道鬼 4
勘助は諏訪御料人甲府入りの護衛を信玄から命じられた。天文十四年(1545)、山国の地に雪が降り始めた頃である。
諏訪御料人の嫁入りの一行は、信濃と甲斐の国境に位置する富士見峠に差し掛かっていた。
武田家に仕えて初めて滅ぼした家の娘の付き添いをすることに後ろめたい思いを抱きながら、勘助は苦い面持ちで足元を確かめながら馬を進ませていた。
何やら諏訪御料人の乗った乗り物の周囲が騒がしい、と聞き勘助は馬から降りるとその傍まで歩み寄った。
「諏訪へ帰ります」
地べたへ降ろされた輿の簾が開かれ、中からまだ幼さの残る少女の顔が勘助を睨んだ。
その娘の肌は雪のように白く、こちらを睨む目は凛として、その風貌はまるで天女と見紛うほどに美しかった。
勘助はその美しさに見惚れ、十四歳の少女が放った言葉を理解するのに時間がかかった。
「諏訪へ帰ります」
「なりませぬ。これから諏訪御料人様は、武田家へ嫁がれるのでございます」
「嫌です。私の父を殺した男のところへ嫁ぐなど嫌にございます。それと私は由多という名前がございます」
「失礼いたしました、由多、姫様。武田家の御屋形様はいずれ天下人となるお方。そのようなお方に嫁がれることは、名誉なことと存じまする」
「私にとっては父の仇です。そのようなものと縁組させられるくらいなら、死んだほうがましにございます」
由多姫は懐から短刀を取り出すと鞘を払った。
「なりませぬ」
勘助は由多姫から短刀を素早く奪い取った。
「死にとうございます」
目から涙を流しながら訴えるその顔を勘助は惚れ惚れと眺めた。
「なりませぬ。死ぬなどと申してはなりませぬ。生きてくだされ。生きていれば必ずよいことがございます」
「ありませぬ。この世は地獄にございます」
「なるほど、地獄やもしれませぬ。しかし、生きていれば時に……、時に夢が叶いまする」
「夢……」
「そうにございます。私めは、いずれ天下人となる主にお仕えしその手助けをするという夢が叶うてございます。由多姫様も夢をもって生きていれば、必ずいずれ叶いまする」
「夢……」
由多姫は天を見上げ、降りてくる粉雪が勘助の頭の上で溶けるのをしばらく眺めていた。
長い間口を噤んでいた由多姫は、おもむろに口を開いた。
「武田の御屋形様は、天下人になるとおっしゃいましたね」
「いずれ、なりまする」
「では、私は天下人の子を産み、その子に武田家ではなく諏訪家の名を継がせます。そして諏訪家を天下一の家にいたします」
そう言い放つと、はじめから勘助などいなかったかのように勢いよく簾を下ろした。
一行はしんしんと雪が降る峠を再び進みはじめた。
目の前に見える富士の山をまっすぐに見ながら、勘助は馬上の人となっていた。




