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40.牢へ


 いつまでも泣き止まないカリンを抱え、城へ戻る。何処かで誰かが既に見ているかもしれないが、この状態のカリンに街中を歩かせる訳にもいかず、念の為転移石を使って移動した。一瞬にして着いた場所は魔術師団の事務所、副長の部屋だ。

 副長は突然現れた私達に驚いたようだったが、すぐに様子がおかしい事に気付く。顔はまだ狼狽えていたが、真剣な面持ちで側へ来た。


「ホーベンさん、暫く休むって話だったけど……」


 ぐしゃぐしゃと涙に濡れたままカリンは顔を上げた。手はまだ私の服を握ったまま、いまだ涙溢れる瞳を副長に向ける。カリンはどうやって此処に来たのか理解出来ていない。それを理解するよりも自身の身に起きた何かに心が囚われている。副長を見たカリンはまた嗚咽した。


「ふ、ふくっ、ふくちょ」


 辛うじて出た言葉の後、キャロルは過呼吸になった。ずっと呼吸が乱れる嗚咽を漏らしていたのだ、必然と言えば必然であっただろう。手近なもので処置をし、ソファーに座らせる。

 本当だったら今から話を聞きたかったが体調的に無理かもしれない。呼吸は落ち着いても涙は一向に止まらない。また同じように過呼吸になる可能性がある。

 私は一旦、カリンから離れ、三人の元へと向かった。

 

「今日は話難しいかもしれません」


「だからって家にも帰せないよ」


「分かってます」


 あのような事を起こしたのだ。話が聞ける状況ではないと言って家に帰せる訳がない。カリンには城に留まって貰う必要がある。


「離宮に連れていくのも駄目だからね」


「それも分かってます」


 今、カリンが居なければならない場所は牢だ。実害が無かったと言ってもやろうとした事はきっと重大な事だ。まだ彼女が持っていた液体が何なのかは分からないが、物が何にせよ、「逆鱗が欲しい」と言ったのは確かなのだ。害そうとした意思があった。


 しかし、同僚であったからか牢に容れるのは可哀想だと感じる自分もいる。これ完全に私情だ。分かっている、分かっているのだが。

 

 私が何を思っているのか、少なくとも副長は分かっているようだった。眉を下げ、首を左右に振る。


「これは仕事だ。だから、カリンを一度牢に容れる。彼女は貴族だから粗悪な牢に容れられる心配はないと思う。心配だったら、牢に入るところまで僕が見ているよ」


 そう、これは仕事だ。唯でさえ、こちらは初手を誤った。身内に甘い処分は更にハルフォークの信用を無くす。その証拠にスベンの眼光は私の一挙一動を見ているようだった。お前はどう判断するのか、と問い掛けているような瞳に息を呑む。僅かな緊張感に包まれ、眉間に皺が寄った。

 どれが正解なのかは理解している。正解は副長が既に示している「牢」だ。私は眉と口角が下がった顔のままカリンを見た。涙はまだ止まらないようで、ぐしゃぐしゃな顔を手で拭っている。


「副長、お願い出来ますか?」


 副長は静かに頷いた。そして、何処かへ連絡すると、直ぐに騎士が部屋に入って来る。カリンは騎士を見ても狼狽しなかった。それどころか、素直に付いて行く。止まらぬ涙を流しながら。


「カリン」


 名を呼び、手を伸ばした。しかしその手は先輩に止められる。手を緩く掴まれた手はそっと強制的に下ろされた。


「駄目だよ」


 そうか、先輩の中ではカリンは既に罪人なのだ。だから手を伸ばす行為も良くないと止めた。一方、私の中ではカリンはまだ後輩のまま。


 カリンが部屋を出る。最後尾にいた副長がパタンと扉を閉めた。嗚咽が消えた部屋から一切の音が消える。だからだろうか、耳の奥でまだカリンの嗚咽する声が響いている気がした。



 

 カリンを牢に送り届け、部屋に戻って来た副長は酷く萎びた顔をしていた。きっと今、私も同じ顔をしている。その自覚があった。何だかとても心が疲弊している。

 回収した液体は明日、分析課に回す事にし、離宮に戻る。疲弊しているのは私と副長のみのようで、他二人は通常運転だ。寧ろ、小瓶の中身が何だろうと興奮しているようにも見える。

 私もこれを持っていたのがカリンでなければ、事件の解決に一歩近付いたと喜んだ事だろう。もう職場に泊まらなくても良いのだと飛び跳ねたに違いない。しかし、カリンが持っていた。そしてカリンが牢に収容された。

 事件の解決には近付いた。けれども仲間が一人減った事に私はショックを受けていた。ショックを受けてもしょうがない事は分かっている。これは仕事だ。感情と少し切り離さないといけない。

 私は気持ちを切り替える為に大きく息を吐き、自分の頬を叩いた。最後の仕上げに耳を引っ張り、ぐるりと回す。そうすると頭がシャキッとしてきた。小さく「よし」と気合を入れた後、男三人の元へと向かう。


 私の行動にスベンは少し驚いた後、ふはっと笑った。そして私が輪の中に入ったのを確認すると小瓶を指差した。


「こんな色の液体見た事ある? 俺はない!」


「媚薬? でもこんな色のものは無いよね。大体無色とかだし。色ついてても薄いものが多い気がする」


「あー、種類によってはピンクのものもあるけど、こんなにどぎついのは僕も見た事ないなあ」


「この色を出せる薬は何系ですかね? 全く薬に詳しくないので検討もつかない」


 小瓶を中心に四人で囲む。あれこれ考えるが、見ているだけなので何も分からない。気化するものであれば危ないので蓋も開けられない。それに仮に蓋が開けられたとしても専門外が四人集まったところで、分かる事は皆無だ。


 結局、瓶は鍵付きのキャビネットにすぐにしまわれた。専門外がいくら話しても時間の無駄だからだ。しかしその時点でもう既に時刻は日付が変わり午前2時。


 溜息よりも吐き気を覚えた。




読んで頂き、ありがとうございます。

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