4話 決意にはまだまだほど遠く・・・
いつだったか思い出す。あれは勇者の旅を始めて1ヶ月が過ぎた頃だ。
魔王の手先がシルヴィ達を襲った時、その魔物が人間の神経に入り込み、脳を乗っ取るという小細工をしてくる奴がいた。ジャルダンディーノがその餌食となり、メメトが彼によって拘束されたが、すぐにフィルリエントの手によって魔物は殺された。
「ジャル、あとで覚えときなさいよ」
メメトの姉リリトが戦闘終わりにそんなことをぼやいていた記憶がある。その夜、夕飯時になりその話をしていた時、ジャルが土下座して謝っていた。
「あっさり乗っ取られた俺が悪かったよ! わざとではないんだ、本当にすまなかったメメト!」
「私は別に・・・お姉ちゃんもあんまり言うのも可哀想だよ」
「いくらこいつに意識がなかったとしてもうちの妹に手を出した事実は変わらないわ。下心も完全になかったかどうかも怪しいし」
リリトがメメトの肩を触りながら討論する。
「確かに胸は少し触られたかもだけどあれも意識がなかったからですよね・・・?」
「いやそんな事実はないはずだけどなぁ。胸までは触っていなかったと思いますけど・・・」
「胸まではってやっぱり意識あったんじゃない! 信じらんない! フィルリエント!こいつパーティから追い出してよ!!」
いよいよ収拾がつかなくなってきた時、取りまとめてくれたのはいつもフィルリエントだった。
「まぁまぁ、何事もなかったんだからいいじゃねぇか。ジャルも反省してるんだから許してやれ。な?」
「フィルリエントがそう言うならまぁ・・・。次はないからね、ジャル」
「はい・・・」
その際に、次同じようなことが起きたらどうするかと言う話が出た。
今回はこんな笑い事で済んだが、これからもっと強制力が強い魔物が出てくる。そうなった時、どうするか。
「殺す、それしかない」
リリトが冷たくそう答えたのを覚えている。
「またそんな・・・」
ジャルが怯えてそう反応するが、リリトは先ほどとは違って至極冷静で落ち着いていた。
「冗談じゃなくて本気。今回はフィルリエントのおかげですぐにどうにかなったけど、もし魔法が使えるシルヴィや治癒術のポポが乗っ取られたら最優先で始末するべきだと思う。魔法なんて対処のしようがないし、ポポの治癒術は魔法が使えないにしても敵に使われたら面倒」
「リリトの言っている事はもっともだ。俺もそう思う、それが一番被害が少なく済む方法だ。これからもしそうなった時、俺たちはお互いを躊躇なく殺せるようにしておかなければならない。もちろんリーダーである俺もだ、俺たちは仲間、だからこそ救うために殺す。それを肝に免じておいて欲しい」
まさか、こんな形で仲間を裏切ることになるなんて思いもしなかった。
一年間同じ釜の飯を食べてきた仲間、シルヴィ自身他の人間に心を開く事はなかったが、パーティの面々にはいつもの自分を曝け出すことができたと思う。
「うなされてましたけど大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。ありがとう、エイデン」
昔の夢を見ていたようで、頭がクラクラする。3日の馬車移動の後、シルヴィ達は廃村で野宿をしていた。まだお世話になったと言う農家夫婦の家までかなりある。長い旅路になる事は分かっていたが、子供までついてくるとなるとまた勝手が違ってくる。
シルヴィは一息ついて、横で呑気に丸くなって眠る猫を見やる。
ゴロゴロと喉を鳴らして熟睡しているようだ。こうしてみると本当に普通の猫。あんな横柄な態度を取ってくるのが伝承の中の黒猫だなんて思えない。
『魔王ボルヴォロスの魂はお前達7人の勇者の中に入り込んでいる。その魂を根絶するには、宿主を殺すしかないぞ』
昨晩猫が言っていたあの言葉。あれに嘘偽りはない。問題はそこじゃない、それが事実であってこれからどうするかだ。
農家夫婦の家を訪れてどうするか、まずはエイデンを引き取って貰えないかを聞いてみるしかない。もし本当に、シルヴィ達の中に魔王の魂があるとすればそばに置いておくのはあまりに危険すぎる。それがいちばんの問題。
2番目はシルヴィ達の身体のこと。黒猫は殺すしかないという結論だが、それが本当かどうかはわからない。どうにかその呪いとも言うべきものを解除するための方法がないかどうかを模索しないことには始まらない。
もし死ぬしか道がないというのなら。
「私が、私がみんなを・・・」
寝付けず廃村近くの泉で座り込んでいたシルヴィ。
何も言わずに出てきてしまったことを後悔する。次に会う時があれば、それは必ずシルヴィが仲間を暗殺しに行って顔を合わすときだけだ。追放の身である彼女が自分からあちらにいく事はできない。
フィルリエントにもお礼を言っていない。10数年お世話になった育ての親。こんな親不孝者はそうそういない。ましてや、その人物を殺すことになるかもしれないなんて・・・。
「なんで、こんな・・・」
嗚咽が泉に響き、彼女は声を漏らす。辺りに人がいなくてよかった。こんな姿見られでもしたら恥もいいところだ。
黒い猫は、いたみたいたが。
「なに?」
「何って酷い言い草だな。心配して見に来たんじゃねぇか」
「別に、しゃべる猫に心配されても嬉しくもなんともありませんから」
「勇者シルヴィがここまで毒舌だと民衆もさぞがっかりするだろうな」
黒猫が嫌味に言うのを聞いてシルヴィは猫を睨みつけた。
だが、黒猫と話しているとどうにも気分が落ち着いてきてしまう。猫効果なのだろうか。
「大丈夫、きっとなんとかなるだろ」
「あなたはいいわよね他人事で。私は自分の命、仲間の命がかかってるんだからそう簡単に納得できるものじゃない」
「昔の勇者にも似たような事を言うやつがいたな」
そうこぼす黒猫は、泉の水を飲みたかったのか水辺まで近づく。
「そういえば、名前聞いてない」
「名前、名前か。久しく名乗ってないから忘れていた。そうだな、サタナスとでも呼んでくれ」
「皮肉?」
「何がだ?」
「・・・いえ、なんでもない」
シルヴィは馬鹿馬鹿しくなってきて座ったまま背伸びをする。
夜も更けてきた。明日からは馬車とはお別れ、ここからは地道に歩いていくしかない。それほどまでにこれから行く道は険しい森の中だ。
彼女は猫と少し世間話のようなものをした後に床に就いた。
夢を見た。悪夢だ。シルヴィが民衆を殺して回る夢。その中にはほんの小さい子供もいた。ジャルダンディーノがその子を庇っていたが、シルヴィは問答無用で剣を刺す。その次にメメト、リリトと。ポポは必死に治癒術を使っているが、出血がひどく間に合わない。アリアナがフィルリエントに助けを乞うがシルヴィは容赦なく彼女の胸に貫通魔法をくらわす。
最期、フィルリエントが目の前で言った。
ごめんな、シルヴィ
「っ・・・!」
「すごい汗だな、大丈夫か」
「・・・ええ、問題ないわ。エイデンはどこ?」
悪夢から覚めると辺りはすっかり明るくなっており、廃屋の屋根からは太陽が隙間からこぼれていた。猫が隣で寝転がりながらシルヴィの様子を伺っている。
「あの子供なら外にいるぞ、呼んでくるか?」
「いえ、いい。そろそろ出ましょう」
そう言ってシルヴィは重たい体を起こす。
そのあと2人と一匹は農家夫婦の元を目指した。だが、そこはもう更地となっていて誰かが住んでいた痕跡すらない状態だった。
「シルヴィ様、これはいったい」
「まぁ10年以上前だからね、最期に会ったのは。あの時ですらもう70歳を超えていたから、生きている可能性に賭けたけど」
路頭に迷っていたフィルリエントとシルヴィを助けてくれたのは心優しい老夫婦二人だった。2年ほどここで暮らして、王都を目指したのだが、あれ以来会っていなかった。
「シルヴィ様、あそこ」
エイデンが指さす場所には2つの墓石があった。畑の真横にその2つが仲良く立ち並んでいる。恐らく老夫婦のものなのだろう。刻まれた名前も2人ので間違いない。5年前に亡くなっていたようだ。
「この森の奥に私が昔暮らしていた小屋があるはず。もしまだあるなら生活備品も残っているはずだから、そこを目指しましょう」
「わかりました」
素直にエイデンは承諾してくれた。黒猫と言えばさっきから辺りをうろうろして落ち着きがない。伝説の猫のくせに新しい土地に興奮でもしているのだろうか。気にする理由もないのでシルヴィは先を急ぐことにした。