41.家の事情
机に突っ伏し、仮眠を取っているとコンコンという乾いた音が数度聞こえてきた。スッキリしない頭を上げ、周囲を見渡す。部屋には私と先輩しかおらず、先輩も椅子に座ったまま寝こけていた。私とは違い、腕を組み項垂れている。金色の髪がカーテンの隙間から入る陽に照らされ輝いていた。
という事はもう朝だ。
――コンコン
目を覚めさせた音がまた聞こえ、時計を見ようとしていた私は音の方に顔を向ける。音は扉からした。どうやら誰かが部屋に入りたいらしい。
鏡の見ずに手櫛で髪を整え、返事をしながら扉を開ける。そこにいたのは草臥れた副長だった。
「おはよう、ごめん。休んでたよね」
「大丈夫です、もう朝ですからね。ちなみに今何時ですか?」
「6時だよ」
最後に時計を見たのが4時だから大体2時間くらい休めたようだ。思ったより寝れたが、疲れが取れていないのは寝方のせいか?そういえばとても体がぎしぎし言う。
私達の声で目覚めたのか、先輩がボーッとした顔をしてこちらを見ていた。
「おはよう、ファル」
副長の挨拶に返事はせず、先輩は欠伸をしながら頭を掻いた。
「寝た気が全くしない」
「仮眠用のベッド手配する?」
「いらない」
即答する先輩に副長は苦笑すると、空いている席に座った。トントンと机を指で叩き、萎びた顔で私と先輩を順々に見た後、視線を床に落とした。
「さっきまでホーベンさんの取り調べだったんだ」
カリンの名前を聞いて、まだボケっとしていた頭に空気が回る。彼女と別れてからそう時間は経っていない。一晩は落ち着かせるだろうと思っていたが、どういえ事だろうか。最後に見た泣き顔を思い出し、眉根を寄せる。まさか無理矢理話を聞いた?そうであっても責める事は出来ないが、人でなしだとは思う。
「今日の日中を予定していたんだけど、本人が話したいと言ってきたからグスタフ、騎士総長と一緒に聞いてきた」
「カリンが?」
あんなに泣いていたのに、もう話せるようになったのか。ちゃんと話せる状態に戻った事にホッとした。
一瞬人でなしって思ってごめんない。
副長は頷くと聞いたばかりのカリンの話を話し始めた。
「まず最初に言うとバルドー教関連だった」
そして副長は今回の背景を話し始める。先輩が副長の前に椅子を持ってきた。
私は知らなかったが、カリンは第二皇子訪問日の前日から暫く休みを貰いたいと長期休暇を急遽取っていたらしい。申請理由は「家の事情」。それと同時期にカリンの父親ホーベン侯爵からも急病の連絡があった為、父親が心配だから休むのだろうと副長は考えていた。
しかし、今回カリンが話した内容はそんな簡単な話ではなかった。確かに「家の事情」ではあったのだろう。だが、そんな一言で括られる話ではなかった。
「ホーベン侯爵子息、つまり次期侯爵である彼女の兄がバルドー教だった。その兄が両親に何だかの術を掛け、眠り続けているらしい。それを解く為には竜人の逆鱗が必要だと……兄が呼んだバルドー教の信者に言われた、と」
「兄、というとマルセル・ホーベンか」
カリンの兄とは話した事はないが見た事はある。派手な顔付きのカリンに比べ、地味な印象を持った。高位爵位の後継なのでモテてはいたが、チヤホヤされるのが苦手なのだろう。女性陣とは自ら距離を取るような人だった。
そんな大人しそうな彼が過激派なバルドー教の信者だとは。それにホーベン侯爵は確か保守派だ。危険因子は近付く前に排除しそうな几帳面さ、潔癖さがあるのに何故バルドー教と関わりを持ってしまったのか。
「バルドー教にはホーベン侯爵も入信を?」
副長は首を横に振った。
「兄だけだったみたいだよ。両親が術を掛けられる前、マルセルはホーベン侯爵に叱責されたらしい。おかしな宗教に入るなって。それが引き金だったみたいだね。翌朝には目覚めなくなったみたい」
「親は入っていない、か。じゃあ、どうやってマルセルは入信したの? 何処でバルドー教を知ったの? 情報規制されているから普通のルートでは知れないと思うんだけど」
その時、ふと以前カリンが話していた内容を思い出した。兄が最近おかしいと。何故か国の批判をする事が多くなって仕事に行きづらいと嘆いていた。
(私はなんて聞いた? そんな急に拗らせる事ある?って思ったのは覚えてるけど)
私は鼻の付け根を指で押さえ、当時の記憶を引っ張り出す。副長の話は半分も入ってきていないが、これだけは思い出さなきゃいけない気がした。
「紳士クラブ……紳士クラブだ」
パッと浮かんだ記憶。それを口に出す。すると二人の話が止まった。
私は片手で額を押さえ、更に何か思い出せないかと記憶をこじ開ける。
「紳士クラブって?」
先輩の声に私は早口で説明した。
「以前、カリンが言ってたんです。兄が最近おかしいって。そういえば紳士クラブに通い始めてから、おかしくなったって言ってて。ちょっと待ってください。多分その名前も聞いたんで。あと少しで思い出せそう」
手のひらで額を何回か叩く。
「アが頭文字だった気がする。アン、違う。アラン、違う。えっと、ア、ア、ア」
しっくりこない名前に唸っていたところ、先輩がポツリと一つの名前を口にした。
「アイヴィス?」
「それ! それだ!」
まさにそれだと私は思わず、先輩を指差す。晴れやかな私とは反対的に男性陣二人は不思議そうな顔をしていた。
「え? アイヴィス? なんで侯爵家の後継があそこに? アイヴィスは確か……」
「そう、あそこは基本高位爵位の人は入らない。せいぜい伯爵位までだね。それがいても驚くけど」
私が知らないだけで紳士クラブにも格があるようだ。私は先輩に向けた指をそっと下ろす。
「そういえば弟がマルセルと同級生だったな。ちょっとどういう交友関係だったのか聞いてみるよ」
しかし、本当にその紳士クラブがきっかけでバルドー教に入ったのだとしたら、自分達が知らないだけで信者は多いのかもしれない。
そんな過激な人が大勢いると考えたらゾッとした。
紳士クラブの件は副長が調べる事になった。念の為、他のクラブの調べるようである。何処か遠い目をした副長が乾いた笑い声を出した。
「本当、分かる時は芋蔓式に分かるよね。まあ、ありがたい事がではあるけど」
手が足りないと副長は嘆いた。
そんな副長を無視して、先輩が話題を変える。
「瓶の中身の事は何か言ってた?」
今日、分析予定だがカリンが先に話してくれたのであれば話は早い。私はどぎついピンクの液体を思い出し、口をぎゅっと結んだ。
副長は瓶という言葉に顔を険しくすると、ゆっくり頷く。
「話してくれた。でも真偽は定かじゃない」
「彼女はなんて言ってたの?」
副長はとても言いづらそうにしていた。彼の心情的には真偽が判明した後に伝えたかったのだろう。何度も俯いては先輩を見ている。まるで先輩が「言わなくて良い」と言うのを待っているようだ。
しかし、先輩は一言も言葉を発さず、副長を見つめる。
負けたのは当然、副長だった。
「あれは竜人にだけ聞く薬だとホーベンさんは渡されたらしい。番だと誤認させる為のものだと」
思ったよりも酷い効果に私は手を口に当てた。先輩も驚いたのだろう、「まさか」と発すると椅子からずるりと落ちた。
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