をくぐっていく。
(此処で私が止めるのも、彼の背後を撃つようで嫌なんだけどな)
しかし、帰るという選択肢が頭からすっぽり抜けている二人を止められるのは私しかいないだろう。私はおずおずと声を出す。
「もし、タニヤさんが良ければこれから時間作りますけど。彼の言う通り、此処では人も目がありますから」
彼女は私の提案にハッと目を見開くと、何も言わず頭を下げて去っていった。まるで嵐だ。
「なんか言って帰りなさいよね、何あの礼儀知らず」
もう彼女は去ったと言うのに飛び出す暴言。図らずも助けられた形となり、私は彼女の後姿を目で追っている黒魔術師に頭を下げた。しかし「ありがとうございました」とは何となく言い辛い。感謝していない訳ではない。あそこで自分の気持ちを言っていたら、きっと今のような心ではいられなかっただろうから。でもそれをどう言葉にして良いか分からない。
「ありがとう」それは確かな気持ち、何に感謝しているの?と問われれば説明は難しくなる。
「何、頭下げてんのよ」
「いや、私一人ではきっと対処出来なかったと思うので」
もそもそと説明をする私に彼は大きな溜息を吐いた。
「アンタみたいないもこでも色恋沙汰に巻き込まれたりするのね」
酷い言葉だ。しかし今のボロボロな姿では反論も出来ない。耳の後ろを掻き、誤魔化すように笑えば低い声が落ちて来た。
「あとでヘクターには私から伝えとくから、ちょっと来なさい」
溜息混じりな声に目を丸くする。呆れを孕んだ瞳の中に自分が映っていた。
連れて行かれた先は小汚い店だった。どうやら置かれている物を見るに魔道具屋のようだ。埃を被った遺物とも言える魔道具達が怪しい光を放っている。
店の最奥で店番をしていた老人に黒魔術師は「ただいま~」と一言いうと、カウンターの横にある階段を登って行った。私はこのまま付いて行ってもいいものかと、長い眉毛を蓄えた老人に戸惑いの視線を向ける。片眉だけ興味深げに上がった毛の隙間から小さな瞳が光って見えた。
「お、おじゃまします」
ぺこりと頭を下げ、急いで彼の後を追う。ぎしぎしと軋む階段を登り、辿り着いた部屋は一階からは想像がつかない程、整えられた部屋だった。狭いながらも清潔感のある部屋は白とエメラルドグリーンで揃えられている。
「何、ボーっとしてんのよ。座りなさい」
「え、あ、はい」
私は勧められた椅子に座る。初めて来る部屋は落ち着かない。そわそわと視線だけ動かし、部屋を見渡した。
無言で連れられて来た為、彼の目的が分からない。どうして此処に連れて来たのだろう、全くもって良く分からない行動だ。
今になってどうして素直に付いて来たのかと思い始めた。しかしもう椅子に座っている状態で帰れる筈もない。それにベンジャミンの妻に対しての強い言葉を聞いた後だ。あの言葉の数々を聞いてどうして今更帰れようか。言葉でぼこぼこにされる。
正面に座った彼は胸に垂れた長い髪を背中へ流した。
「あの、ヤン様」
「ヤンで良いわよ。何、ヤン様って。気持ち悪い」
敬称なしはとても言い難いが、本人がそう言うのだ。言わない訳にはいかない。
「ヤ、ヤン。どうして此処に?」
「どうしてって? あんた、あの鏡見てみなさい」
「かがみ?」
そう言われ、私は言われた通り少し遠くにある鏡を見た。楕円型の鏡の中、そこには驚く程酷い顔の女がいた。見覚えのある作りは間違いなく自分の顔だ。しかし自分でも見た事がない程、死人のような顔をしていた。
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