30.くるくると回帰する
「それはそうと次踊りに行く? せっかくだし」
「えぇ~」
聞いた瞬間「嫌だな」と思った。すると驚いた事にその不服な気持ちがするりと口から漏れてしまった。これだから正直者の口はしょうがない。もう出たものは回収出来ないので、私はわざと上目遣いで小首を傾げた。
「ごめんなさい」
少しおどけて言えば、柔く微笑まれる。
「うん、じゃあ踊ろうね」
はい、ダンスを拒否出来るなど最初から思っていませんでしたよ。そのつもりでパートナーを申し込まれたのだろうし。
さっと手を取られ、会場の真ん中に連れて行かれる。高いヒールにはいまだ慣れず、足がカクカクと動いている。カツカツと鳴っている音は自身のヒールの音なのか、それとも他の誰かの音なのか。楽しそうな先輩を真横から見て、しょうがないなと少し笑ってしまった。
一曲終わり、人が入れ替わる。当然二曲続けて踊る人もおり、その人らは楽しそうに笑い合っていた。息が上がりながらもそれはそれは楽しそうにじゃれ合っている。そんな二人の隣に位置取り、先輩の肩に手を置いた。先輩の手が腰に触れる。舞踏会は久しぶりだ。だからなのか、どうも違和感がある。こういうものだっただろうかと心が少し騒めいた。
(人が違うんだからいつもと違うなんて当たり前じゃない)
何年も前の思い出を振り払い、私は背筋を真っ直ぐ伸ばしていつもより視線が近くなった先輩を見る。桃色の瞳も真っ直ぐに私に向けられていた。
「いける?」
「いけますよ」
そして音が鳴る。緩やかに始まる曲にヒールを一歩踏み出した。流れるような動きは少し緊張する。ちゃんと足を運べているだろうかと不安になった。高いヒールが緊張感を生ませているのだろうか。
しかし、そんな不安は途中から消え去った。先輩のダンスが思ったより上手かったのだ。別に下手なイメージはなかったが、なんとなく独りよがりなダンスをするのでは?と勝手に思っていた。だが実際にはこちらが踊りやすいように動いてくれ、大変踊りやすい。
(楽しい)
自分が上手くなったと錯覚してしまう動き。高いヒールも全然怖くはなかった。
見た目も悪くない。魔術センスもある。書類仕事も出来る。その上、ダンスも上手いとはどういう事だ。私なんて好きじゃなければとっくに結婚出来ているだろうに。
(どうして)
この疑問が浮かぶのは何度目だろうか。先輩と仕事を始めてまだ一週間くらいなのに、もう数えきれない程そう思った。どうして彼は私の事が好きなのか。
今も自分を見る瞳は見覚えのある感情が浮かんでいた。数年前、まだ自分に自信があった頃に見ていたものと同じだ。
楽しい、楽しい、でも怖い。
音に合わせ、体は動く。くるくる先輩に身を任せた方が楽に踊れる。もっともっとと体が動く。
楽しい、楽しい、でも……
(どうして思い出すんだろう)
踊れば踊る程、学生時代を思い出す。まるで回帰しているようだと思った。くるりと回る度、足を一歩踏み出す度、その度にあの日々が蘇る。もう忘れるべきだと頭を振る代わりに足を動かした。
目の前にいるのは金髪の男だ。だがどうしてだろう、何処にでもいる茶色い髪が見える。桃色の瞳が濃紺に見える。違う、彼じゃない。彼ではない。過去の幻想を捨てるように私は更にくるりと回った。遠心力で飛んで行けと願って。
先輩の顔はもう見る事が出来なかった。
楽しく苦しい時間は余韻を残し終わった。やっと終わったとも、終わらないでいてとも思った時間。溢れる様々な感情を隠し、先輩から逸らしていた視線を戻す。「ん?」と微笑まれ、思わず笑ってしまった。
先輩は途中から私の様子がおかしくなった事に気付いたのだと思う。少しだけ躊躇して、私の手を握った。不思議と手を振り払う事が出来ず、大人しく繋がれたまま私と先輩はその場から捌ける。
次の曲が流れ、背後で楽しそうに踊る人達の気配を感じた。
手を引かれ辿り着いた場所は会場近くの庭園だった。それ程会場から離れていないからか、まばらに人影が見える。きっと会場の人混みに疲れた人が休んでいるのだろう。
先輩はその庭園にあるガーデンベンチまで連れて行くと、胸にあるハンカチを座面に広げた。
「座って、疲れたでしょう」
疲れた訳ではない。そうではなかったが、理由を言う事なんて出来なかった。言える訳もない。
あなたと踊っていて婚約者を思い出したなんてどうして言えようか。
ハンカチの上にすとんと座らせられ、何と言っていいのか分からない私はただ頷いた。隣に先輩が座る。俯く私に先輩が「ごめんね」と言った。どうして謝ったのか分からず、視線だけ上げる。先輩は靴を指差した。
「似合うだろうからってヒール高くしすぎちゃった。痛いよね、ごめん」
痛い、痛いのだろうか。足元を見れば確かに踵が少し赤い気がした。でも血は出ていない。
「痛い」
痛くはない。でもそのせいにしようと思った。「苦しい」とは言えないけど「痛い」とは言える。
先輩は少し待っててと言うと、椅子から立ち上がり何処かへと行ってしまった。急ぐ背中を目で追い、姿が見えなくなってから両手で顔を覆う。
その手の中で大きく息を吐いた。何度か繰り返すと多少心が落ち着いてくる。まだ大丈夫とは言えない。でもだいぶましになった。
「ふぅ~」
顔から手を離し、ひと際大きく息を吐く。
「そういえば」
落ち着けば思う。先輩は何処に行ったのだ?いくら人がまばらに居るとて夜の庭園に女一人を置いて何処か行くとは何事か。万一何かあったとしてもこちらは曲がりなりにも魔術師だ。そう簡単にやられない自信はあるけども、それでもどうなのだ?紳士としてあるまじき行為じゃないか?
ふん!と何かに備え、靴を脱ぐ。ぷらりと足が地面につかないように浮かした。
(何が結婚したいと思ってるよ、絶対無理だわ)
頭の中で先輩の頬をつねる。先輩の頬がリスのようにぷくっと腫れた姿がふと浮かび、「ふふ」と声を出して笑ってしまった。その時である。不意に名前を呼ばれた。
「キャロル・べインズ嬢」
堅苦しい声だが、突然声を掛けられた事で肩が跳ねる。左右を見回せば、暗闇から大きな影が現れた。
それは意外な事に竜人の騎士、マゼル・ホルツマンだった。
「少し話がしたい。良いだろうか」
一体私に何の話があるというのだ。汗が一気に噴き出した頭で私は頷いた。
読んで頂き、ありがとうございます。
面白かったら評価、いいねをお願い致します!




