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20.長い一日


 部屋に帰った私は取り敢えずシャワーも浴びず寝た。本当なら10時間でも24時間でも寝たかったところだが、ハルフォークの対応がある為、寝れて2時間である。

 それでもベッドで寝るのだから疲れは少し取れるに違いない。

 ベッドまでの道に服を脱ぎ落とし、キャミソールと下着だけになった体でベッドに倒れ込む。

 安心する心地良さに一瞬で瞼が落ちていった。





――――ドンドンドンッ


(なんかうるさいな)


 激しく何かが叩かれる音に落ちていた意識がじわりじわりと浮上する。体はまだ重く、思考も鈍い。

 うるさいとは思うが、無視しようと思えば出来る眠りのポテンシャルはある。

 枕の下に頭を入れ、防音に徹しているとドンドンという音と共に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「キャロル! 遅刻するよ! 早く起きて!」


 なんだ先輩か、と思った。しかし、ここで違和感を覚える。

 此処は男子禁制の女子寮だ。何故此処に男が入れるのか?と。


 一瞬にしてヒヤッとした私はバッとベッドの上に座り込む。掛けていた物は勢いよく剥いだせいか床に落ちた。


「え、え、なんで先輩が?」


 寮長は止めなかったのだろうか。

 普段、寮内には聞こえない男の声に動揺が隠せない。先輩はこの侵入がバレたら最低一週間の停職処分となるのを知らないのだろうか。


 今、先輩に停職されて困るのは確実に私である。どうにかせねばと(もつ)れる足で玄関へと向かい、勢いよく扉を開いた。


「先輩! 停職処分になりたいんですか!?」


 キョトンとする金髪の男の腕を引っ張り、部屋へと引き摺り込む。抵抗せずに大人しく、部屋へ入った先輩は目を丸くしたまま私を見ていた。


「女子寮は男子禁制だって知ってますよね? 居るのがバレたら停職処分になるっていうのも! 何で此処に来たんですか? 私を呼ぶならココとかカリンに頼むとか色々あるでしょう?」


「うん」


「いや、何ですか、うんって。もっと危機感持ってくださいよ。今先輩がいなくなったら大変なんですから」


「危機感はキャロルが持った方が良いと思うけど」


「ハア?」


 先輩が私を指差す。頭に血が上ったまま、先輩の指の先、つまり自身の体を見た。

 てらてらの薄布に太腿から丸出しの足、視線を横にずらせば布など何もつけていない肩が見える。

 瞬時に蘇ったのはベッドに倒れる前の記憶。シャワーを浴びるのも億劫だと、玄関から服を一枚一枚脱ぎ散らかした。その証拠に点々とローブと制服が床に無造作に落ちている。


「ッ!!!」


 キャミソールと下着だ。キャミソールと下着しか着ていない。

 驚き過ぎて、声が出ない。血が上っていた頭から血が引いていく。羞恥心に殺されそうだ。


 咄嗟に両手で胸を隠したが、隠すところはそこだけではない。全身だ、全身を隠さないと。何か無いかと床を見ればシーツが落ちていた。飛び起きた時に落ちたものだろう。これ幸いとじわりじわりと背中を見せず後退し、それを体に巻き付ける。


「し、失礼しました」


 胸元に寄せたシーツをキュッと縛りながら、なるべく凪いだ声を出そうとした。顔も焦りを見せないようしたがどうだろう、最初の一音が跳ねてしまったから全て台無しになってしまった気がする。


 胸が激しく脈を打ち続けている。先輩の反応が怖くて見られない。

 なんと言われるのか、どんな反応をされるのかと恐ろしかったが、意外な事に先輩は平時と変わらぬ顔で玄関へと向かっていった。


「寮の外で待ってる。パレードを見に行こう、一緒に」


「は?」


 そしてパタンと閉じられた玄関。

 残された私は纏ったシーツを握り締め、人の気配が消えた扉から視線を逸らせずにいた。


「は?」


 言い逃げに近い約束に寝起きの口がぽかんと開いた。





 あんな風に部屋を出る瞬間言われたら断る事も出来ない。しょうがなしに欠伸をしながらシャワーを浴びた私は先輩がいるであろう寮の前へと向かった。

 中途半端に乾かしたせいか髪がいつもより広がっている気がする。でも今は仕事じゃないので別に気にしなくてもいいか。

 門の入り口に佇んでいた先輩は寮から出た瞬間から私の姿を確認すると、その場で手を振ってきた。嬉しそうな笑みはこちらには気まずさしか与えない。

 ガシガシと頭を掻き、気だるげに足を動かす。


「先輩、私行きませんよ、パレードなんて」


 挨拶を端折り、先程は言えなかった断りの言葉を伝える。それだけ言って部屋に帰るつもりだったのだが、先輩が首を横に振った為、計画は最初から頓挫した。


「パートナーになってくれるって言ったよね? パレードはあくまで()()()。ドレスを一旦合わせたいんだよね」


 パートナー、それとドレス。頭の隅に追いやっていたものだ。あわよくば流れれば良いと思っていたが、やはりそう流れるものでは無かった。


「それとももうドレスあるの?」


「いや~、まあ……」


 あるわけがない。今の部屋には勿論ないし、夜会用のドレスなんて実家にも元婚約者が贈ってくれたものしかないだろう。

 彼はもう他の人と結婚している。そんな元婚約者の色を纏って夜会に行くなど狂気の沙汰だ。


 泳ぐ視線は言葉よりも雄弁に物を語っていたらしい。にやりと先輩が口角を上げた。


「ドレスも着ないで舞踏会は行けないでしょう? さ、行こう」


 そう言うと先輩は私の手首を掴んだ。「わわ」と慌てる私を見て楽し気に笑うと、ぐんぐんと街へと向かう道を進んでいく。

 手を引かれながら私は自分の格好を見た。先の下着姿よりは当然着こんでいるが、部屋着に近いゆるいワンピースは街に行くには軽装すぎる。

 私は約束もしていなかった癖に強引な先輩へ聞こえるように大きな溜息を吐いた。




読んで頂き、ありがとうございます。

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