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22.竜人


 始まりを告げたトランペットの音に続き、華やかで美しい音色が次々と踊り出す。様々な楽器のハーモニーが伸びやかに響き、空気を震わせていく。


 パレードなど興味は無かったが、体の芯を揺らす音は胸は高鳴らせるだけの何かがあった。沸き上がる高揚感に思わず柵を乗り出す。もう店の前の道に人はいなかったが、遠くを見ていた私が気付くわけない。

 私の目は遠くの大通りを、そして耳は地響きのような人々の歓声を聞いていた。黄色い悲鳴に、野太い声、共通しているのはその声がいずれも興奮している事。楽器の音をかき消す程の歓声に胸が躍りだす。


 スタート地点は見えなかったが、段々と先頭が見え始めた。先頭はこの国の騎士、その後ろに竜人の騎士らしき人物達が並んだ。


「大きい」


 先頭の騎士と比べるとその差は歴然である。それはそうだ、竜人の平均身長は2mを超える。遠目でも分かるがっしりとした体格、それも相まってこの国の騎士が子供のように小さく見えた。きっと彼らも180cmくらいの身長に違いない。しかし竜人らはそれを優に越えた身長なのだろう。それこそ180cmが小さく見える程の。だからこちらの国の騎士が小さく見える。


(第二皇子の護衛だから余計がっちりしているのかも)


 竜人の騎士を目で追っていると見える範囲の端から馬が見えてきた。それと共に大きな歓声が段々と近付いてくる事に気付く。要人、第二皇子はあの馬が引く馬車に乗っているのかもしれない。


 当初全然楽しみでは無かった筈なのに、早く皇子の姿が見たいと気が急ぐ。一定の速度で歩く馬を瞬きもせず見ていると有料エリアの観客が立ち上がった。


「見えた……!!」


 思わず出た大きな声に寝ていた猫がピョンと飛び起きる。

 申し訳ない気持ちで逃げる猫を目で追っていたが、私の意識はすぐに赤髪の男へと移った。ハルフォークの第二皇子の姿が見えたのだ。


 遠目からでも目に痛いくらい目立つ赤髪、それと同じくらい派手な服は主に三色で仕立てられていた。朱色の羽織ものには金と黒の刺繍だろうか?もしかしたらあらかじめ一緒に織られているのかもしれない。遠いので何の柄かは不明だが、とにかく絢爛豪華という言葉がしっくりくるド派手な服を着ていた。

 赤く、大きな男が揚々と屋根なしの馬車から手を振っている。圧倒的な存在感に体が震えるのが分かった。しかしそれは恐怖からではない。どちらかというと歓喜の方が近い気がする。こんな人が存在したのかと心が喜んでいるような、そんな感情だ。


 溢れる感動を伝えようと私は柵から大きく体を乗り出し、手を振った。落ちそうになったが、そんな事も気にせず手を振り続ける。


「そんなに乗り出さない。落ちるよ」


 呆れ声が聞こえたが無視をした。乗り出さなくても見えるが、乗り出した方が断然見えるのだ。

 反応が無い事に溜息を吐いた先輩は私の胴に紐状の光を巻き付けた。先輩の指先から出ているそれはよく犯罪者を確保する時に使う拘束魔術だ。細い紐が内臓に食い込み、ウっと声が詰まる。そのせいで興奮が少し収まった。


「危ない」


 いつもとは違う感じに細められた桃色の瞳は何処か冷え冷えとして見えた。そのせいか体は素直に安全圏へと戻る。すとんと最初の場所に腰を下ろし、先輩の様子を窺う。先輩はそれで良いとばかりに深く頷いた。


 一度興奮が収まれば、再度気持ちが盛り上がる事はない。外から聞こえる歓声を冷めた気持ちで聞きながら第二皇子を眺めた。


「そういえば先輩は第二皇子と面識があるんですよね?」


 だから今回大変な役目を負わされてしまった。


「そうだね。留学中に少し交流があったんだ」


「凄い」


 どうやったら留学しただけで皇族と顔見知りになれるのか。留学したら誰でも顔見知りになれる訳でもなかろうに。


 先輩もパレードの列へと視線を向ける。すると、くすりと笑い、第二皇子を指差した。


「知ってる? 彼はああ見えて230歳を超えているんだよ」


「え、そうなんですか? 知らなかった」


 ここから見える第二皇子は自分とそう年が変わらなく見える。しかし先輩曰く230歳を超えていると。確かに竜人は成長がゆっくりな長命種だからおかしな話ではない。

 ちなみに一般常識としての知識だが、第二皇子は火竜らしい。だから髪も瞳も真っ赤なのだとか。


 堂々と手を振る皇子の羽織の袖がゆらりと揺れる。腰ほどまである真っすぐ滑らかそうな髪も顔の向きを変える度に揺れていた。慣れた様子で前後左右に手を振る姿は優雅さが滲み出ている。後光が差しているとも言うが。


「あんな凄い人達と仕事なんて出来ますかね?」


 この距離でさえ圧倒されるのだ。目が潰れて失神してしまったらどうしよう。

 不安を口にすれば短い笑い声が聞こえた。


「そんな事になったら介抱してあげるよ」


 にっこりと微笑まれ、思わず固まる。そうだ、こういう人だった。介抱される自分を想像し、絶対倒れないようにしようと私は心に決めた。


 視線を大通りに戻せば、相変わらず神々しい皇子が手を振っている。私は耐性をつけようと彼を凝視した。絶対に倒れるものかと瞬きも少なく見ていると皇子の手が一瞬止まる。何故かこちらを見ているような気がしてならず、胸が大きく脈打った。


(どうしよう、絶対こっち見てる……なんで? うわあ……!)


 止まっていた皇子の手が再び動き出した。勿論、顔はこちらに向けたままだ。

 身を乗り出していた時の勢いは何処へやら、私もそれに答えるよう手を上げる。


 しかし、その瞬間気が付いた。

 横に居る男がゆらりと手を振っている事に。何てことはない、皇子は顔見知りを見つけ、手を振っていただけ。私ではなく私の隣にいた男に。


「なんだ~」


 脱力し、上げた手を下ろせば、丸くなった桃色の瞳が不思議そうに私を見てきた。

 やめろ、見るんじゃない。




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