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23.ドレス


 自分に対して手を振られているなんて、これこそ自意識過剰だ。穴があったら入りたい気分とはこの事。でもあの距離でこっちを向いてたら、勘違いしてしまうのも仕方なくないか?


 恥ずかしいやら悔しいやら悲しいやら。その感情を隠す為に大通りのパレードに視線を戻す。てろてろなワンピースの布地をぎゅっと握り締めた。


 第二皇子が視界から消えればもうパレードは終盤だ。赤い刺激が無くなり、若干飽きた私はまだ大通りを行く竜人達ではなく、街中の人々に意識を向け始めた。すぐ下の道からは先程までは無かった人の話し声が聞こえてくる。きっと私と同じように飽きた人々だろう。しかし飽きはしても興奮冷めやらぬという感じだ。彼らの口からは「皇族ってあんなにオーラがあるんだな」や「竜人てデカい」などおおよそ自分も思った感想が飛び交っていた。


「ちょっと下行ってくるね」


「わかりました」


 先輩も飽きたのだろう。そう言いながら立ち上がると部屋を出ていく。カチャという玄関扉の開閉音とタンタンタンという階段を下りる音が聞こえた。


 一体何しにいったのか。全く気にならないと言えば嘘になるが、マイペースな性格である先輩の行動を気にしていたってしょうがない。犯罪行為をしていなければどうでも良い。


 柵に腕を置き、顔を乗せる。ぷらりと落ちる指を気紛れに動かし、私はまばらに人が増えた前の道をただ見下ろしていた。

 そうしているとすぐにタンタンタンと足音が聞こえてきた。先輩が帰ってきたのだろうと思ったが、よく聞くと足音が不規則である。複数人の足音だと気付き、私は柵から体を離した。


「よし! ドレスの試着をするよ!」

 

 勢いよく姿を現したのは女将だった。バーンッと玄関扉を開ける音も騒がしく、驚いていたところのこの出現に心臓が口から飛び出そうになる。いや、少し出たかもしれない。満面の笑みで大声をあげた女将の後ろには先輩がいた。こちらも満面の笑みとまでいかないが、それに近い顔でこちらを見ている。そんな先輩の腕には大きな箱が抱えられていた。


「ドレス……!? そういえばそんな事言われたような」


 そうだ、パレードの興奮で忘れていたがドレスの事も言われていた。という事は先輩が持っている箱にドレスが入っているという事か?

 私はご機嫌な女将と先輩を見開いた目で交互に見る。二人は私の驚きなど何のその、部屋へ入ってきた勢いのまま私の体を別室へと誘った。「え、えええ」と戸惑いから出る声は黙殺される。足がもつれそうになるのだって気にして貰えない。


「じゃ、マキサよろしくね」


 あっという間に連れていかれた部屋の入り口で先輩が手を振った。そしてパタンと扉が閉められる。

 部屋には私と女将、マキサさん二人のみ。いつの間にやら箱を託されていたマキサさんは動きは豪快だが、繊細に箱を開封していた。

 そして私は箱のロゴがかの有名なデザイナーの店舗のものだと気付き、頭が真っ白になる。


(もう全て売り切れて休業してるって……!)


 どうやって先輩がこれを入手したのか。テリオン伯爵家なんて王都に出てくるまで知らない名前だったので勝手に弱小だと思っていたが、そこそこ有名貴族なのか?でないとあそこのドレスショップで購入なんて出来るわけない。噂によると侯爵令嬢も買えなかったとか。そんな侯爵令嬢も買えない店でどうやって……


 あれこれ考えている間にドレスがトルソーにおさめられた。


「こ、これを着るの?」


 ドレスはマーメイドラインのドレスだった。まあ、それは良い。ふわりと広がるドレスは年齢的に厳しいと思うから。いや、だとしてもこのスリットよ。太腿まで入っておる。

 デザインとしてはとても素敵だ。黒から下にいくにつれ水色に変わるのも良い。金糸で刺繍が施されているのもとても素敵だ。胸元もセクシーなスリットと比例してガバッと空いているが露出している部位は黒いチュール地で覆われているのでそこまで下品に見えない、と思う。


 素敵だ。とても綺麗なドレスだとは思う。しかしこれを私が着るのか?こんな疲れ果てている私が?少し前まで森にいた私が?


 コトンとトルソーの下に置かれた靴。


「たっか」


 ヒール高すぎ。こんなヒール10代の頃だって履いたことがない。

 これを私が履くのか?無理だ。誰だこんなドレスを買ったのは。ああ、先輩か。


 青褪める私を余所にマキサさんがコルセットを取り出した。


「さて合わせていくわよ!」


 もう既に腕まくりも済んでいる。まるで料理の始まりのようだ。それならば私はマキサさんにとって食材という事だろう。

 ごくりと喉が鳴った。


 そこからはもうマキサさんの独壇場だ。私の意思などあってないようなもの。あれよあれよという間に剥かれていく。部屋着のようなワンピースなんて上からスポンだ。


 あまりに手慣れているマキサさんに話を聞いてみると、なんとマキサさんは若い頃貴族の家で働いていたらしい。それでドレスの着付けは慣れているのだとか。ドレスの手伝いをするという事は元は貴族だったのではないかと思ったが、こういう話は深く聞かないに限る。自分で振っておきながら短い相槌打った。


 コルセットで絞められ、自分の体のラインが強制的に綺麗になる。その体を覆うのは金糸が散りばめられた黒系統のドレス。髪も化粧もドレス用にはしていないので浮いて見えるが、ドレスだけ見ればやはり綺麗だ。

 気になるスリットを見る為に、少し足を斜めに伸ばす。やはり思った通り、大胆なスリットだ。小股で歩けば誤魔化せるだろうか。


(でも舞踏会。パートナーがいるなら踊らないとか)


 踊れば当然スリットは目立つだろう。


「綺麗! やっぱりファルはセンスがあるね! サイズはどれ、う〜ん、少しお尻を詰めるかね。胸は問題なし!」


 胸は上げて寄せられるが、お尻の貧弱さは誤魔化せない。マキサさんは全身くまなく見た後、今度は着せたドレスを手早く脱がしていった。

 

「あ、せんぱ、ファルさんには見せなくても良いんですか?」


 買って貰ったのに見せないなんて大丈夫だろうかと聞けば、マキサさんは豪快に笑った。


「きっちり顔も髪も綺麗にして貰ってからまた着るんだろう? じゃあ後でもいいんじゃないか? 楽しみは延長だよ!」


 そういうものなのだろうか。扉の外が何処となくそわそわしている気がするのだが。しかし、着せてくれる人がそう言うのであればもう良いや。


 脱がされていくドレスを見ながら、私はふと自分の持っているドレスの事を思い出した。それはもう着ることのない元婚約者の色をしたドレス。それも大体こんな色だった。

 そういえば彼も今回の舞踏会に来るのだろうか。


(来ないわけないか)


 最後に会った彼の姿を思い出し、キュッと喉が詰まった。




読んで頂き、ありがとうございます。

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