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26.謝罪は結構


 見下ろされる、四つの瞳孔に。赤い瞳はギラギラと激しく、金色の瞳は冷たく軽蔑の眼差しをしていた。

 はくりと息を出そうにも、呼吸さえもままならない。ひくっと喉が鳴った。

 

 まさか行方不明者がハルフォークの皇弟殿下だとは思わなかった。しかし知らなかったのは自分だけだったようで、私以外の二人は動揺していなかった。その事に疎外感を覚えたが、まあ最初から先輩の補佐として入ったのだ。そこそこの情報しか与えられないのだろう。少し傷ついたが、自分をそう宥めた。


「叔父上は放浪する癖がある。今回もそれだと思ったが、放浪期間の割に絵手紙が一枚しか届かなかった」


 皇子が一枚の紙をテーブルの上に出す。それは白い小花と若木の描かれた絵手紙。


「これがその手紙だ、何処か分かるか?」


「手に取っても?」


「いいとも」


 恐る恐る副長が手に取る。私と先輩はそれを覗き込んだ。

 白い花と若木は山の植物のようだった。それと共に描かれていたのは長閑な田舎風景。メインは手前の花木に違いない。だが、私は山から見下ろしたその風景に見覚えがあった。ぼやけているが特徴的な小屋、それにあの大木は……


「霊峰ムーランとべインズ領……」


 呟くように出た名前は懐かしの故郷だった。もう何年も帰っていない故郷。それがこの手紙には描かれていた。


「当たりだ」


 決して楽しそうではない低い声が部屋に響く。私は懐かしの故郷から視線を上げ、皇子を見た。その目は形は笑んでいるが、やはり笑っていない。副長の手から手紙を抜き取った先輩がまじまじとその絵を見る。この空気の悪さをあまり気にしていないのか、「ふ~ん」と詰まらなそうな声を出していた。


 騎士の眉間がピクリと動き、一層冷めた目を先輩に向けた。

 

「そう、霊峰ムーランの絵だ。つまり叔父上はこの国にいたという事になる。基本叔父上は一回の放浪期間には一つの国にしか留まらない。だからこの国にいないか? と問い合わせたんだ。しかしな、返事はどのくらいで返ってきた? 一週間だったか?」


「6日です」


 波のない単調な声に皇子は騎士を振り返り笑った。


「ははは、そうだった。一週間も無かったな。こちらが少し調べるだけで叔父上がべインズ領だったか? そこに居たって民が証言してたのにな」


 やはり最初の対応を良く思っていないのだ。それが分かる会話に体が固まる。沢山の針の中に全身落とされた気分だ。実際は突き立てられていないのに肌がピリピリ痛い。最近こういう事が多い気がする。寿命がどんどん縮まっているようだ。


 ごくりと喉が鳴る音が聞こえた。それは副長の喉が鳴らしたらしい。目は向けられないが、部屋の居心地の悪さに体が揺れてしまっているようだ。僅かな振動を感じた。


 今まさに謝罪をしようとしている副長の口が開いた。


「このた」


「謝罪は結構」


 勢いよく下げた頭は鋭い声に止められた。長い腕が伸び、鋭い爪が伸びる指が副長の顎を掴む。グイッと強制的に顔が上げられた。驚き、見開かれた副長の瞳は赤で占拠されている事だろう。皇子は圧倒的強者の笑みを浮かべ、大きな口を開いた。


「この国では何が起きている? ただそれを教えて欲しい。貴国で起きている(おぞ)ましい事件の詳細を」


 真正面から威圧を受けた副長は顎から手を離されても、体勢を戻せずにいた。時間が副長を取り残したかのように動かない。

 正しい(とき)にいる私は動かない副長が心配だったが、彼らの要求を呑むという仕事がある。持っていた資料を先輩に目配せをし配布した。


「では説明は僕からしよう」


 そうして始まった説明。先輩は書類には目を通さず、しかし書かれている順番で説明をしていく。瘴気を放つ逆鱗、そのせいで魔素量が上がる閉鎖された現場。魔人信仰、バルドー教、それが過去に起こした事件。事細かに説明をし、間に彼らの反応を見る。あがる質問に答えるのは先輩と、時が戻った副長だ。二人補完しながら説明をしている。

 こういう仕事をしている先輩を見るのは初めてだが、しっかり要点を押さえているので聞きやすい。資料をただ読むだけではないので、間を取るのが上手だ。耳が拒否をせず頭で理解出来た。と言っても自分はこの内容を全て知っているのだが。


 彼らが一番に反応したのはやはり逆鱗の事だ。その説明になるとあからさまに不快感を表していた。質問の量も多かった。しかし、これに関してはまだ解明出来ていない部分が多い。まだどうやって瘴気を発生させるようにするのかも分かっていない。


「その逆鱗は持ってきているか?」


 皇子は厳しい顔を拭うような動きをした。

 逆鱗は当然持ってきている。副長が容器に入れられたそれを取り出した。もうそれは瘴気を発生させていない。ただの綺麗なものとなっている。


 テーブルに並べられた逆鱗は銀色と空色をしていた。瘴気に包まれていた時は色など判別出来ない程黒に覆われていたが、こんな綺麗な色だったとは。

 皇子は二つとも手に取ると一つを騎士に渡した。大きな手にきらりと輝く逆鱗、痛ましい表情をした二人はその人物を知っているのだろうか。それとも持ち主の成れの果てに悲しんでいるのか。どちらにしてもこの事件は竜人にとって惨いものなのだろう。それは私達人間も同じだが。


「恐らくだが」


 皇子は手のひらに逆鱗を握ったまま、静かに声を出した。


「これは番が関連しているのだと思う」


「番?」


 先輩がぴくりと反応をする。段々とその顔が険しくなっていく。


「どういう事?」


「一般的には知られていないが、番に絶望すると逆鱗は濁る」


「濁る?」


 皇子は大きく息を吸ってから頷いた。


「良くない物になる、と言われている」


 まさにこれじゃないか。喉の奥からひっくり返った声が出た。




読んで頂き、ありがとうございます。

ストック無くなったので、次話は22時頃更新致します。

よろしくお願い致します。

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