13.調査チーム
業務が始まって早々、先輩と共に副長に呼び出された。内容は調査チームの集まり、つまり顔合わせの日程が決まったとの事だった。顔合わせが主だからか、それとも事が事だからか指定された日はなんと今日の14時。幾ら何でも早すぎではないだろうか。
「まあ、こういうのは早い方がいいから。会議待ちで実務が進まないのはよくないでしょ?」
そう言った副長は三年くらい会っていないのでないかというくらい老け込んでいた。昨日会ったばかりだというに。もともと疲れから老け込んでいたが、あれ以上老けるとは思わなんだ。
準備していくものはあるかと聞けば、身一つで構わないという。さすがにそんな事は出来ないのでメモだけ持って行く事にした。取り敢えずやる気は見せておいた方がいいだろう。補佐なのでやる気も何も無いが。
横に座る先輩は二日酔いなど無いのだろう、爽やかに話を聞いていた。あんな酷い事を言った私への態度も普通だ、変化がない。
それが良い事なのか、悪い事なのか。二日酔いの頭は考えを放棄した。
「じゃあ、14時によろしく。一応僕も参加するから」
「そんな疲れた顔で? 会議出るくらいだったら家帰りなよ」
「無理だねえ、無理なんだよねえ」
どちらが上か分からない会話を苦笑で流し、そして時は流れ14時。
調査チームの顔合わせが始まった。
「皆、急なスケジュールですまない。事は急を要するのでこんな突然の集まりになってしまった。このチームの総責任者のグスタフ・ヘンケルだ。皆には無理を強いると思う、よろしく頼む」
キリリと太い眉に日に焼けた小麦色の肌、キリリと凛々しい顔付き。しかしその頬には顎から耳の付け根にかけて大きな傷跡があった。痛々しく感じないのはもうだいぶ前の傷だからだろう。白く走る傷跡は彼の勲章らしい。
そしてなにより目を惹くのが魔術師にはないがっしりとした体。きっちりとした騎士服を着ていても筋肉が盛り上がっているのが分かる。
グスタフ・ヘンケル。この国の全騎士団を統べる者、騎士総長だ。年は確か40くらいだと記憶している。もう体力が落ちてくる年齢だと思うが、いまだ模擬戦で彼に勝利した者はいないという。
直立しているヘンケル総長はぐるりと着席している私達を見回した。手を後ろで組み、その鋭い視線を部屋中に巡らせる。
「皆、各所属長などからおおよその話は聞いていると思うが、これは国を、世界を揺るがしかねない事件だ」
淡々と紡がれる言葉に緊張感から唾が溜まった。ごくりと飲み込みたかったが、静かすぎる室内では音が響く気がするので耐えるしかない。
「これは極秘任務であると頭に入れてくれ。部署の誰にも、家族にも恋人にも漏らしてはいけない。だから敢えて資料は作成していない。今から説明する詳細を頭に叩き込んで欲しい」
ヘンケル総長の重低音な声が落ちる。その隙に唾を飲み込んだ。二日酔いだからだろうか、不快感が襲う。えずきそうになったのがバレないように口元に手をやる。頭の動きから不審に思ったのか、横から視線を感じた。
ヘンケル総長の横にいる副長も気付いたようだ。咎めるような視線をこちらに向けていた。しかし、直ぐにその視線は外され副長はふらりと立ち上がる。
「では、その説明は私から」
体幹のしっかりしていたヘンケル総長とは違い、連日職場へ泊まっている副長は体が左右にふらふらと揺れていた。ヘンケル総長はその姿に少し驚いたようで上から下まで舐めるように副長を見ると、哀れんだ顔でギィ……と軋む椅子に腰を下ろした。
副長はそんな視線を知ってか知らずかコホンと咳払いをする。そして今回の事件の情報をつらつらと説明し出した。
森での魔素量の高値、魔獣の出現、瘴気を纏った逆鱗の事。そしてバルドー教が絡んでいるだろうという事。
副長だけは説明用に資料を持っていた。時折それに目を落としながら話をする。質問の時間は設けていない。だから誰も質問はせず、説明だけの時間が続いた。
皆の反応を見るにバルドー教の事を知っているのは半々のようだった。恐らく30歳以上は知っているが、それ以下は知らない者の方が多そうである。もしかしたら何処かのラインで情報統制があったのかも知れない。
そしてあの逆鱗の持ち主は既にもう死んでいるらしい事もわかった。その考えがなかった訳ではない。きっとそうなのだろうとは思っていた。が、実際に断定されると動揺してしまう。
竜人より遥かに弱者な人間や獣人がどうやって殺したのか。それも逆鱗を奪うなどという惨い事もして。
知らなかったが、逆鱗は持ち主が死ぬと輝きが消えるそうだ。瘴気を取り払った逆鱗はまさにそれで、石のようだったと。死後に取ったのか、それとも生きている時に奪ったのか。どちらにしても惨い事には変わりないが。
「以上が今回の事件で分かっている事の全てです。何故逆鱗から瘴気が生み出されたのかはまだ第三魔術師団が解析中になります。解析にはもう少し時間が掛かるそうです。判明し次第、情報は共有致します。私からは以上です」
副長が席に座る。ヘンケル総長は再びぐるりと皆の顔を見回す。そして想像だにしていなかった爆弾を落とした。
「何故こんなに急な集まりになったのか、それは竜人国ハルフォークからも調査団が来る事が決まったからだ。表向きは親善の為。来るのは第二皇子だ」
ハルフォークの皇族の訪問。そんな事が自分の生きている内に起こるとは。衝撃、衝撃である。衝撃以外の何物でもない。
「ハルフォークの皇族が公式に我が国に来るのは実に250年振りとなる。地上国へ来るのは約100年振りだ」
静まり返っていた室内に小さな騒めきが起こった。
そう、それ程までに彼らの訪問は珍しい。どの声も驚きを隠していなかった。そういう私も驚きすぎて吐き気を催した。えずきを抑えきれず、また口元に手を当てる。
「い、いついらっしゃるのですか」
驚き故に先走った質問が飛ぶ。声の主は服装的に騎士団の者だった。
「一週間後だ」
「いいいいっしゅ、一週間後!?」
質問をした騎士はガタリと椅子を震わせた。大袈裟なくらい大きな声だが、誰もそれを咎めない。誰もが妥当な反応だと思ったからだ。室内の騒めきは大きくなり、混乱にも似た空気に包まれる。
それはそうだ、通常であれば準備に数ヶ月を要する程の事である。下手したら一年準備もあり得るやもしれない。ハルフォークの皇族が訪問するというのは一つの国家行事に値すると思う。国家の威信をかけて、国全体でもてなしをする程の事だ。
それなのに一週間後に来るという。
事が事なのでしょうがないかも知れないが、あまりに突然過ぎる訪問に開いた口が塞がらない。親善とかでなく、こっそり極秘で来ればいいものを。そちらの方があちらも動きやすいのでないか?
皆様々な感情で心が荒れているのか、落ち着かない様子だ。隣の人と顔を見合わせたり、正面を向いたまま口だけ動かしたりしている。質問をした騎士は椅子からお尻が半分落ちている。目を大きく見開いたまま、口をあんぐりと開けてヘンケル総長を見ていた。
どうやらこの室内で今冷静なのは前の二人と、それと横にいる先輩だけのようだ。先輩は微動だにせず、何でも無いように静かに座っている。
口をポカンと開けたまま見ていれば桃色の瞳と目が合った。先輩はクスリと笑い、視線を前へと戻す。
「皆がそうなるのも無理はない。だが、これはかの国にとって余程の事なのだ。それを留意して行動してほしい。訪問の告知は明日全国民に周知する予定だ。きっと大きな混乱もあるだろう……まあ、それは此処にいない他の者達で対応するので良いとして」
総長は一瞬だけ此方を見た。私というよりも先輩の方だが。
「では各部の役割を説明しよう」
大きな弦楽器のような声が場に静寂を作る。誰かがごくりと唾を飲んだ音が聞こえた。
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