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道鬼  作者: 三峰三郎
2/7

道鬼 2

「噂に聞くより、はるかに良い面構えをしておるではないか」


 初めて対面した時、家督を継いで間もない信玄はそう言った。

 天文十一年(1542)三月のことだ。


「この度はお招きいただき、恐悦至極に存じまする」


 勘助は慣れないしぐさで、まだ若い武田家当主に頭を下げた。

 

「武田家に仕えてもらいたい。二百貫では不服か」


「に、二百で、ござるか」


 勘助は驚いた。

 武田家から士官の話がきたときは、百貫の知行を与える、と聞かされていたからだ。


 十年にも及ぶ諸国遍歴で、京流の兵法と築城術を学んだ勘助は、出身国である駿河の今川家への士官を望んでいた。

 しかし、いくら伝手を頼っても今川家当主、今川義元には取り次いでもらえなかった。

 片目、片足が不自由であるといった異様な風貌であることから嫌厭され、兵法に通じているなど偽りではないのか、という風聞が今川家中では囁かれていたからである。


 今川家への士官に絶望していた勘助のもとに武田家からの誘いがかかったのは、諸国遍歴の旅から駿河に帰国して九年もの月日がたったある日のことだった。

 武田家は今川家の同盟国であり、なおかつ駿河とは隣国であったため、勘助の評判が甲斐の武田家にも伝わっていたのである。


「そちの面が気に入った。ここ甲斐にまでそちの噂は聞こえておったのじゃ。これから武田家は、信濃を平らげ、いずれ北の海を手に入れる。そして京へ上り天下に号令をかけるつもりでおる。しかし、家臣には戦に勝つ術を知る者はいても、城を築く術を知る者がおらん。そちには、武田家が天下を統べるまでその手助けをしてもらいたいと思うておる」


 勘助は朗らかに笑う若い当主を見上げた。

 長い間、苦汁を嘗めてきた日々が報われたと思うと同時に、涙がこみ上げ片眼に溜まった。

 

「謹んでお仕えしとう存じまする」


 この瞬間、ひとつ夢が叶ったと同時に、この主に天下を取らせるという新たな夢が勘助の胸中に芽生えたのだった。


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