36.謝罪を望む
その後の会議ではこちらがあらかじめ纏めていた情報が共有された。やはり逆鱗の話になると皆表情が曇る。それは逆鱗が竜人にとって重要なものであるという証明に他ならない。悔し気に問題の逆鱗に何度も視線を送っていた。
ハルフォークからの調査団の一番の目的は皇弟殿下の捜索だ。もしその皇弟殿下が同じような形で見つかってしまったらとふと嫌な考えが浮かぶ。それは一番あってはならない事だろう。背筋がひやりと凍った。
「アンワース公の捜索は霊峰ムーランを中心に行う。我ら以外にもこちらの国にも協力して貰う事になっている。情報を得るには人が多い方が良いからな」
今のところ、彼の手掛かりは絵手紙のみだ。こちらもハルフォークに言われるまでもなく捜索に当たっているが、噂話ひとつ出てこない。
竜人はいれば目立つ存在だ。それが何の情報も出てこないとなると先程思い浮かべた最悪の事態が頭をよぎる。
大丈夫、竜人は強い。ましてや皇族だ。やられる訳はない。自分で自分の考えを否定し、そっと息を吐いた。そして持っていたペンを机に置く。汗ばんだ手で持っていたからか少し光って見えた。
ハルフォークの滞在期間は決められている。伸びる可能性もあるが、今のところ予定は一週間だ。その間に決着させないとスムーズに調査する事が難しくなる。
なので今日の会議は今後の動きを決めた。囮捜査は続行。といっても普通に行動するだけのようだが。何度も言うが彼らは目立つ。いるだけで囮になる。餌に獲物が引っ掛かれば万々歳だ。
そして皇弟殿下の捜索は竜の姿で行うとの事。知らなかった事だが、彼らは同族に対して共鳴をする事が出来るらしい。人型でも出来るようなのだが、断然竜体の方がわかり易いらしく本来の姿で行うようだ。
「叔父上、アンワース公の捜索には俺も参加する。俺が一番血が近いからな。共鳴し易い」
竜人達にとっては常識なのだろう、皆それが良いと頷いている。誰も皇族なのだから安全な場所にいるべきだと思っていないようだ。私は知らない情報ばかりで理解が進まない頭の代わりに手を動かした。別にこの会議の議事録など頼まれていないので、完璧さはいらない。あとで自分が確認する用なので、単語ばかりを紙に並べた。
会議が終わると私の手元には両面びっしり書き込まれたメモ紙が出来上がっていた。白い紙が黒に覆われると妙な達成感がある。私がそれを満足げに眺めていると、ヒョイと横から覗き込まれた。
「すごいね。いっぱい書いてる。全然読めないけど」
走り書きが多いので読みづらいのは否めない。しかし、これは自分で見る用だ。他の人に何と言われようと関係ない。
「私が読めれば良いんですよ」
「じゃあ、これ何て読むの?」
ピーコックブルーの指がひとつの言葉を指す。指を退かして貰い、文字をじっと見た。全てが繋がっている文字は変に歪んでおり、読めるような読めないような。いや、読めない。しかし読めないなど言いたくは無かった。先輩が「ほら見た事か」と笑うに違いないから。
私は目に力を入れ、根性で読もうとした。小さく声を出し、候補の言葉を言ってみる。でもどれも前後の単語にしっくり来ず、口にぐっと力を込める。険しい顔のまま先輩を見た。
「読めなかった?」
歯軋りしそうな程悔しい。頷く事もしたくなくて、眉間に皺を深く入れる。先輩はふっと笑い、耳に髪を掛けた。揺れるピアスが妙に苛つく。私はメモ紙を二つに折り、ポケットの中に詰め込んだ。そして人がまばらになった部屋から出ようと足を動かす。後ろから先輩の気配を感じた。険しい顔のまま、扉を開けると不思議なものにぶつかった。
ボンッと当たり、一歩下がる。ふらついた私の体を先輩が支えた。
「ひっさしぶり! 元気?」
落ちて来た大きな声に、ぽかんと口が開く。何だ?と目の前を見れば、竜人騎士スベンが眩い笑顔を私の背後に向けていた。左に流された長めの前髪の毛先は癖があり、それが彼の勢いでピョンと揺れる。黄褐色の瞳は嬉しそうに細められていた。その瞳に幼い頃よく見たトカゲを思い出す。そういえばそのトカゲも愛嬌があった。ぶつかった事など忘れ、まじまじと見てると彼の顔から笑顔が段々と消える。はて?と思っていると、頭の直ぐ近くから冷たい声が聞こえてきた。
「ねえ、ぶつかったよね? なんで謝らないの?」
そうだ、ぶつかったんだった。私は先輩の支えから抜け出そうと肩の手を外そうとした。だが、手は外れない。寧ろ肩を持つ手の力が増した。仕方なく私はその体勢のまま、スベンに頭だけ下げた。
「すみません、前見てなかったです。大丈夫ですか?」
「違う、キャロルが何で謝るの? 謝るのはスベンでしょ? どう考えたって扉の前に突っ立ってる奴の方が悪い」
不機嫌な声から察するに顔も声と同じように刺々しくなっているのだろう。目の前の騎士が気まずげな声を上げた。僅かに揺れた瞳が私を見る。ポリポリともみあげを掻いたスベンは私よりも深く頭を下げた。
「ごめん! あんまり気付いてなかった! 俺弾き飛ばしたよな?」
私は全く眼中に入っていなかったという事か。しかし、自分もちゃんと前を見ていなかったので、彼だけが悪い訳ではない。首を左右に振って、大丈夫だと伝えようとしたが、それよりも早く先輩が口を開く。
「それ本当に謝ってる? 僕が後ろに居なかったらキャロル転んでたんだけど。それに気付いてなかったって謝る時に必要な言葉? 絶対必要じゃないよね? 謝り方も分からない?」
「先輩、何もそんなに言わなくても。先輩と話したくて待っていてくれたんですよ? そんなに言わなくても良くないですか?」
そんなに怒る事ではないと体を捩り、顔を見上げる。余程怒っているのか、目は半目だ。座っているとも言う。何もそんな恐ろしい顔をしなくても。
スベンから視線を外させようと先輩のローブを軽く引っ張った。すると漸くこちらに瞳を向く。私が「大丈夫」と首を再度振れば、ゆるりと瞼が伏せられた。次に見えた瞳は大体いつも通り。まだ残渣はあるが、抑えきれるくらいだと思う。それをスベンも察したのか、空気が緩んでいった。
先輩が元に戻ったのを確認した私は体を正面に戻す。
「怪我は?」
「大丈夫です」
「良かった。本当にごめんな」
「いいえ、私も悪かったのでおあいこです。それよりせんぱ……ファル先輩と話があったのですよね」
またピリリとなりそうな先輩の顔を見上げ、肩の手を外す。間にいては邪魔だろうと会釈をし、スベンの横を抜けた。先に部屋へ帰ろうとしたが、何故か二人が後ろを付いてくる。もしかしてこのまま部屋まで三人で行くのだろうか。先輩だけなら振り返り何かしら言えるが、初対面のスベンがいるならば言えない、言いづらい。背中に神経が自然と集中する。聞きたくも無い会話が耳に入ってくる。
「順調そうだな。良かったじゃん」
「そう見せているだけだけどね」
調子を戻しているスベンとは違い、先輩の声はまだ棘が残っていた。全く何の話をしているのか分からないが。
「マゼルのお前を見る目、本当に面白いよな。久々に見ても新鮮に面白い。あいつはクソが何個もつく真面目で潔癖だかんね。アル、違ったファルの行動の意味が分からないんだろうな。俺もわからんけど」
何を話しているのか本当に分からないが、深く考えないに限る。こういうのは気になっても聞かないのが一番だ。少しだけ歩く速度を上げた。
「スベン」
「なに」
「お前って本当変わらないね」
冷たい声に耳を塞ぎたくなる。見なくても分かる、顔もスンと冷たいのだろう?
冷たい声とは対照的に愛嬌のある笑い声が聞こえてきた。今、笑うところあったか?
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