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21.街の様子


 大人しく付いて行っているからか、いつの間にやら手は離れていた。もしかしたら暑くて汗ばんだので不快感から離したのかもしれない。

 先輩の後を追いながら街の様子を見る。いつの間にこんな用意をしたのか、街灯には歓迎を表す文字と花やバルーンが飾られていた。街にある店舗もそれぞれ自主的に店先を飾っているようだ。個性様々テーマが店によってバラバラ。だが、歓迎感が何処の店舗も溢れていた。きっと彼らも一目見たらそれが分かるだろう。

 

 大通り沿いの観覧スペースは既に人がいっぱいだった。大通りのパレード区間は既に規制され、赤い絨毯が何故か敷かれている。正直悪趣味だと思ったが、上の考えそうな事である。少しだけ笑えた。

 規制が多い為か、通れる道は人が多い。子供連れははぐれないよう漏れなく手を繋いでいる。心なしかすれ違う人々は皆浮足立っているように思えた。

 それはそうか、100年に一度あるかないかの事なのだから。


 それにしても何処へ行くのだろう。もうドレスショップは通り過ぎ、この先は酒場や宿場が多くある道だ。立ち止まる人を上手に避けながら、辿り着いた先はいつぞやの「猫のひげ亭」だった。


「ああ、いらっしゃい。来たね、待ってたよ」


 にっこりと顔全体で歓迎してくれたのは店主であろう女性。いや、もしかしたら店主は今厨房から顔を出した眉毛が白いおじさんかもしれない。ひょっこり半分だけ顔を出しているおじさんと目が合い、少しだけ驚く。おじさんも驚いたのか、目を丸くした後ぺこりと頭を下げた。それにつられ、私も同じく頭を下げる。


 昼時を過ぎていた為か、店内に客はいなかった。それどころかテーブルの上に椅子が逆さまに置いてあり、見るからに休業中である。

 待っていた、という事は先輩が前もって店に連絡をしていたという事だろう。しかしもう店内には料理の匂いはない。明らかにランチの時間が終わっている様子に疑問符が浮かぶ。


「待って、今案内するからね」


 そう言って何者にも壁を感じさせない笑みを浮かべた店主、いや女将にしよう。女将はさっさと素早い動きで階段を上っていく。


「ありがとう。ごめんね、無茶なお願いして」


 その後ろを先輩が追っていった。無茶なお願いとは何だ?と思いはしたが、速足の二人に置いて行かれては敵わない。おじさんの視線に気を取られ、数歩出遅れた私は急いでその後を追った。

 目的は二階かと思ったが部屋に入る事無く通り過ぎ、階段の中腹にある三階への扉の鍵を女将が開けた。先輩も三階は初めてだったのか、「こういう風になっているんだね」と独り言のようにぼやく。


「本当は階段のこんなところに扉何て造ってなかったんだけどね。酔っ払いがトイレと間違えて自宅スペースの扉をガチャガチャするんだよ。うちには猫がいるだろう? その猫がガチャガチャ音に驚いて粗相するもんだから自宅の玄関扉の前にもう一枚扉を設置したのさ」


「そうなんだ。酔っ払いは加減をしらないからそりゃ怖かっただろうね」


 そして案内されたのは三階にある店主の自宅スペース。女将は抵抗が無いのか、あっさり扉を開け私達を中へと誘った。

 ほぼ初対面の人の自宅は緊張する。しかも事前告知なしだったから余計だ。私の戸惑いをよそに先輩はあっさりと部屋へと入った。此処で止まっていては女将にも迷惑だろう。戸惑いは消えないが、迷惑になるくらいであれば、と先輩に続く。


 扉を押さえていた女将は私達が入室するとチャカチャカと私達を追い越した。就職してからは他人の家に行く事が少なかった為、落ち着かない。あまり部屋をじろじろ見るのも失礼かと思うが、にぎやかな物が多い部屋は意識していなくても色んなものが目に入ってきた。


「此処からなら大通りが良く見えるよ」


 女将が開いた窓から生ぬるい風が頬を撫でる。その風に誘われるように窓に近付けば、障害物が何もないスッキリとした景色が見えた。


「ありがとう、本当に良く見えそうだ」

 

「特等席だよ。多分うち程良く見える場所は無いだろうね」


 胸を張って言う女将の言う通り、これ程見やすい場所はないだろう。距離は多少あるかもしれない。でもこのくらいの見え方の方が様々な人を見られるので良いと思う。


「ありがとうございます」


 私は此処に来て初めて声を発した。女将はずっと親しみやすい笑みを浮かべていたが、一層嬉しそうに目を線のように細めた。まあるい頬が優し気である。


「いいんだよ! ゆっくりしなね! また後で来るからさ!」


 バンッと背中を叩かれた。痛くはないが衝撃が凄い。一歩だけよろけてしまった。豪快な笑い声と共に女将が去っていく。先輩と二人だけになった室内に生ぬるい風が抜けた。

 窓辺に腰掛け、既に外を見ている先輩はトントンと自分の横を叩いた。私は指示されるがままそこに腰を下ろす。広い窓なのでこんなに近くなくても良いのだが、窓辺には先客がいた。黒と白のハチワレ猫である。先程のビビりなお漏らしにゃんこだろう。ぷすーぷすーと大きなお腹を上下させ、気持ち良さそうに寝ている。猫も熟睡をするのだろうか、部屋に入った時から一度も起きていない。


 猫に触れたい気もしたが、触った結果怯えさせたら可哀想だ。自分の欲望をぐっと我慢し、私は視線をふくよかな猫から窓の外へと移動させた。


「準備期間が少なかったからどうなる事やらと思ったけど、表面上は問題なさそうだね」

 

「確かに」


 先輩は転落防止の柵に肘を置き、ゆったりとした格好で街を見渡していた。広角で見る街は何年も過ごしている街とは思えぬ程華やかである。歩いている時も綺麗だったが、こうして俯瞰で見るとより一層綺麗だ。色とりどり様々もので溢れている。まるで花畑のようだ。


 大通りの観覧エリアは先程よりも人が増えていそうだ。隙間など無いように見える。噂によると一部は有料エリアなんだとか。何処がそうなのだろうと見ていれば、一段高く、人がそこまでぎっしり詰まっていないエリアを見つけた。きっとあそこが有料エリアなのだろう。遠目から見ても着飾った人達が座っていた。


「騎士がたくさんいる」


 王都は普段も騎士がそれなりに警備しているが、今日はそれとは比にならない程多くの騎士が街中にいた。

 見える範囲で1人2人と数えていたが、20人を超したところで数えるのをやめた。


 制服の色を見るに普段は辺境を守っている第四騎士団もいる。平時には集まらない第一から第四までの騎士団が勢ぞろいなのは圧巻だが、元々の彼らの警備区域は大丈夫なのだろうか。


「色んなとこ手薄になっていないんですかね?」


 道を歩いている子供に手を振っていた先輩は、その手を止めずに私の問いに答えた。


「一応最低限の人数は残っているみたいだよ。正規の制服を着ているけど、見習い君も多くいるみたい。ほら、あの子とか幼いでしょう?」


 先輩が指差す方を見れば確かに上背はあるが、何処か幼さの残る騎士が見回りをしていた。とても強張った顔をしている。きっと緊張しているのだろう。


「それって大丈夫なんですか?」


「大丈夫か大丈夫じゃないかはこれが終わった後にわかるんじゃない?」


「まあ、確かに」


 でもそれを言われたら計画なんていらないも同然じゃないか。釈然としない答えに口をつぐむ。

 じろりと先輩を睨んだその時、パレードの開始を告げる軽やかな管楽器の音が抜けるような青空に響いた。




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