43.黒魔術師
曰く、総長とホーベン侯爵は付き合いがあったらしい。なので見舞いの体で屋敷を訪問してのカリン兄拘束までいったようだ。今現在の拘束理由は病床の親を放置し、生命の危機にさらした事。だが、カリンの話が本当であれば直に尊属殺人未遂に切り替わるだろう。
カリンの両親は城の一画にある病院へ既に入院している。まだ全ての検査は終わっていないが、今のところ毒も病も、勿論怪我も見つかっていない。カリンは何だかの術を掛けられたと言っていた。カリンも曲がりなりにも魔術師だ。それを間違う事はないだろう。副長はカリンの供述を信用し、早々に知り合いの黒魔術師に声を掛けた。
他国では嫌がられる黒魔術だが、この国で偏見はない。普通の魔術師と同じ扱いだ。きっと他国では形として見えない精神干渉や呪いを主とする魔術が怖いのだろう。目に見える魔術だって同様に怖いものなのに。
検査の間の短い時間を貰い、黒魔術師に診て貰う事になった。時間は30分程度、そんな時間で大丈夫かと思ったが、術をかけられているか診る分には時間は然程掛からないらしい。何がかけられているか判断するには時間がかかるようだが。
急遽立ち合いが決まった私は出迎えを任された。その黒魔術師とは初対面だ。城門前で黒魔術師を待っていると、視界にヒラヒラと手を振る人が現れた。きっとあの人がそうなのだろう。纏う雰囲気が魔術師っぽい。
しかし、何というか、あれである。そう、何か全然違った。思った感じと全然違った。そう言うと失礼なのかもしれないが、全然黒魔術師っぽくない。
「やだぁ! 何でヘクターのお迎えじゃないのー? せめてイイ男が迎えに来てよねぇ」
むっすりと青みピンクの艶々な唇を突き出し、魔術師は長い睫毛で彩られた瞳を半目にした。瞼を彩るアイシャドウはラメラメ、でビカビカ。瞳を半分閉じているのに目に目が行くのはそのアイシャドウのせいだろう。中分けの前髪は毛先がクルンと外巻きに巻かれいる。その緩やかなカールにも背中を流れる髪も唇と同じくらい艶々していた。
とても綺麗な人だとは思う。目ははっきり大きく、鼻筋もスーッと通っている。こんな人が夜会に居たら、他の令嬢が霞んでしまうくらい迫力のある美貌を持っている。そう、とても、とても綺麗だ。
綺麗なのだが、何だがとてつもなく背が高い。それと何より声が低い。
(こ、これは……!)
男だ。顔がまるっきり女性で頭が混乱したが、男だ。綺麗な男の人だ!ただでさえ高い背にピンヒールを履いているから実に圧を感じる。似合う、似合ってはいるけども……
私はゴクリと唾液を飲み込み、魔術師の名を口にした。
「ヤン様で宜しいでしょうか?」
「そうよぉ、いもこ」
「ぐっ」
いもこ、それは芋のような子という意味であっているのだろうか。否定出来ないところが歯がゆいが、今の私は忙殺の日々で何の手入れも出来ていない。そう思われるのも仕方がない。甘んじてその名を受け入れよう。
「お待ちしておりました。ご案内致します」
感情を笑顔で隠し、黒魔術師を病室まで案内する。彼女、いや彼は歩きながらも自身のピンクに塗られた長い爪を見ていた。そんな彼をすれ違う人らは総じてギョッと目を見開き、上から下まで舐めるように見ていた。実に失礼な行為だとは思うが、それをしてしまう気持ちは大いに分かる。顔の綺麗さでうっとりして、ガタイの良さに驚いてしまうんだよね。だからといってあからさまな反応はやめて欲しいが。
侯爵夫妻の部屋は特別に同室である。ノックをし、入室すれば副長が待っていた。黒魔術師ヤンは副長を目にすると私を押しのけ、副長に抱き着いた。
「やだー! また老けてるじゃなぁい! 白髪も増えてるぅ! でもこの草臥れた感じがたまらないわぁ! すき!」
ぎゅうぎゅうと抱き締められている副長はされるがまま力強い抱擁を受け入れていた。むぎゅりと胸と腕に潰されている顔はとても遠い目をしている。
ああ、だから私が急遽対応する事になったのかと死にそうな顔の副長を見て理解した。死期を遅らせる為に、出迎えだけは私に行かせたのだ。
急に依頼された時は他の仕事もあった為困惑したが、ぎゅむぎゅむに潰されている副長を見ればそんな気持ちも消えていく。
「あ、あ、や、やん」
堪えきれなくなった副長がか細い声を出した。黒魔術師は漸く副長を離し、満面の笑みを浮かべる。側から見ていたら締め殺さんばかりの光景だったが、彼からしてみたら愛情表現だったのだろう。何ともまあ、ホクホクとした顔をしている。
物理的な圧力から解放された副長は大きく咳き込みながら、黒魔術師から離れた。
「あらぁ、大丈夫?」
「うん、大丈夫。だからヤン、もうお願い出来る?」
黒魔術師は「そう?」と名残惜しそうに副長を見た後、病床の二人を見た。長い爪に、手入れされた髪をクルクルと巻き付けながら黒魔術師はまず夫人の方に近付く。
解放された副長は申し訳ないという顔で私の横に来た。だが、それだけだ。何も発さず、自身が呼んだ黒魔術師の動きを見ている。
彼は夫人のベッドの周りを観察するように一周すると、侯爵の周りも同じように回った。あまり瞬きもしていないように見える。その間も爪に髪を巻き付けていた。
私は黒魔術師には詳しくない。いや、詳しくないどころか黒魔術は一人一人やり方に個性があるので、全く分からない。
ただ二人を見ているだけのように見える。しかし、そうでないかもしれない。
じっと二人を見ていた黒魔術師が不意に夫人の額に爪を立てた。その瞬間、ふわりと黒い煙が額から立ち昇る。
私はその光景に瞠目した。息を呑み、侯爵にも同様の事をする彼を瞬きもせず見つめる。
「あたりか……」
隣の副長が独り言のように呟いた。という事はあの黒いものは黒魔術に関するもの、恐らく呪いの色なのだろう。どういう理屈で額から煙が出たのかはさっぱりだが、あれを見れば身体的な不調ではない事は分かる。
黒魔術師は額に突き立てた爪を外し、自分の口元に持っていくと何かを消すように息を吹きかけた。
そしてピンヒールをコツンと響かせると、艶々な唇をにんまりと上げる。
「えげつないのかけられてるわね」
私は彼の爪の変化に気付く。あんなに可愛らしいピンク色だった爪が今は黒色に変色していた。
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