29.職場恋愛
先輩と共に入場をすれば、やはり下位の貴族達も大勢来ていた。城で一番大きい広間なのでまだゆとりはあるが、これが通常使用されるホールであったらもう踊りどころではないだろう。
私は入場しながら兄がいないか探してみた。しかし、何処を見ても人ばかりな為見つけられず。
(まあ、いたらあっちから声掛けるかな)
なんせ数年帰っていないのだ。たまに来る手紙にも結婚の文字しかないので、帰る気も失せてしまった。それに今の姿を見られたら「その男は誰だ?結婚するのか?」と邪推されてしまうかもしれない。先輩が望んでいる外堀を埋める行為を何も自分から誘発しなくても良いだろう。
先輩と兄を合わせたら、絶対に先輩は兄を陥落させようとするに違いない。それだけは避けなければ。
私は慣れないヒールで歩く速度を速める。入場時が一番目立つ為、早く此処を抜けなければ。しかしそんな私の行動に気付いた先輩が「何かあった?」と歩きながら顔を近付けて来た。私はそっと距離を取り、首を横に振る。あなたと一緒にいるところを家族に見られたくないんですとは流石に言えない。
転ぶ事無く無事入場を果たし、取り合えずシャンパンを飲んでいると先輩が「あ、」と声を出した。
「僕ちょっと知り合いのところに行くけど、キャロルも来る?」
半分残ったシャンパン片手に聞かれ、私は顔を横に振る。
「あ、良いです。行きません。お一人でどうぞ」
婚約者でもないのに一緒にいったら、更に外堀を埋められてしまう。断固拒否だ。
「そんなに言わなくてもいいのに。わかった、じゃあ良い子で待っててね。変な人について行っちゃ駄目だよ?」
そんな事を言われる程子供でもない。私を何だと思っているのか。私はしっしっと先輩を手で追い払う。それを見た先輩は苦笑し、残っていたシャンパンをちょうど来た給仕のトレイに置いた。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
人混みの中に消える先輩を見送り、泡がしゅわしゅわと上がるシャンパンを一口。漸く息が吐ける心地となり、私は壁に寄り掛かった。
もう入場は公爵まで行ったのであとは王族とハルフォークからの要人のみだろう。
広いダンスエリアにはまだ人が大勢いる。勿論ダンスの為ではない、招待客が多いのでそこまで人が溢れているのだ。まあ、入場が終わり、王族と第二皇子の言葉が終わればそこから人ははけるだろうが。
「キャロル、キャロルよね?」
ホールの人を眺めていると、急に名を呼ばれた。しかし聞き覚えのある声だったのでグラスに口を付けながら声の方を見る。
「ココ、それにシャリオ」
ココはシャリオの腕にしっかりと腕を絡ませ、こちらへと歩いてきた。お互いの色が入った服を見るにどうやら二人は知らない間にそういう仲になっていたようだ。
「ねえ、どうしたのその恰好? それにエスコートしてたのファル先輩だったわよね? え、苦手って言ってたけどそういう感じ? 婚約したの?」
「婚約なんてしてない。弱味を握られたの。そういうココだってシャリオと婚約したの? べったりじゃない」
ココとシャリオは私の言葉に顔を見合わせると気恥ずかしそうに頬を染めた。何とも初心な反応は聞いたこちらも恥ずかしくなってしまう。一気にシャンパンを飲み干し、空のグラスをぶらりと揺らした。
「もうその表情だけで分かった。おめでとう」
「ありがとう!」
この二人がくっついたらカリンはどういう立ち位置になるんだろうか。いつも三人一緒にいたイメージが強いので何となく可哀想と思ってしまう。だがカリンも子供ではない。そこは上手くやるだろう。それに仕事をしていれば仲良し三人組など正直関係ない。仕事でそこを引き摺ったら引き摺ったで問題だ。
「そういえば最近キャロル忙しそうよね。ファル先輩と一緒に仕事してるんでしょ?」
「あ~、うん」
今の仕事内容は同じ部署の人間だとしても説明出来ない。曖昧に返事をすればシャリオも次いで聞いてくる。
「あの魔獣とかのやつはどうなったんだ? 大変そうだったけど」
今まさにそれで忙しいとは言えない。私は肩をすくめた。
「私は副長に報告して、それっきり。上が何かやってるのかもだけど、よくわかんないや」
「まあ、魔獣の事だもんな。詳細分かるまでこっちまでおりて来ないんだろうな」
何もないと良いけど、とシャリオが笑った。嘘を吐いたからか、その笑顔が何とも直視しづらい。もう空のグラスに思わず口つけてしまった。
入場時に流れていた音楽が止まり、ホールのざわめきが収まっていく。この流れに何だ?という人はおらず、皆一様に口を閉ざし、前方にある上座を見上げた。国王の言葉が始まるのだ。
「今宵は皆、参加ありがとう。今日はこの国にとって記念すべき日だ。かの国、ハルフォークより高貴な方がこの地を訪ねてくれた。紹介しよう、ハルフォーク国 第二皇子ヴォルフラム・ フォークルト殿である」
国王の紹介により隣にいた皇子が一歩前へと出る。国王よりも逞しい体躯に見とれている婦人達の多い事。ギラリと輝く瞳が弧を描いた瞬間、息を呑む声が会場に響いた。
「今回、急な訪問だったのにも関わらず、このような宴やパレードを催して貰い感謝しかない。今宵、皆にとっても良い夜となるよう願っている」
皇子の言葉が終わるとオーケストラが歓迎を表す音楽を奏で始めた。挨拶はまた国王へと戻り、舞踏会の開始である。
ダンスホールに居た人々ははけ、最初のダンスの準備が始まった。
もう始まるのか、いつ帰ろうかと考えていると急に肩を叩かれた。
「お待たせ」
横を見れば今宵のパートナーである先輩が微笑んでいた。
もう帰ってきたのかと若干思ったが、それは言わずにそっと少し離れる。先輩は空になった私のグラスを取ると手を上げ、給仕を呼んだ。
ココとシャリオはその先輩の行動ににやりと笑い、跳ねた声を出した。
「ファル先輩、こんばんは!」
「ああ、こんばんは。キャロルの相手してくれてありがとう」
先輩は呼んだ給仕のトレイに空のグラスを置き、新たなシャンパンを二つ手に取った。
「いいえ、いいえ~」
にやにやしているココの顔が気に食わない。私は流れるような動作で手渡されたシャンパンを素直に飲み、眉根を寄せる。
「何でそんなニヤニヤしてるの」
「いやあ、別にぃ~? 先輩、頑張ってくださいね! 応援してます!」
「ありがとう、今まさに頑張っているところだよ」
職場の人にこういうのをやられると猛烈に苛つくのは私だけだろうか。いや、きっと他にもいる筈だ。
私は貰ったばかりのシャンパンをぐいっと一気に飲み干した。
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