38.釣れた
「いただきまーす」
「い、いただきます」
元気に肉を頬張るスベンをに釣られ、私もテーブルの上の料理に手を伸ばす。竜人の食べっぷりにマキサさんが満足そうな笑みを浮かべていた。此処は先輩行きつけの酒場「猫のひげ亭」である。
結局断り切れず、スベンと共に三人職場を出た。当然、私も先輩も最初は断ったのだ。三つ目の逆鱗が見つかったばかりだからそんな時間は無いと。
しかし、彼はだからこそだ、と私達に言ったのだ。
『囮は動かないといけないの。俺が動けばどんどん人の目に触れるだろ? だからご飯連れてって』
これも仕事の内、そう言われれば私は何も言えない。先輩はまだ何か言いたげだったが、しぶしぶと動き出して今この状況というわけだ。
目の前にはウキウキと肉を次々と口へ放り込む竜人、横には仏頂面の先輩。本当にしょうがなく来たのが丸わかりの表情である。
「いやぁ、竜人様の食べっぷり気持ちが良いね!」
「うまい料理を食べてれば自然とこうなりますって。これは全部お姉さんが?」
「やだ! お姉さんだなんて! 私も作ってるけど、大体は旦那だよ!」
おばちゃん受けが大変良さそうな会話を聞きながら、私は手元の酒を飲んだ。
今日は二階ではなく、通りからよく見える一階だ。囮役としてはとても良い場所である。その証拠に外を歩く人の視線がすごい事すごい事。中にはわざわざ覗き込んでくる人もいる。それが狙いなのだから良いのかも知れないが、だいぶ居心地が悪い。ひっそりちびちびとジョッキの中身を胃に落とした。
気を良くしたマキサさんのサービス品に手を付け、一人で話し続けるスベンの話に相槌を打つ。どうやら取り敢えず話したいだけのようだ。中身の無い話は実に眠くなる。疲れも相まって物凄い眠気に襲われた。
「スベン、さんは先輩と仲良しですよね」
これは自分も話を振った方が良いと口を開いたが、つい呼び捨てしそうになってしまった。頭の中でいつも呼び捨てにしていたからだろう。少し焦り、早口で突き進めば丸い目がにんまりと細まった。
「スベンで良いよ。君とは今後も付き合うし」
どうやら誤魔化せなかったらしい。思わず苦笑する。本当申し訳ない。
スベンは目を細めたまま、ゆるりと先輩を見た。先輩はジョッキの泡を見ているようだった。全くスベンを見ていない。
「ファルとの仲はね、俺は良いと思ってるけど」
「僕はそう思ってない」
ひやりとした声にスベンが笑う。大きな声は更に注目を集めた。
「って言うんだよ! いっつも! 酷いよね!」
酷いと訴えている割には嬉しそうである。私は「ははは、そうですね」と若干引き気味に笑った。
一人が冷めている飲み会など、全く楽しくもない。早く終わらないものかと、私は乾いた笑いを出し続けた。
結局、スベンの独壇場のような酒盛りは二時間程続き、お開きとなった。帰る場所は三人とも同じ、それ故に必然的に一緒に帰る事になる。
酒場の空気から抜け出せないのか、スベンはまだ人通りのある道で楽しそうに大きな声で先輩へ話し掛けていた。先輩は最初の時よりは態度を軟化させてはいるが、まだ機嫌はそれ程だ。冷たい対応は見ているこちらがひやりとする。しかし、スベンは気にしていないのだろう、とても楽しそうだ。にっこにこである。
(こんだけ目立てば、そりゃ襲われるわね)
今もすれ違う人や向かいから歩いてくる人が驚いた顔で見てくる。店でも凄かったが、やはり道の方が人の目が多い。握手を求められたりするのだから、驚いてしまう。
きっと初日もこんな風に歩いていたに違いない。それで今も地下牢に居る男に襲われたのだ。
そして今も……
「気付いてる?」
表情は変えず、囁いたのは先輩だ。その声に私は小さく頷いた。スベンも笑顔のまま、視線で返事をする。
そうなのだ、少し前から誰かが後をつけて来ている。明らかに怪しい人物は顔が隠れるフードを被っていた。ゆとりのある服を着ているが、小柄な感じを見ると女性だろう。もしかしたら教団の人ではないかも知れない。しかし、今は全てを疑わなければならない時である。
私達は後ろの人影を誘い出すように人気のない道へと入った。その人はきちんとついて来ているようで、周りを見回しながら同じ道へと入ってくる。だが、何のアクションも起こさない。ならば、と私と先輩はスベンと別れた振りをした。
「じゃあね」
「バイバイ」
手を振り、スベンに背を向け少し歩いた後、先輩が私と自分に認識阻害の魔術をかけた。そして道を戻り、スベンの後を追う。やはりと言うかなんと言うか、フードの女性はスベンの後ろに居た。私達が消えたからか、早歩きでスベンへ向かっていく。
あと少しでスベンに手が届くその時、スベンが立ち止まる。緩慢な動きでゆるりと振り返り、微笑んだ。
「なぁに? さっきから俺の後追いかけて来て」
弧を描く口元から出た声は軽かった。さあ、おいでと言っているようにも聞こえる。
私と先輩は気付かれないのを良い事に女性へ近付く。ふわりと風に乗り、嗅ぎ覚えのある匂いが鼻腔を掠めた。首を捻り、暫し考える。その間も女性は何も言わず、スベンと向き合っていた。
(なんだっけ、この匂い)
スンスンと空気を鼻から吸い込む。嗅いだ事のある匂いに、段々と記憶が引き出される。
(え、まさかこの匂い)
私は女性の前に回り込み、顔を覗き込んだ。顔を認識した私の目が見開く。その時、女性の口が動いた。
「逆鱗を、逆鱗をください!」
そう言って女性は小瓶を突き出した。勢いでフードが外れる。
「なんで」
そこに居たのは姦しい後輩、カリンだった。
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