道鬼 3
信玄が信濃諏訪郡にある上原城と桑原城を陥落させたのは、天文十一年(1542)七月のことだ。
諏訪家の当主、諏訪頼重は甲府に連行されると東光寺に幽閉され、信玄によって切腹させられる。
勘助にとってこの諏訪攻めが武田家に仕えて初めての戦となったが、大いに活躍することとなった。
高遠頼継をはじめ、諏訪家の家臣の多くを調略し味方に引き入れる手引きをしたのである。この勘助の働きにより、ほとんど兵を損なうことなく、信玄は諏訪氏を滅ぼすことに成功したのであった。
九年もの間、駿河で鬱々とした日々を送ってきた勘助は、武田家の領土拡大に一役買えたことに悦びを覚えていた。
「諏訪御料人を側室に迎えたいと思うておる」
信玄が家臣たちを集めこう言い放ったのは、天文十三年(1544)、躑躅ヶ崎館の庭に植えてある楓が真っ赤に染まり切った頃のことだ。
この頃、諏訪郡は武田家重臣の板垣信方が郡司となり、上原城の改修を終えつつあった。
にもかかわらず、諏訪旧臣の反乱がいまだ後を絶たなかった。
諏訪御料人とは、諏訪頼重とその側室との間に生まれた娘であり、美貌の持ち主との評判が立っていた。
「武田家が滅ぼした頼重の娘を側室にするなど言語道断にございます」
「いつ寝首を掻かれるやもわかりませぬぞ」
「他国で悪い噂が立つやもしれませぬ」
板垣信方、甘利虎泰、飯富虎昌といった武田家に古くから仕える重臣たちは一同に反対した。
信玄は暫くの間目を瞑り黙っていたが、ぱっと目を見開くと部屋の片隅に目をやった。
「勘助はどうじゃ」
信玄は隅でちょこんと座している小さな醜男の名を呼んだ。
「よい考えと存じます」
勘助は低い地を這うような声でゆっくりと答えた。
「なぜそう思うのだ」
「御屋形様はいずれ天下を統べるお方にございます。諏訪惣領だった頼重殿の娘と御屋形様との間に御曹子がお生まれになれば、その子を諏訪惣領の跡目とすることで、頼重旧臣たちは諏訪家再興の希望をもって武田家に仕えることとなりましょう。ぜひとも諏訪御料人を迎えるべきと存じます」
勘助は一息にそう言うと、口を閉じもとの丸まった格好に姿勢を戻した。
己の意見ではなく、信玄の考えを読み取り代弁したに過ぎなかった。
信玄は一同を見渡し異論がないことを確かめると、満足げにうなずき部屋をあとにした。
開いた戸口から木枯らしが吹き込んだ。
真っ赤な紅葉が取り残された家臣たちの間を滑っていくと、勘助の膝の上にゆっくりと着地した。




