24.肩を殴る
ドレスの試着を終え、部屋を出れば先輩は少し驚いた顔をしていた。やはり自分が贈ったドレス姿を見たかったのだろう。てろてろのワンピース姿の私を上から下までなぞる様に見ると首をコテンと傾げた。
「何故?」
それに答えたのは腕時計のような針山を装着していたマキサさんだ。
「今から盛られても困るからね! あとでじっくり見せて貰いなよ」
「さっ! さかっさか!」
私に説明していた内容と違う。驚きすぎてひっくり返った声が出てしまった。
盛るとは何だ、同僚の前であまりそう言う発言はしないでほしい。相手が先輩という事もあるのかもしれないが、実に気まずい。
慌てながら先輩を見れば、ポカンと口を開けていた。見開いた目に私が映る。何を考えているか分からない桃色の瞳が少し怖い。顔が火照る感じがし、私は首を大きく左右に振った。
「盛るとかじゃないんです! そんな事心配してなくて! そもそも先輩は盛りませんもんね! さっき私の下着姿見ても全然平気そうでしたし!」
「おや、もうそういう関係かい?」
ほほほ、とマキサさんがドレスを直しながら茶化す。
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。言わなくても良い事が口から出てきて顔は更に熱くなる。
「ああ違う! そういうんじゃなくて! ほら! あの! ええと、あ、あと! あとで見てください! ほら、今はお直しがあるから!」
激しく手を動かし、最後にマキサさんを指差す。先輩の視線はそれでも私から外れず、返事もない。目と口をポカンと開いたまま変化も無い。何か、何でも良いから反応してほしい。せめて瞬きをして。
背後から楽しそうなマキサさんの笑い声が聞こえてくる。少しくぐもっているのは待ち針を口に咥えているからだろうか。
「せ、せんぱい」
泣きそうな声で呼べば、先輩はパチリと瞬きをした。それだけで安堵し、次の反応を見る。
「キャロル」
「はい」
「ドレスのスリット深めかなと思ったけど、今日あの姿を見てやっぱり深めで良かったと再確認出来たよ。素敵な足を見せてくれてありがとうね」
なんて優しい、慈愛に満ちた笑み。しかし発せられた言葉は酷すぎる。
私はスンと冷めきった顔で、先輩の肩をグーで殴った。
猫のひげ亭から寮へ戻った私は休憩する暇もなく、制服に着替えた。勿論、この制服は床に落ちていたものではない。予備としてクローゼットに入っていた分である。
本当だったらもう少し寝ていられたのに、とベッドを名残惜しそうに見た後、私は再び朝いた職場へと舞い戻った。
与えられていた部屋に入ると朝出た時と同じ状態のままだった。もしかしたら何かがあり、片付けられているかもと期待していた為、汚い部屋を見てがっくり肩が落ちた。見られては困る資料ばかりなので、誰も部屋に入る事はないと分かっていた筈なのに私は何を期待していたのか。溜息を漏らしながら後ろ手で扉を閉めた。
「先輩、少し片付けませんか?」
先に来ていた先輩は定位置で足を組み、ただ座っていた。私の提案に長い睫毛をパチパチと瞬かせると突然自分の肩に触れる。その場所は先程どついた場所だった。
「良いよ、片付けよう」
「やっぱり先輩は動かないでください」
暗に肩が痛いと主張されれば頼みづらい。たとえそれが冗談だとしても、だ。
私は余っている机を何台か壁際に移動し、資料を分類していく。返すものとまだ使いそうなものを大雑把に分けていると先輩が後ろでちょこまかと動き始めた。とても邪魔だが、殴った手前指摘しづらい。
苛々が募り始めたところ、副長がやってきた。
「わあ、配置換えしたんだ。少し綺麗になってるね」
覇気のない声に、真っ黒なクマ。ふらりと歩く姿にギョッとする。見る度に萎びていくのは何故なのか。いや、何故も何も忙殺されているからだろうけども、これを見ても上は何も言わないのだろうか。だとしたら酷すぎる。
「ヘクター、数時間前よりも窶れてない?」
「そうかな、そんな事ないと思うけど」
ドン引き顔の先輩は「そんな事あるよ」と副長に一番良い椅子を勧める。
それにしてもうちの魔術師団の団長は何をしているのか。入ってから姿を一度しか見た事がない。
たまに副長は団長と話しているようなのだが、下々の人との関わりは皆無だ。
何たって、此処の団長はこの国の第二王子。魔術師団の仕事よりもやる事がたくさんあるに違いない。そうでないと仕事を抱えている副長が可哀想だ。
(管理出来ないんだったら手放せばいいのに)
第二魔術師団の団長なんて役職、王子に必要ないだろうに。
副長はカサカサな手で時間をかけて書類をめくり、それを私と先輩に渡した。内容は私達がまとめた内容なので確認するまでもない。それでも形だけ紙をめくり、中身を確認するふりをする。ちらりと先輩を見れば先輩はそれさえもしていなかった。
「えぇと、じゃあハルフォークの調査団への説明なんだけどね」
今から約30分後、彼らと対面をする。その前の軽い打ち合わせ時間が今だ。
私達に与えられた彼らへの説明時間は一時間、その中で彼らが納得する説明をしなければならない。子供騙しのような曖昧なものではなく、根拠ある資料で。質問の回答もなるべく後回しにせず、その場で回答出来るように。
なにぶん最初の対応を間違えたせいで私達への印象は良くない。
果たして第二皇子の知人というファルの力が何処まで通用するのか。
「説明はファルと僕がする。キャロルは顔見せみたいなものだから、言い方は悪いけどただ座ってて」
「わかりました」
ただ座っているだけで良いなら大変ありがたい。どんと来いだ。
――ピピピピピ
突然、部屋に小鳥の鳴き声ような音が響いた。思わず肩がびくりと跳ねる。その音はどうやらアラーム音だったようで、副長が自身の腕時計を疲れた顔で覗いていた。
壁に掛けられている時計を確認すれば時間は15時45分。
私は重い体をよっこいせと立ち上がらせ、先に部屋を出るであろう二人を見る。副長の体は私と同じように重そうだ。しかし先輩は違う。徹夜明けを感じさせない颯爽とした動きで扉へ近付いていた。
どうしてそんなに元気なのか。少しくらい足をもつれさせても良いと思うのに。
「どうぞ」
先輩は体で扉を押さえながら、執事のように手を優雅に流した。
「どうも」
私はぺこりと軽く頭を下げ、扉をくぐる。音もなく閉められた扉、コツンと聞こえる足音の主から逃れる為に歩く速度をわざと緩めた。追い抜いてくれ、そう願いながら。
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