1話 冒険の終わり
私は仲間だった人間に止めを刺そうとしていた。
彼は私が仲間に盛らせた毒で動けない状態になる。苦しいはずだ、この人を私は殺さなくてはいけない。
彼の喚き声が部屋中に響き渡る。
私はこの日初めて人を殺した。
私が放った魔法が彼の命を刈り取る。その感触と言ったら、せっかく作った料理を完成間近で床に落としてしまったときのような気分。すなわち最悪だ。
「大丈夫か。シルヴィ」
「ええ、これでやっと1人目」
部屋を出てきた私にしゃべる黒猫が言う。猫がしゃべるはずないのにその光景に疑問を抱かないのは、私がその光景に見慣れてしまっていたせいだろう。さも当たり前のようにその猫に目をやって、そのあとさっと肩に乗せて歩く。
今殺したのは私が勇者というこの世界での、いわゆる魔王討伐を目的とした公式組織、ラヴァン、いわゆる義勇兵として活動していた時の仲間。
名前はジャルダンディーノ。今しがた、彼を私は殺した。
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今から五年前、創世暦431年。シルヴィたちによって魔王が討伐された。
レガウルドというこの世界での大国家は魔王討伐のため40年前にラヴァンという討伐組織を形作った。非公認の義勇兵同士が結託してラヴァンとしての活動を認められると、一定の収入が保障される。シルヴィも現在は21歳、ラヴァン入りしたのは11歳のころだ。そのころから育ての親だったフィルリエントとともに二人組のラヴァンとして生活していた。
そこから本格的に魔王討伐に向けての動きが活発化し、腕を見込まれた2人が特別ラヴァンとして他5人の義勇兵を迎え入れ、429年にフィルリエント隊が組まれた。
2年という短い期間で魔王を討伐してフィルリエントたちは無事にその役目を果たすことができたのだ。
「今日は飲むぞ・・・! なんせ世界のお祝い日と言ってもいいぐらいの日なんだからな!」
ジャルダンディーノが酒場でビールを平らげながらそんなことを大声で言っていた。普通に迷惑になるが今回ばかりはこの酒場は義勇兵たちの貸し切り。50人を超える義勇兵がシルヴィたちを囲むようにして大騒ぎしていた。
「あたしたちはお酒飲めないからね。こんな騒がしいなら来なければよかった」
「お姉ちゃん・・・。そんなこと言ったらだめ・・・だよ」
同じくパーティのリリトとメメト。この2人は姉妹でリリトが姉でメメトが妹だ。姉が13歳妹が10歳というあり得ないほど若い義勇兵だが、非公認のため年齢でとやかく言われることはない。この2人もれっきとした勇者だ。
「あんたもお酒に充てられて変な気起こしたらダメだからね」
「うう・・・わかってるよお姉ちゃん」
「今日くらいいいだろ! 一口位飲んでも誰も咎めねぇよ」
ジャルダンディーノが姉妹に執拗に絡む。これもよくある光景でシルヴィは横目で見過ごした。
「つかポポどこ行ったんだ? こんな楽しいときに」
「あいつならトイレに行ったぞ。なんでも、人がいすぎると腹を下す質らしい」
ジャルダンディーノがポポという人物を探していると、隣からフィルリエントが口を挟む。彼がこのパーティのリーダー。頼れる存在、そしてシルヴィの唯一信頼できる親ともいうべき人物だ。
皆が皆、先週までのギスギスした空気感など忘れて溌剌はつらつとしているのを見ていると、冷静に傍観しているシルヴィは自分がおかしいのではないかと思ってしまう。
そう感じていると、背中を叩かれて不意に後ろを振り返る。
最後のメンバーであるアリアナがそこには立っていた。相変わらず男性を全員魅了しそうな大人びた容姿には慣れず後ずさりしてしまう。
「シルヴィちゃん、少し外で話さない? ここ五月蠅くて」
「あ、はい」
シルヴィはこの酒場にきて初めて声を発した。
酒場を出てすぐ横にあった公園のベンチで2人は座り込む。
辺りは暗く、空に広がる満点の星々が目に映る。こうやってゆっくり星々を見るのも久しぶりだ。何なら初めてかもしれない。こんな落ち着いた気分でこんなことをしているのは。
「シルヴィちゃん、改めてお疲れ様」
「アリアナさんこそ。今までお疲れ様でした」
「これからあなたはどうするの? ラヴァン続けるっていうのもありだけど、それだけじゃ食べていけないわよね?」
「はい。元々自分のお店を持ってみたかったので、資金でも溜めて、そうですね・・・。ケーキ屋さんとかいいかもしれません」
「かわいい! きっとシルヴィちゃんなら成功すると思うわ」
「ありがとう、ございます」
歯切りの悪い回答で辺りは静寂に包まれる。酒場の喧騒だけが耳に入り、シルヴィは気まずい気持ちを感じていた。
「あのね、シルヴィちゃん」
「はい」
1分の沈黙を破ったのはアリアナのほうだった。彼女は何かを言いたげな雰囲気だったが、言うのをためらっているのか一向に話をしてこようとはしない。だが、シルヴィはある程度何を話そうとしているのかは検討がついていた。
「例の、フィルリエントのことなんだけど」
「父さんの。ああ、はい・・・。結婚の事ですよね」
「ええ、受け入れてくれるかしら?」
フィルリエントとアリアナは恋人同士だった。いつからかはわからないが、旅の道中でからかってジャルダンディーノが2人をいじっていると、アリアナのほうがボロを出してしまい判明した。通常旅の途中で恋人関係に発展してしまうのはご法度なのだが、リーダーがフィルリエントと言うこともあり今回は水に流すことにしていた。シルヴィ以外は。
「言ったはずですけど、私は父さん・・・いえ、フィルリエントとは血は繋がっていないので。アリアナさんとご結婚されようが私がとやかく言う資格はありませんよ」
「そうは言っても育ての親じゃない。家族同然なんだから、それに私は・・・。あなたの母親になりたいっていう気持ちも確かに―」
「やめてください。今は、そういうこと考えられる気分じゃないので」
「・・・そうね、こんなお祝い事にこんな話。ごめんなさい、またの機会にしましょう。明日は朝から王政に呼ばれてるのよね? 報酬か何かくれるのかしら」
「わかりません」
シルヴィはそこで一息ついて再び空を見上げる。
こうやって空をゆっくり見上げられるのは魔王を討伐できたおかげだ。みんなのおかげ。世界に平和が戻ったのは、義勇兵と王政、それ以外のみんなのおかげ。シルヴィは感謝してもしきれなかった。
翌日までは。
「シルヴィ。其方を本日を持って国外追放とする」
「・・・・・・・・・・へ?」




