44.こわい
黒魔術師が言うに、えげつない術を掛けられているらしい。それは複雑に組み立てられた呪いだと彼は微笑みながら、口元に人差し指を置いた。
「これは何か贄を使って術を入れているわね。普通にやるよりも少し深く絡みついてるって言うのかしら? んー、アタシの見立てだと……そうね、大型の動物。それを贄にして術を組んでるわ」
贄という言葉にぞくりと背中が粟立つ。
「贄を使ってまでやるなんて。ヤン、解呪出来そう?」
副長は険しい顔で、彼を見た。彼はその視線が嬉しいのかパァと顔を明るくさせる。そしてその表情のまま、ヒールを響かせ、副長の目の前に立った。
「勿論よぉ! アタシに出来ない事なんて無いんだからぁ! 待ってて! ちょっと道具がいるけどチョチョイのチョイでやってアゲルから!」
バチーンと音がしそうなウィンクをした黒魔術師の勢いに副長はアワアワと困惑していた。目の前に来たと同時に握られた両手の指先が白くなっているのが見える。どうしてだろう、実際は何も聞こえないのにミシミシと幻聴が聞こえてくる。
痛そうな手に見ているだけの私の顔も引き攣ってきた。離してください、と言うべきなのだろうか。でもこういう人は言ったところで止めない気がする。
(あー、でもな。副長が複雑骨折しても大変だし)
私はチョイチョイと右手を出し、エアーで肩を叩く真似をしながら恐る恐る声を掛けた。
「ヤンさま? あの、大変申し上げ辛いのですが、副長の手が真っ白です」
この部屋に入った時から私の存在を消していた彼の片眉がピクリと動く。ジロリとこちらを見られ、身震いのように肩が震えた。射殺す、そんな言葉がしっくりくる視線だ。
「なぁに? まだいたの? いもこ」
いました。ずっといました。弾き飛ばされても此処にいました!
副長は「いも?」と不思議そうな顔でこちらを見た。全く理解していない顔だ。だからと言って自分で説明するのは悲しいので説明しない。
それよりも黒魔術師の眼力の強さ。怖くて何か色々なものが出そうである。しかし、此処で怯んではいけない。私は動きだけは大きく頷いた。
「いもこはずっと此処にいました。副長を離してください。そんな馬鹿力で握ったら不健康な副長の手なんて小枝のようにボッキボキに折れてしまいます」
副長を指差せば、副長も頷いていた。黒魔術師は一瞬、こちらにガンつけたけども、自分が掴んでいる手を一瞥するとパッと手を離した。
白かった指先がじわじわと血色を取り戻していく。副長は数回だけ手をグッパグッパと動かし、苦笑いを浮かべた。
「大丈夫、折れてないから」
「ねえ、あの子クソみたいじゃない? アタシのこと馬鹿力って言ったんだけど。絶対あの子よりアタシの方が力弱いのに」
副長の耳元に手をやり、コソコソ話しているが声は丸聞こえである。
いや、絶対に私の方が力が弱い。どこをどう見ても私の方がか弱そうだ。現に部屋に入った時に弾き飛ばされましたし。転びはしなかったけども凄い衝撃だった。
この野郎と言いたいが、何分彼はこれからカリンの両親を治療してくれる人だ。これ以上、気分を損なわせてはいけない。
苦笑いしかせず、フォローも無いもしてくれない副長に視線を投げ、私は下唇を少し噛みしめた。すると副長が少し焦ったように話し出す。
「あ、いつ、いつ解呪出来そう?」
早くこの場を解散させたいのだろう。時間を確認すれば与えられた時間は残り10分程だった。ちょうどいい頃合いだ。
黒魔術師はフンッと私から視線を逸らし「そうねぇ」と顎に長い指を這わせる。その表情は実に妖艶だった。
「一番早くて今日の夜7時くらい、明日だったら……今日と同じくらいの時間かしら?」
「今日の7時か。どうしようかな。因みにやるとしたらどのくらい掛かりそう?」
「長く見積もって2時間ね。順調にいけば1時間ってところかしら」
副長は「2時間……」と呟き、暫し思案する。結局その場では決める事が出来ず、後程連絡する事になった。
そして今、また私はこの人と二人だ。副長が送って行きなさいと言うので仕方なく城門まで送っている。当然会話はない。あっちは私が嫌いそうだし、私は私で怖い。
さっきも「いもこじゃなくてヘクターが送ってよぉ」と副長に泣きついていた。そして副長が仕事を理由に断るとギロリと私を睨んだのだ。
(先輩だったらもうちょっと上手くやるのかな)
ふと、そんな事を思ったが先輩の顔を思い出し、それは無いかと一人納得する。
恐らく彼は男が好きだ。だとしたら普通に美形な先輩が対応したらはしゃいじゃって収拾つかない事になるに違いない。しかし先輩は基本的に他人に対して冷たい。丸め込むどころか冷ややかな視線を送り、何処かへ勝手に行ってしまうだろう。対応するのが嫌だったとか言って。
私も彼も行きよりも早歩きで、門へと向かう。
行きの半分の時間で門に着き、最後くらいは挨拶せねばと行こうとする彼の前に体を滑り込ます。
ああん?と目が明らかに歪んだ。恐ろしいが、挨拶だけはせねば。
「本日はご足労頂き、ありがとうございました。次の日程は副長よりご連絡致しますので」
軽く頭を下げ、口角を上げる。若干の引き攣りを感じたが、上げないよりは良いだろう。
「ほんっと、あんたって芋っぽいわね」
挨拶の返事がそれってどうなのか。「はい、わかりました。では失礼致します」で去ってくれても良いのだが?
上がっていた口角が下がり、曲げていた腰も戻る。どう反応して良いか、考えていると黒魔術師の後ろから聞き慣れない声が聞こえてきた。
「あ、キャロルさん」
黒魔術師は真後ろから聞こえてきた声に振り向く。その瞬間、見えた姿に私の体は固まった。
その人はとても小柄な女性だった。壁のような彼が直ぐ近くにいるからではない。彼女はかつての婚約者の隣にいても小柄だった。
「キャロルさん、ですよね?」
鈴を転がすような声に、自分の表情が上手く作れない。微笑むべきだと頭が指令を送る。だが、顔はピクリとも動かなかった。私は返事も出来ず、ただ見開いた瞳を彼女に、元婚約者の妻へ向ける事しか出来なかった。
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