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39.カリン


 (どうしてカリンが)


 目の前の事が信じられないが、どう見てもカリンである。先輩もそれには気付いていた。ハッと瞠目し、眉間に険しい皺を刻んでいた。この場で彼女の正体を知らないのはスベンのみ。スベンは引っかかった獲物に対して嬉しそうに笑んでいた。

 しかし、こちらはそれどころではない。同じ第二の仲間がこの事件に絡んでいたなんて笑いごとではないからだ。


 カリンは震える声で、スベンへ詰め寄る。

 

「お願いします、逆鱗をください!」


 近寄られた分だけスベンは笑いながら手を上げ離れた。

 

「やだね、死にたくないから」


 カリンは「死」という言葉に息を呑む。酷く傷ついた顔をし、目元を歪めた。


「それは……」


 言い淀んだのは、全て知っていて逆鱗を求めたという事だろう。その反応を見て、ショックを受けた。カリンの事は彼女が入団した時から知っている。今はこんなに生意気だが、根は真面目で()()()()な子だ。決して人の不幸を願う子ではない。ましてや人の死など。


夜の脇道、それに暗い表情をしているからかと思っていたが、久しぶりに見たカリンの顔は自分の頭にある彼女よりだいぶやつれていた。ただでさえシャープだった輪郭は鋭さを増し、頬はこけている。眼窩が窪んで見えるからか、クマも酷い。明らかにおかしいのはその大きくなった瞳だ。ゆらゆらと不安定に揺れる瞳はかつて、彼女が持っていた無邪気さを完全に消している。

 一体会っていない数日間で何があったのか。会話をしていないので全くわからない。

 カリンの震える唇ははくり、はくりと何度も言葉をなそうと動いてはいる。それでも何も言えないのは葛藤しているという事なのだろうか。お守りのように持っている小瓶をぎゅっと握り締めていた。


(そういえばこの瓶て何?)


 カリンが持つその瓶は至って普通の瓶だ。しかし、中身は見た事がないどぎついピンクの液体が入っていた。一体どういう効能なのか。この場で出すという事は良くないものに違いない。

 私は先輩を見た。私の目配せに先輩は頷く。


 カリンは小瓶を持つ手を震わせていた。中身の液体が小刻みに揺れている。揺れる手を揺れる瞳が見た。


「それは、でも、でも……私、どうしてもそれが必要で。じゃ、じゃないとお父様と、お母様が……!」


 悲鳴のような声を出し、カリンは小瓶を持つ手を振り上げた。地面に叩きつけるつもりなのだろう。何が起きるか分からない液体だ、そんな事させるわけにはいかない。他でもないカリンにさせる訳にはいかない。私は瓶がカリンの手から離れる瞬間、小瓶を奪い取った。


 ふっと消える瓶の存在に、カリンは呆然と自身の手を見た。


「え、なんで」


 今にも折れそうな細い指を広げ、手のひらを見ている。ただでさえ震えていた手は更に震えを増し、やがて全身を抱えるようにふらつき始めた。

 瓶はカリンの生命線だった。そうに違いない。明らかな動揺を見て、改めて瓶の中身が気になった。逆鱗が欲しいと言ったカリン、その逆鱗を得る為に必要であったであろう液体。そもそもカリンがバルドー教の信者なのかはまだ不明だ。でも此処にきてバルドー教が絡んでいない事はないだろう。それにカリンはさっき両親の事を匂わせた。それが大変気になる。彼女の生家は侯爵家だ。しかも父親は次の宰相候補でもある。そんな大物が何かに巻き込まれているとしたら?

 元から大きい問題に、また問題が重なる。

 

 カリンの見開かれた目は手のひらを見ている筈なのに、何も見えていないようだった。その姿が見ていられず、先輩の服を引っ張る。先輩は何も言わず、かけていた魔術を解いた。


「カリン」


 認識阻害を解けば、カリンの顔がくしゃりと歪んだ。私と先輩を認識したのだ。


「キャロル……」


 いつもなら先輩付けろと言うところだが、今はその呼び方が良い。小瓶を先輩に預け、カリンを抱き締める。


「何があったの?」


 そう訊ねればカリンは大粒の涙を溢し、嗚咽を漏らした。じわりと湿っていく肩口、私は彼女の頭を撫でる。止まらない涙に、胸が痛くなった。


「ほら、良いのが釣れた」


 得意げなスベンに苛立つ。そうかもしれないが、そうは思えない結果にきつくカリンを抱き締める。

 反応のない私に変わって先輩が小瓶をスベンへ見せる。何か話しているが、その内容よりも私はカリンが心配だった。


 きっと小瓶の中身の結果によって、事件は真相に近付くだろう。その時、持っていたカリンはどうなるんだろうか。生意気な後輩ではあったが嫌いでは無かった。


 止まらぬ嗚咽に私は瞼を閉じた。




読んで頂き、ありがとうございます。

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話数間違えてました!直しました!

(2024.09.01)

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