31.結婚よりも眠気
間近で見る騎士は驚く程大きかった。あの部屋では間にテーブルと皇子が居た為、多少遠近法が効いていたようである。あの場所でも大きいと感じていたが、手の届く範囲にいる騎士は目が飛び出んばかりに大きかった。座っているからというものあると思うが、あまりの大きさに見上げるのも首が痛い。ポカンと阿呆みたいに口が開いてしまった。
庭園にまばらにいた人も突然の竜人騎士の出現に驚いているようだ。所々から小さな声が複数聞こえてくる。しかし此方には近寄って来ないところを見るとやはり近付き難いのだろう。その気持ちは大いに分かる。自分も名前を呼ばれさえしなかったら遠巻きにしたかった。
騎士はじっと私を見たまま何も言わない。威圧感から地面に付けないよう保っていた足が力なく落ちる。昼間の暑さをまだ少し保っていた石畳がじわりと足を温めた。
最低限の照明しかない庭園の中、騎士の鈍く光る金色の瞳は何故か瞬きが少ない。そんなに見られては顔に穴が開きそうだ。
早く何か言って欲しい。早く此処から解放されたい。一体何故私と話したいのか。こんなに大きい竜人には会った事が無いので、恐らく初対面だ。きっと関わりなど全く無く生きてきた筈。だから本当に何の用があるのか分からない。
見上げ過ぎて首が痛い。ポカンと開いていた口も乾燥し始めた。張り付く喉を潤す為に口を閉じ唾液を飲み込む。
「貴方は」
漸く開かれた口に私は喉を鳴らした後、細かく頷いた。しかしまた騎士は口を閉じる。
何故一言一言止まるのか。急かす意味も込め、今度はゆっくりと頷いた。すると騎士は身を屈め、瞬きもせず真っ直ぐ私を見てきた。屈んでも視線は見上げる程である。
「貴方はあの男で良いのか?」
金色の瞳のなんと力強い事。しかし、言っている意味が分からない。あの男と言われ浮かぶのは先輩だ。
「あー、ええと」
「あの男は碌な男ではない。伴侶にするには気持ちが悪い。やめた方が良い」
やはりこれは先輩の事に違いない。絶対にそうだ。
それにしても本当に先輩は留学先で何をやらかしたのか。本気で気になってきた。何をしたら他人にこんなにも否定されるのだろう。全く意味が分からない。
「あ、あの」
「もし迷惑で無ければ他の男を紹介する。あの男はやめておいた方がいい。やめておけ」
そういう関係ではないと伝えようとするがグイグイと来られ、言葉を遮られる。良いから聞いてくれと叫びたいが、竜人に対してそんな事をする度胸は無い。
あの、えと、だから、と小さい声で言うことしか出来なかった。
「ちょっと、マゼル何やってんの」
もう反論するのは諦めよう、そう思っていた私の元に先輩が帰ってきた。騎士は背後から聞こえた先輩の声に思い切り眉根を寄せ、チィッと激しい舌打ちをする。まさか真面目そうな見た目なのに舌打ちをするとは思わなかった。そこまで先輩の事が嫌いなのかと少し驚く。まあ、私も苦手だけども。
先輩は何処へ行っていたのかと思ったら職場に戻っていたようだ。手には事務所に常備してある外傷用の薬瓶が握られていた。
「お前と結婚したら不幸になるからやめた方が良いと忠告していた」
「いや、反対でしょ。幸せになるに決まってるよね」
「なるわけないだろ」
先輩は薄ら笑っているが、騎士は冷めた真顔で淡々と話していた。
どうやらこの感じ、先輩も騎士の事をあまり良く思っていないようだ。笑ってはいるが笑っていない、そんな顔である。
正直、私の結婚云々はどうでも良い。幸せだとか不幸せだとかそんな定義は自分で決めるし、そもそも結婚する予定はない。もう面倒臭いので帰らせてはくれまいか。
騎士には怖くて言えないけども、先輩には言える。私はじっと先輩を見つめた。先輩は直ぐに私の視線に気付き、騎士の前をわざと通って隣に座った。
「ごめん、待たせたせいで堅物に絡まれちゃったね。足、これでどうにかなるかな? それともおぶる?」
「それなら私が抱いていこう。大丈夫だ、この男よりも力がある」
「先輩」
私の呼び掛けに先輩はパァと嬉しそうに顔を輝かせた。
「私、帰りますね。あ、送って頂かなくて大丈夫です。……あと、マゼルさん、私は先輩と結婚する気更々無いです。ご心配頂きましてありがとうございます。ではお二方、失礼致します」
カツンと高いヒールを履き、また地面に打ちつける。
背後から先輩が追いかけてくる声が聞こえた。「待って、キャロル」そんな言葉が。しかし、もう何だか疲れた。
結婚なんて本当どうでも良い。
取り敢えず帰って眠りたかった。
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