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37.三つ目


 先輩と私の役目は主に彼らと我が国との調整役だ。変わらず王宮に上がってくる困りごと、情報を(ふる)う作業もある。そして新たに現地へ飛ぶ仕事も増えた。何分人手が足りない。自分達で情報を精査し、近場のものは自身で行く、何とも悲しいお仕事である。


 しかし、あがってくる情報を見る限り、やはり怪しいのは地方だ。ちらほらと獣関係の投書が増えた。送付人の住所を大きな地図にピンで刺す。目に見えて分かった方が良いと数日前から始めたが、こう見るとピンの場所が固まっているのがよく分かる。


「ジュロン樹海とキッサミン山近辺が多いみたいだね。そこはもう第一騎士団が行ってるよね」


「そうですね。確か二日前には城を出てました。転移石を使ってるので、もうとっくに調査に入っているかと」


「連絡は?」


「最後に経過を聞いたのは昨日の朝ですが、その時点では何も。この後話を聞きに行きます」


「そうしてくれる?」


 もうとっくに定時は過ぎた。だが、チームの皆も私達と同じように時間関係無く働いている。直ぐに部屋を出て聞きに行けば、昨日と同じ答えだった。何もまだ見つかっていないらしい。だが、新しい情報もあった。一区画で魔素値の上昇があったらしいのだ。嫌な予感がしなくもない。バルドー教の本部が見つかれば吉報だが、それ以外が見つかれば悲報だ。

 手掛かりは見つかって欲しいが、何も手掛かりは逆鱗で無くても良い。逆鱗があるイコール誰かの死なのだから。



 離宮に移り、二日目。案の定家には帰っていない。


 眠気覚ましに風呂に入った私は適当に乾かした髪のまま、机に向き合った。完全に乾かせていない髪からは甘い花の匂いがした。毛先を鼻先に持っていきつつ、新たに机に置かれた書類を眺める。


「また西側の国境近くか」


 ジュロン樹海やキッサミン山と同じ方面かと紙を読み進めた。内容もやはり同じようなものである。


 先輩の机にも新しい書類の山が出来ていた。先輩はその山の前で顔を両手で覆っている。微動だにもせず、じっと顔を押さえていた先輩からくぐもった声がした。


「見つかったって、三つ目の逆鱗」


「え、本当ですか」


「今、その連絡が来た。物は第三に渡し済み。夕方には触れるようになるってさ」


 力無い言葉に掠れた声が漏れる。

 見つかった場所はジュロン樹海の奥深く。情報が多々出ていた場所だ。「やはり」という言葉が浮かんだが口には出来なかった。出来れば見つかるのは別のものであって欲しかった。


 早くバルドー教の本部を押さえないと被害は広がるばかりだろう。何故体格や能力が高い竜人が犠牲となるのか。どうやって彼らを害する事が出来るのか。やはり鍵は「番」の存在なのだろうか。


 早くバルドー教の本部を探さなければ。私はそう改めて思い、机の書類達を捌いていった。




 その日の夕方、逆鱗の瘴気が抜けたという連絡を受け、第三魔術師団の研究棟へと向かった。受け取った逆鱗は緑色。皇弟殿下は白竜だとの事なので、彼の物ではないだろう。


 その足のまま、捜索から帰って来た第二皇子のところへ向かった。既に先輩が彼の部屋にいる筈だ。それに合流する為に、コンコンと部屋をノックする。


「入れ」


 唸るような声にノブを持つ手が固まる。しかし、ここまで来て入らないという選択はない。空気を大きく吸い込んだ後、扉を開けた。


 第二皇子は声の通り、厳しい顔をしていた。頂点に達した怒りを堪えているようにも見える。そんな彼の視線は私の手にある逆鱗が入ったシャーレに向けられた。


 挨拶短く、それを彼の目の前に置く。緑色の逆鱗に僅かに安堵した様子が見えた。しかし、同胞が犠牲になった事に違いはない。すぐに瞳に炎を宿らせる。


「この国が悪くない事は分かってる。悪はこれを実行した奴らだ。だがな、規制は出来た筈だろ? 情報を隠すのでは無く」


 至極真っ当な意見に言葉が出ない。それはこの国の人間である私も思っていた事。霊峰ムーランの事件の際にちゃんと対応していれば、その後の事件も防げたのではないか、と。勿論、タラレバだという事は充分承知している。


 先輩はまっすぐにその怒りを受け止めていた。いつものヘラついた笑顔は無く、歪みない口元、目元で皇子を逃げる事なく見ていた。会話は止まり、二人が各々の感情を乗せ、見つめ合う。先の皇子の言葉に先輩が口を開いた。

 

「国としての謝罪は私の判断では出来ない。だが、私個人としては謝罪したい。それに貴方のおっしゃる通りだとも」


 先輩は良い終わると同時に深く頭を下げた。そして謝罪の言葉を述べる。


「貴殿の国民に犠牲者を出して申し訳御座いません」


 皇子は厳しい顔は崩さず、大きく息を吐いた。テーブルに置いてある逆鱗を手に取ると瞼をきつく閉じる。悔しさが滲み出る顔を見ていられず、顔を背けたくなった。しかし、それは逃げである。

 私は皇子のその顔を脳裏に焼き付けた。



 皇子の部屋を出て、二人静かに部屋への道を歩く。歩く速度に違和感を覚え、前を歩く先輩を見た。角度的に髪と鼻、僅かな頬しか見えないが、ぎゅっと結んだ口が見える。真剣な顔と言えばそうかもしれない。しかしそれだけの表情ではないだろう。きっと私の中にある感情と似た物に違いない。私は視線を先輩の背に向けた。

 ピンと真っ直ぐ伸ばされた背には悲しみも怒りもきっと込められている。

 

 部屋に帰っても会話は無かった。二人もくもくと目の前の仕事をこなしていた。

 何かおかしい情報は無いか、新しい気付きはないかと古い書類も引っ張り出し、先輩は床に座り込みながら読み込んでいる。先輩を中心に360°紙が置かれている状況だ。


 私はそれを邪魔しないよう、与えられている仕事を捌いていた。先輩の仕事も手伝いたいが、それだと自分の机に置かれた書類が増えるばかりである。

 張り詰めた部屋の中で呼吸さえも少なく、手を動かした。


 ピリピリとした部屋の中、気付けば時計は20時を指していた。同じ体勢でずっと作業していた為、背中を伸ばせばゴキッと大きな音が響いた。痛くはない、気持ちがいい。

 伸ばしついでに先輩の様子を窺う。数時間前から変わらぬ体勢だ。前屈みになり、地を這うように文字を見ている。そろそろ休憩した方が……と思うが、声がかけづらい雰囲気に言葉が喉の奥に萎んでいく。


 ジッと先輩を見ていると、突然部屋にノック音が響いた。


「はい」


 椅子から立ち上がり、扉を開ければ厚い胸板が目に飛び込んできた。視線をそのまま上げれば緑がかった金髪、愛嬌のある黄褐色の瞳と目が合う。


「こんばんは、ちょっとご飯行かない?」


 ご飯という言葉に瞳を瞬かせる。「今?」と出そうになったが、ぐっと堪え、後ろを振り返った。

 床に座ったままの先輩が凄い顔でこちらを見ていた。




読んで頂き、ありがとうございます。

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