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道鬼  作者: 三峰三郎
6/7

道鬼 6

 信玄が信濃埴科郡の村上義清をその地から追い出すことに成功したのは、天文二十二年(1553)のことであった。

 村上義清は越後に落ち延び、上杉政虎に旧領奪還の助けを求めた。これにより足掛け十二年にも及ぶ、川中島の戦いが幕を開けるのである。

 天文二十三年(1554)、上杉政虎は越後兵を率いて信濃に進軍したが、のらりくらりと本軍同士の戦を信玄が避けたので、政虎と信玄が直接対陣することはなかった。

 上杉軍は各地に放火すると空しく兵を越後へ引き上げた。


 由多姫が病に伏したのはこの頃のことである。由多姫は療養のため、諏訪の地に戻っていた。


 第二次川中島の戦いは天文二十四年(1555)であったが、武田軍と上杉軍は犀川を挟んで二百日もの間にらみ合った末に、今川義元による仲介を経て和睦。両軍引き上げることとなった。


 その帰陣の際、勘助は由多姫の見舞いのために諏訪の地へ立ち寄った。


「勘助、も少し近こう」


 勘助は、由多姫が思っていた以上に悪いことに驚いた。

 床に伏したまま起き上がることのできない由多姫の顔は、前にもまして白かった。しかし、初めて会った時と変わらずその目は凛としてまっすぐであった。


 勘助は枕元の近くまで膝を進めた。


「勘助、初めて会った時のことを覚えていますか」


 由多姫は弱々しく口を開くと勘助の顔を覗き込んだ。


「もちろんにございます。由多姫様は変わらず美しゅうままにございます」


「変わらんか」


 由多姫は微笑むと目を閉じた。


「まだ、あの時の夢も変わっておりません。しかし、御屋形様への印象はずいぶんと変わりました。勘助、どうか御屋形様と四郎のこと、頼みますよ」


 由多姫はこれが最期の言葉であるかのようにゆっくりとはっきりと言った。


「しかとお任せ下され」


「私の夢もどうか……」


 そう言うと由多姫は疲れたように微笑んだまま口を閉じ、寝息を立て始めた。

 勘助はそれを見ると一礼し、縁側から枯れ葉が敷き詰められた庭へと降り立った。


 由多姫が息をひきとったと勘助が聞いたのは、この年、甲斐に初雪が舞った日のことである。まだ二十四歳であった。




 

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