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02.帰還


「キャロル・ベインズ帰還しましたー」


 いつもより重く感じる扉を自分が通れる分だけ開け、体を捻じ込みながら事務所の床を踏む。空気のような声は自分にしか聞こえないかと思ったが、そういう事は無かったようで幾つもの視線が突き刺さった。


 倒れ込みそうな勢いを利用し、大股で自席へと向かう。その間も感じる視線とひそりと聞こえる声は敢えて無視をした。部屋の真ん中に近付く程にさざめきは大きくなったが、直接言われない言葉は環境音として処理をすれば問題ない。


 それに何て言っているのかは聞こえなくてもわかる。どうせ森から汚い格好のまま直行したから「汚い」とでも言っているのだろう。

 汚い事は誰よりも自分が一番分かっている。だが報告の方が先だろうと着の身着のまま帰ってきたのだ。何たって魔獣が出たのだ。良くない兆候に決まっている。

 なので外野の声を完全に聴覚をシャットアウトし、疲れた足をただ動かした。


 この部屋には三つの魔術師団が入っている。と言っても第一と第三はこの部屋以外にも何部屋か執務室を与えられているので実質第二の部屋である。まあ、そう思っているのは第二の人間だけなのだが。


 この国の魔術師団は三つの組織で構成されている。

 

 まず戦闘専門の第一魔術師団。魔力量が多く運動能力が高い者が多く配属されている花形と言うべき部署だ。現に魔術師団と言えばこの第一を思い浮かべる人が多い。それくらい目立つ部署である。

 

 次に第三魔術師団。これは魔術師憧れの研究、開発を専門とする部署だ。国の研究機関という事もあり、予算が豊富。報告書や企画書が上に受理されれば予算青天井で好きなだけ研究出来るとか。本当に素晴らしい部署である。

 ただ、第三に居る人は変人が多い。常にアレコレと考えているからか話していても内容がアッチコッチへ行きがちであるし、突然火柱を室内で上げたりもする。逆に室内を凍らせてみたりとかもある。

 見ている分には楽しいが、あまり関わりたくない人が多いのも事実だ。


 そして私が所属している第二魔術師団は調査、探索、保護が主な仕事だ。国に送られてくる魔術関係であろう嘆願書の対応などを行なっている。第二で調査を行い、解決に武力や知識が必要になれば第一や第三に助力を乞う。

 つまりは花も派手さも無い、地味な雑用部署である。

 

 私は疲れから座っている目で第二魔術師団の島を見る。どうやら今日は事務所に居る人間は少ないようだ。ポツリポツリとしか席が埋まっていない。

 自分の席を見れば五日前と変わらない机上にホッとし、私は背負っていた荷物をドンッと机に下ろした。

 するとシャラともジャラとも言えない小さな音が聞こえ、はて?と思い机を見る。


「きたな……」

 

 荷物の周りにザラザラとした砂粒が落ちていた。恐らく荷物に付いていた砂や埃だろう。置いただけとは思えぬ汚さだ。

 

 しかし、疲れ過ぎて片付ける気など更々起きない。隣の席だけでも片付けた方が良いと頭では思うが、如何せん疲れ過ぎて頭が回らない。何をどうすれ良いのか全く分からなくなっていた。

 しばし落ちた砂を見ながらボーっとしていたが、このままでは駄目だと椅子の背もたれに手を置いた。一旦座って考えようと思ったのだ。軽く椅子を引くとギィとパイプが鳴った。


 その時である。

 ゴンッと頭に何かが当たった。そんなに大きいものでは無い。しかし、密度はありそうな鈍器の衝撃にグラリと体が傾いた。長時間労働の疲労で不安定な体幹はぐにゃりと曲がり、その場に前から倒れる。咄嗟の反射能力は生きていたのか両手が前へ出た為、顔面を強打するという悲劇は免れたがそれでも痛いところは痛い。

 痛い、だが衝撃が強過ぎたのか悲鳴のひとつも出てこないかった。


 痛みさえも処理出来ない頭で床を眺める。ばさりと顔にかかった汚いローブと床の間から枯れ葉と小虫が這っているのが見えた。そして小さい木彫りのうさぎも。


「キャロル! ばっちい! 座るな! 動くな! 家帰れ!」


「やだ! 本当何処行ったらそうなるわけぇ!?」


「森だろ? あそこの何だっけか、感覚狂う森。だから一人で行くなって言ったのによー」

 

 成程、これを投げつけられたのかと私は意識的に遮断していた声を拾い始めた。見覚えのあるウサギは今まさにギャンギャンと喚いている同僚の机にあったもの。となると投げたのもその同僚だろう。


「ちょっとキャロル! 良いから動け! 家へ帰れ! きたないーー!!」


 ゆらりとローブの隙間から声の主達を見上げる。

 声がよく聞こえるので近くに居るのかと思いきや、そこそこ遠い場所に三人が固まっているのが見えた。

 しかも一番喧しい女はガタイのいい男の後ろから物を言っていたらしい。顔だけ出し、ギャイギャイとまだ何かを言っている。その横には呆れ顔の同期がいた。


 一番喧しい女、カリンは私と目が合うとびくりと肩を震わせた。カリンはこんだけ酷い口をきくが、実は後輩である。怯えるという事は先輩に対して酷い事を言っている自覚はあるのだろう。


(怯えるくらいだったら言わなきゃいいのに)

 

 此処でそのまま潰れて眠りたい気持ちを最後の理性で留め、よっこいせと床に尻をつけた。


「うるっさい」


 そう言いながら床に拳を振り下ろす。本当ならば「ドンッ」と拳を打ち付けるところだが、疲労困憊な体にそんな力は無い。ただ床に拳がタン……と落ちただけだった。

 そしてすぐに解けた拳にハアと口から溜息が漏れる。なんと決まらないと思ったのだ。そう思ったのは自分だけでは無かったようで目の前の三人も何か言いたげにこちらを見ている。

 

 三人は私の威嚇に一瞬は黙ったが、本当にそれは一瞬だけ。直ぐにぺらぺらと口を開きだす。


「いや、煩いとかじゃなく汚いの。事務所が汚れる。見て、隣のジョンの机。ただでさえキャロルが書類やら機材を侵入させているのに、今度は砂! 泥! あと何? 良く分からない茶色い塊! 人の机汚すな! 動くだけでゴミが落ちる体で来るな!」


「何で来た? 一旦身綺麗にしてから来ようとは思わなかったんか」


「思わないわけないよね? え、汚いも承知で来たんだが?」


「だったら!」


 頭の一部がプチリと鳴った。満身創痍な筈の体からふつふつと力が湧いてくる。この力は何処から湧いてくるのか、正解は怒りだ。怒りが原動力となりぶちかませと大声を上げる。だが、疲労も相まってそんな労力を使いたくないという自分が「冷静になれ」とストップをかけた。膨れ上がった怒りは喉の直ぐそこまで来ていたが、一旦唾と共に飲み込み、乱暴に頭を掻いた。


「うわ、なんか頭から落ちたよ」


「きったなーい! ばっちい!」


 頭を掻いていた手が止まる。頭から音がしたからだ、そう「ブチッ」と大きな音が。

 

「あーー!! もう! だから少し黙ってって! 急ぎで報告したい事があったから来たんでしょうが! 好きでこんな格好で職場に来るか!」


 汚いとローブを同僚目掛け投げ飛ばし、ついでとばかりに壊れた測定器も投げる。布は空気の抵抗が大きかったのか目的には届かなかった。悔しい。しかし小さくて硬い測定器は一人の腕には当たったようで鼓膜が破れそうな悲鳴の中「イテッ」という声が聞こえた。


「え、何投げたん? 魔素測定器? これも汚いなあ。しかも壊れてる?」


「そうよ! 壊れたの! 魔獣がいたからね!」


 投げやりに叫んだ言葉に悲鳴が止まる。


「魔獣……? 魔獣がいたの?」


「いたよ! いたの! だから部屋に寄らず来たの! もう副長に報告して帰る!」


 シン……となる部屋の中、私は素早く立ち上がると荷物から結界に包んだ押収物をむんずと掴んだ。見せつけるように胸の前に掲げ、そして鼻をフンっと鳴らし副長がいると思われる部屋へと向かう。私の名を呼ぶ声が聞こえてきたが、もう無視だ。もう知らん。




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