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03.報告


 ダンダンと階段を勢いよく、力強く上がっていく。するとちょうど目的の人が扉から顔を出した。


 パサついた茶色い髪を一つに束ね、草臥れた風貌はこれぞ中間管理職。濃いクマに半分しか大体開いていない目。そんな目と目が合った。すると半分しか無かった筈の瞳が大きく見開かれる。血色の悪い唇もポカンと開き、コトリと口内から飴玉が落ちた。


「副長、キャロル・べインズ帰還致しました。報告宜しいでしょうか、今すぐに」


 私の上司である第二魔術師団副長ヘクター・セルザム。見た目は前述のように一年中草臥れている風貌だ。私の声に一瞬びくりと肩を震わせた彼は戸惑いがちに数度瞬きをした。

 

「う、うわあ。大変だったんだね、やっぱりもう一人強引にでも付けとけば良かったよ。良いよ、おいで、報告を聞こう。その手の物も気になるからね」


 言葉と共に扉を大きく開かれ招かれる。半分になった目には私の手元が映されているようだった。

 私はただ汚いと言われなかった事に酷く安堵していた。労りの眼差しと声は大変嬉しい。昂っていた感情が段々と静まっていく。

 

「ありがとうございます」


 小さく頭を下げ、部屋へと入る。そして手に持っていた球体と小さな魔獣の骨を副長へ手渡した。

 骨さておき、球体だ。荷物から出した時も「黒くなってる」と思いはしたが、こう改めて見ると黒の濃度が明らかに濃くなっている。最初は球体の中に濃淡が見え、靄が動いているのが見えたのだが今は完全なる漆黒の球体だ。

 手渡しておきながら、大丈夫かと心配になった。でもさっきまで自分も触っていたのだし大丈夫か?少し心配になり、自分の手をこそっと見る。特に何も無さそうでホッと胸を撫でおろした。


 副長はというと、目の前に立ったままジッとそれを観察していた。しかし見てもやはり良く分からないのだろう、球体から目を離すとへにゃりと笑った。


「これは何だい? 森にあったの?」


「そうです。経緯を説明しても?」


「どうぞどうぞ」


 私はまず事実だけを伝えた。魔素測定値が上限を遥かに突破して故障した事、その場所に魔獣がいた事、おおよその頭数、そして全てを焼き尽くした業火の跡地にこれだけが落ちていたという事を。


「これは黒い靄、恐らく障気だと思いますが、靄に覆われた何かです。私が見つけた時も周りに靄が濃く渦巻いていた為、鮮明には見えず何かは分かりませんでした。辛うじて、雫型……?かなと」


 副長は球体を自分の目の前に持っていくと目を細めた。


「真っ黒で何も見えないねえ」


「入れた時はもう少し薄かったんですけど」


「何だろう、でも魔獣も居たならきっとこれはまずいものなんだろうなあ」


 そう言うと副長は「イテテ」と空いている方の手で腹を押さえた。きっと面倒臭そうな気配に胃痛がしたのだろう。


「じゃあ、これは第三に回すよ。あそこならこれを安全に処理出来る施設もあるし」


 副長はもうそれを持っていくのか、頭をがっくりをと下げながら扉まで歩いていく。主がいないのにこの場所に留まる訳にもいかず、私もそれに付いて部屋を出た。


 副長は本当に疲れているのだろう。真っすぐは歩けているが、足元はふらふらとしている。まるで浮いているようだとも思った。床に足がついていないかのような感じ。そういえば足音もほぼ無い人だ。


 元々副長は騎士家系の出である。副長の一番上の兄は騎士団の総長にもなっている。確か父親も総長までは行かなかったが、第一騎士団の団長だった筈だ。二番目の兄も第三騎士団の現職の団長である。本来なら副長も騎士になるべく鍛えられる筈だったらしいのだが、何の突然変異か副長は魔力量がとてつもなく膨大な子だった。故に彼はその魔力を活かす為に魔術師になったとか。

 しかし副長まで上り詰めた今、その魔力が活かされているかというと……それはまた疑問である。私が所属されてから副長はずっと誰かの尻ぬぐいや他の部署との調整、会議に追われている。今の業務に魔力の使い処があるようには見えない。


「ああ、忘れてた」


 そんな事をぼんやりと考えていると前をふらふらと歩いていた副長が突然立ち止まった。


「どのくらい行ってたっけ? 三日くらい?」


 彼の中の時間感覚は少し狂っているようだ。まあ、それ程までに忙しいのだろう。

 私は苦笑しながら答える。

 

「五日です」


 私の答えに「あの押し問答は五日も前だったか」と副長は苦い顔を浮かべ、平坦な笑い声を出した。真顔で笑う姿は何とも不気味。だが、副長の疲労具合を見れば何も言えない。副長はひとしきり笑い終わると、心を整える為か大きく息を吐いた。


「ああ、そうなんだ。じゃあ、今からもう休みに入っていいよ。明日もゆっくり休んで」


 いつもよりワントーン明るい声で言われた内容に私は歓喜した。いや、もう歓喜以外の感情は生まれなくないか?「副長、疲れてて可哀想。執務室に簡易ベッドまで持ち込んで」と哀れに思っていた感情は一瞬にして吹き飛び、頭の中がパレードになった。


「ありがとうございます!」


 上司に恵まれるって素晴らしい。

 私は疲れが麻痺した体で軽快に副長を追い越すと、机の荷物をまた担いだ。落ちた砂を申し訳程度に手で床に落とし、素早く扉まで歩く。


「キャロル」


 名前を呼ばれ振り返る。そこにはうるさい同僚三人組が顔の前で手を合わせていた。

 そういえばこの人達に苛立ってたんだ。許す許さないもないが、取り合えず今はまだ根に持っている事にしよう。


「いーーっだ」

 

 私は口を大きく開いて不満の意思表示をした。そして勢いよく扉を開く。


「じゃ、お疲れ様でしたー!」


 投げるように挨拶をし、愛しの我が家へと急いだ。




読んで頂き、ありがとうございます。

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