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11.失言オンパレード


 言葉が脳のフィルターを通過せず、口から出てくる。ふにゃふにゃと顔の力は抜け、呂律も回っていない自覚がある。

 酒とは恐ろしい。何故こんなに状態になるのに人は酒を欲するのか。きっと目を背けたい現実があるからだろう。


 私は目の前に並べられた料理をつまみつつ、また酒を煽る。いつの間にかジョッキの横に透明な飲み物が置かれていた。中身は水だろうか。そういえば先程店主が置いていった気がする。


「にゃんでせんぱいはわらしのことぉ~、しゅきなんでしか」


 楽しそうに私を見ている先輩は何でか「うんうん」と相槌をうっている。


「酔っ払いには言わないよ」

 

「よっぱらってらいでしゅよ」

 

「次の日記憶に残るなら言っても良いけど」

 

「のこりましゅよ」


 実際は半々の確立だ。残るときもあれば二日酔いで全て消え去る時もある。

 先輩は眉を困ったように片眉を上げた。


「じゃあ、少しだけ教えてあげるよ」

 

「わーい」


 苦手な先輩も酒の力を借りれば怖くない。素面なら絶対言わない言葉がすんなりと口から出た。

 

「あれ、覚えてる? 子供の頃に王子達の友人作りに城へ呼び出された事」


 覚えている。王子達の同世代である貴族の子供が大勢集められた春の茶会だ。確か私は当時13歳、あまり面白くなくてすぐに帰った記憶がある。

 

「しょこであったんですね」

 

「そうだよ」


 当時の事を思い出そうとするが、いかんせん人が多すぎたので誰が誰だとか全く覚えていない。それに私が13歳であれば4歳上の先輩は当時17歳だろう。13歳から見る17歳はだいぶお兄さんだ。そんなお兄さんと関わったりしただろうか。ただでさえ幼い時の記憶は薄れている。全く心当たりがない。


「というかせんぱい、」


 それよりも私はひとつ気になった。


「しょのときからわたしがしゅきだなんてろり」

 

「幼女趣味じゃないよ、君だからだよ」


 言葉を被され、目が丸くなる。

 いや、どう考えても幼女趣味だろう。17歳から見た10代そこそこの人間の幼さ。私にも4歳下の従兄がいるが、そのくらいの年齢の時から見た彼はほぼ子供だった。


「いやぁ、じぇったいろ」

 

「違うからね」


 そこまで言うならそういう事にしといてやろう。

 しかしそれはそれとして言葉を被されるのは良い気がしない。ぶすっと唇を突き出せば、先輩はふっと吹き出した。


「君だからだよ、君だから好きになった」


 何とも優しい目で言われ、突き出していた唇は段々としぼんでいく。いつも背後から感じる恐ろしい視線とは真逆の柔らかい表情に、酔いが醒めていく感じがした。私は唇とぎゅっと結ぶと、酔いを醒まさぬようジョッキを傾ける。しかしもう中身はほぼ空だった。


「えー、ぐたいてきにしりたいにゃあ」


 空のジョッキから手を離さず、私は先程よりはっきりした頭で訊ねた。

 先輩は私から視線を外へと移す。暗いガラスに映る先輩の顔は郷愁を感じる表情をしていた。酔いが醒めつつある頭にクリアに入る相貌は悔しい程に美しい。何かを深く考えているようにも見える表情は人形のようだ。息を呑み、その姿を見ているとガラス越しに目が合った。


「まだ言わない」


 顔を正面に戻し、意地悪く笑う桃色の瞳。いつもと同じ笑みなのに少しだけ輝いて見えたのは暗闇に浮かぶ街灯が不意に彼を照らしたからだろうか。

 眩しさに目を細め、私は外へ視線を向ける。しかし街灯は規則正しく道を照らしていた。


「その内言うかも知れないけど、今は言わない。だって僕の事覚えてる?」


 片肘を付き「まあ、思い出せないよね」と先輩は上目遣いでこちらを見た。諦めの入った声に私は当時を思い出そうとしたが、全くそれらしい事は思い出せない。当てずっぽうでも当たる気はせず、不服そうに唇を突き出した。


「べつにきになってないのでいいです」


 半分嘘だ。此処まできたら全て知りたいと思うのが人の性だろう。しかし妙にイラつく。何ていうか手のひらで転がされている気分だ。精神的優位?そんなものを取られているような。

 呂律はまだ完全に回復していないが、頭はほぼ回復した。しかしほんの少しだけ残っている酒が彼を傷付けようと唆す。乗るべきか否か、いや、乗ろう。


 私はジョッキの淵をいたずらに中指でなぞりながら、何でもない風に口を開いた。


「わたしせんぱいのことすきにならないとおもいます」


 我ながら性格が悪い。なんて酷い事を言う。その自覚があるからテーブルに向けた顔を上げる事が出来ない。平然と話しているが、口から出た途端、物凄い自己嫌悪に陥った。傲慢、傲慢、傲慢だ。

 どうしてこんなに傲慢な性格になってしまったのか、いや元からか?自分が誰かに愛されるのを当たり前だと思っている?


 その傲慢さ故に捨てられたのに。


 先輩の顔は見られない。だが、空気が少し変わった気がした。

 きっと私に失望したのだ。それで良い、それで。だって私は先の言葉の通り、彼を――


「僕も言っても良い?」


 先輩の声に顔をあげた。先輩は私と目が合うとにこりと笑い、両頬を支えるように両肘をつく。


 何を言われるのだろう。「自分が好きなのはお前じゃない、なんて傲慢な女だ」とでも言うのだろうか。そう言われたら自分は何て答えよう、「そうだ」としか答えようがない。それか「私の勘違いだったんですね、すみません」と素直に謝ろうか。どちらにしても今後、共に働きづらくなるとは思うが。


 私はこちらを伺う先輩から一瞬視線を外し、頷く。心臓が嫌な鼓動を打っているが、それは仕方がない事。

 先輩は自身の頬を鍵盤のように何度か指で弾くとフッと笑った。


「まだ元婚約者の事好きなの?」


 元婚約者、その言葉に私の酔いは完全に醒めた。




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