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35.叫ぶ男


 ハルフォークからの調査団が到着したからには、私達はもう彼らに付きっきりになる。つまりはこの国の調査チームの一員であり、彼の国の調査団でもあるという事だ。


 過ごす部屋も魔術師団の部屋から彼らに与えたれた離宮の一室へと移動となった。勿論、部屋に纏めた資料と共にだ。


 離宮はかつてこの国に後宮があった時代に使われていた建物である。庭園は広いが、後宮という特殊な環境だったからか外からは見えにくく、中からは出辛い構造をしていた。脱走をしようとすると光る(いにしえ)の魔導具は撤去されているが、触れるとじわりと体力を減らす特殊な塀はそのままだ。


 私は初めて踏み入れる離宮の美しさに目を奪われ、前を行く先輩を見失いそうになった。しかし、時折振り返る先輩のお陰で迷う事なく、新たな執務室へと辿り着く。


「おおお、これは広すぎやしませんか?」


 広さ的に前の部屋がすっぽり二部屋入るくらいの広さだろうか。これならばいくら散らかしても然程目立たなそうだ。

 元々は側妃の部屋の一つだったに違いない。急拵えの棚が若干浮き気味で設置されていた。しかし、そんなもの気にならないくらい嬉しいものがあった。なんとバスルームが備えられていたのだ。

 先輩と一緒のバスルームを使うとなると少し気を使うが、広い部屋であればそれ程気まずくもならない筈だ。


(これでベッドがあれば完璧なのに)


 そうしたら疲れ知らずな生活を送れそうである。しかし、それは一人で仕事をするならば、だ。先輩という異性と使う部屋だとすればそんなものいらないだろう。他人に寝姿は見られたく無い。ただでさえ寝相が悪いのだ。たまに自分のいびきで起きたりもする。

 そして何より薄着でないと寝ずらい質なので結局寝っ転がっても何度も目が覚めるに違いない。


(そう考えるといらないな。やっぱり自分の部屋が一番)


 荷物を適当なところへ置き、部屋を彷徨く。取り敢えずある引き出しは全て開け、一通り確認した私は先輩と少し離れた席を定位置と定めた。仮置きしていた荷物を移動させ、ふうと息を吐く。するとニマニマと笑う先輩と目が合った。


「な、なんですか?」


 怪訝な目を向ければ「いや」と返された。


「宝物探しでもしてるのかなって思ってさ」


「してません」


 確かに見ようによってはそう見えたかもしれないが、していない。している訳がない。こんなほぼ昨日家具入れました!みたいな部屋の何処に宝物があろうか。

 まあ、少しワクワクしていたのは否定しないけれど。


 それにしても此処に部屋を移され、完全に外界から遮断されてしまった。やはり部屋は区切られていたとはいえ同じ事務所内での作業は外部に漏れる心配があったのだろう。これから他の面々も準備が出来次第、こちらに移ってくるとか。


 私は備え付けの時計を見た。次の予定までまだ30分程ある。その間に机の周りを自分仕様に整えようと手を動かした。






「さて、早速だが昨日捕まえた人物の話をしよう」


 軽い挨拶を済ませ、昨晩の話をし始めたのはパーティの主役であった男だった。

 ハルフォークの調査団到着二日目。今日から本格的な捜査が始まる。その為に開かれた会議はこちらが調べ、判明している情報よりも先に昨晩の事が伝えられた。


 上座に座るのはこの調査の責任者、ヴォルフラム第二皇子。彼の護衛でもあるマゼルは今日は皇子の後ろでは無く、その横に座っている。何の感情も見えない顔で真っ直ぐ前を向いていた。

 そんな彼を見て、昨晩の質問を思い出した。何の意図があり、あんな先輩をこき下ろす事を言っていたのか。


(ただ嫌いだからってあんな事わざわざ言わないよね)


 もしそれだけの理由で言っていたならば余程の事だ。先輩の幸せを一切許せないくらい嫌いでないと成り立たない。


(先輩に親でも殺されたの? んな訳ないか)


 考えても分からない事を考えても時間の無駄である。私は真横にいる先輩に視線を移してから、手元のメモにペンを軽く走らせた。


「今回、襲われたのはそこにいるスベンだ。昨夜の舞踏会には参加せず、街を歩いていたところ襲われた」


 スベンは今回来た騎士の中で一番小柄な竜人である。身長は私達人間とそれ程変わらないようだ。まあ、人間の括りに入れたら大柄な部類には入るが、竜人の中に並べると一人凹む感じになる。

 そんな彼は襲われたという表現に不服だったのか、「意義あり!」とばかりに割り込んだ。


「いや、襲われる前にのしましたよ。手も触れてない。馬鹿正直に真正面から来たからヒョイと避けただけですよ、オレは」


 ブーブーと文句を垂れているスベンに第二皇子は苦笑した。


「そうだな、お前は避けただけだ。表現が悪かったな、すまなかった」


 謝ればスベンはふふん、と得意げな顔をこちらに向ける。どうやら人間である私達に侮られたくない故の発言だったらしい。軽く頭を下げれば、満足そうな笑顔を向けられた。


「話を戻すぞ。それでその男はバルドー教の者だそうだ。しかし、下っ端も下っ端。教団から何の指示も受けていないのに勝手に動いたそうだ」


「嘘を吐いている可能性は? 口だけだったら幾らでも言えるのでは?」


「話を聞く限りない。彼の地区の代表……支部長のようなものか? そいつと親が話しているのを聞いて今回王都へ来たらしい。まあ、恐らくわざと聞かせたんだろうな。つまり捨て駒だ。どうやら何かあったら毒を飲むつもりだったらしい。用意周到に奥歯に仕込んであったのをスベンが歯ごと抜いた」


「毒も用意しているのに独断とは考えずらいのでは?」


 それよりも歯ごと抜いたというパワーワードに少し引く。何故その事に疑問を覚えないのか、全く持って竜人て怖い。


「毒も家にあったやつを仕込んだらしい。親も支部長とグルだな。息子が捨て駒にされる事に対して何も思わなかったんだろう」


 第二皇子は「まあ、実際は分からないがな」と言葉を切った。


 牢の中の男は最初、何を聞いても口を閉ざしていたようだ。しかし取り調べ室に第二皇子が入って来た途端、態度を一変させたらしい。

 やれ、竜人が全ての悪の根源だと喚き始めたのだそう。そして唾を飛ばしながら男が激昂している間にあれこれと聞けば、先程の情報を叫んで答えたらしい。なんと扱い易い人だろうか。初手を誤り、手のひらで転がされている。


 そんな男は今、「世界は魔人様が統べるべき」「魔人様が地上に来れば全て上手くいく」と牢で叫び続けているのだとか。牢から出たいとも言わず、ひたすらそれだけを叫び、いかに魔人が素晴らしい存在なのかを語っているようだ。


 魔人など実際は見た事が無いのに、よくそこまで崇める事が出来る。文献をどう読んだらそう思えるのか不思議で堪らない。


 狂気は伝染すると聞いた事がある。バルドー教については最近知ったばかりだが、起こす事件はどれも狂気に満ちている。共感性がないというか、それをすればどうなるか本当に理解しているのか疑わしい事ばかり起こしている印象だ。

 今回の男もだ。たった一人で本当に竜人をどうにか出来ると思っていたのだろうか。


「彼がどういう話を盗み聞いて、凶行に及んだのかはまだ感情的なので不透明だ。だが彼はこう言った、竜人を殺して魔人に捧げるのだと」


 第二皇子の言葉にこの場にいる全ての竜人が厳しい顔をする。縦型の瞳孔が感情により形が変わって見えた。その皆の視線の先には持ち主を亡くした逆鱗がある。

 テーブルに置かれた逆鱗がガラスのようにキラリと光った気がした。

 

 謎はまだ多い。きっと男の取り調べは暫く続くのだろう。私はメモにクエッションマークを書き、それを見る。


 まだ調査は始まったばかりだ。




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