淑女がドレスを脱いだなら〜子ども扱いしてくる鈍感な公爵様を全力で誘惑しちゃいます!〜
◇◇◇
「ふふふふ。見てなさいよ。今日こそお兄様に愛してると言わせてみせるんだから!」
ミシェルはいそいそとベッドに近付くと、少し悩んでドレスを脱ぎ捨て、下着姿のままするりとアスターのベッドに潜り込んだ。
メイド達には朝まで来ないように協力を頼んだ。あとは部屋に戻ったお兄様を誘惑するだけ!
大人の恋物語のヒロインのように大胆に色っぽく迫れば、さすがのお兄様にもミシェルの本気が伝わるだろう。
『ミシェル、悪い子だ』
『俺を誘惑したのは君だ。覚悟は良いか?』
(な〜んて!な〜んちゃって!きゃあ〜)
◇◇◇
ミシェルは裕福なカイラス伯爵家の一人娘として、幼い頃から蝶よ花よと育てられた。淡い金髪に菫色の瞳のミシェルは誰もが目を引く美少女だ。
ミシェルの可憐さ、可愛らしさは貴族社会で瞬く間に評判になり、魅力的な持参金と相まって、将来有望な花嫁候補として注目された。その結果、ミシェルはわずか八歳で名門ダンタロト公爵家の若き後継者、アスターの婚約者の座を射止めたのだ。
当時アスターは十五歳。婚約者として初めて会ったアスターは、年齢よりもずっと大人びて見えた。そこでミシェルはアスターにあるお願いをした。
「あの、私のお兄様になっていただけますか?」
と。一人っ子だったミシェルは兄という存在に憧れていたのだ。しかも事前に母親から、「素敵なお兄様ができたと思えばいいのよ」と言われたのも影響していた。だが、これが全ての間違いだった。
「そうか。それなら今から僕は、君の良き兄になるよう努力しよう」
そう言うと、アスターはミシェルをヒョイっと抱き上げた。
「お兄様って呼んでごらん?」
それからアスターは、ミシェルを実の妹のように可愛がってくれた。パーティーやお茶会でエスコートしてくれるのはもちろん。綺麗な花、可愛いぬいぐるみ、本に宝石、ドレスと、会うたびミシェルの喜ぶ贈り物を沢山用意してくれた。
ミシェルの部屋はあっという間にアスターからの贈り物で埋め尽くされ、頭のてっぺんから足の爪先までアスターからの贈り物でコーディネートされていることも少なくない。
「僕の可愛いおちびさん」と呼ぶアスターは『妹を溺愛する兄』そのもので、ミシェルもアスターを「お兄様」と呼んで、本当の兄のように慕っていた。
それからはや十年。ミシェルは今や立派な成人女性となった。いや、それどころか後から婚約した令嬢たちにどんどん先を越され、内心焦っていた。
十五歳で成人を迎えるこの国では、貴族令嬢は二十歳までに結婚するのがほとんどなのに、ミシェルはまだ正式なプロポーズも受けていない。
十年間も婚約しているのになぜ!?
そう父に問いただすと、なんとアスター本人から待ったが掛かっていることを知った。いくら婚約を交わしているとは言え、伯爵家の立場として格上の公爵家の決定には逆らえない。
かと言って、アスターがミシェルを嫌っている様子もない。いつも穏やかで優しい『お兄様』であるアスター。
そしてミシェルは気付いたのだ。きっと、長年兄妹のように過ごしてきたこの環境がいけなかったのだと。
そこからは、『妹』の立場を抜け出すのに必死だった。子どもっぽいドレスを大人っぽく変えてみたり、隣に座っているときにアスターとの距離をちょっぴり縮めてみたり。
けれども、長年妹として過ごしてきたせいか、いざとなると照れてしまってどう接していいか分からない。昨日まで普通に喋っていたはずが、会話さえぎこちなくなってしまう有り様だった。
「なんだか最近様子がおかしいけど、何かあった?」
まさかあなたが結婚してくれないせいで焦っています、とは言えない。
「あ、あの、お兄様の好みのタイプってどんな女性でしょうか」
少しでもアスターの好みのタイプに近付きたい。そう思って質問したのに、アスターはすっと表情を強張らせた。
「なぜそんなことを聞くんだ?」
急にアスターの纏う雰囲気が怖くなって、焦ったミシェルは慌てて叫んだ。
「あの!私はお兄様の婚約者でしょう?だから、少しでもお兄様の好みに近付きたいの!」
アスターは「なんだ。僕はてっきり……」と呟くとにっこり微笑んだ。
「ミシェルはそのままで十分可愛いよ」
優しい優しいアスター。ミシェルの大切なお兄様。でも、アスターはミシェルを一人の女性として愛してくれないではないか。
ミシェルは初めて感じる胸の痛みに、とっくにアスターに恋をしていたことを知ったのだった。
あまりにも近くにいすぎて、気が付かなかった初恋。もし、結婚を渋る原因が、アスターに他に好きな人ができたのだとしたら。
思い詰めたミシェルはとある計画を立てた。ミシェルだって年頃の女に成長したことをアピールすることにしたのだ。
貧弱だった体はまろやかな丸みを帯び、たわわな胸も細く締まった腰も、他の令嬢たちから垂涎の眼差しを向けられている。きっと、もっと近くによれば、鈍いアスターもミシェルの成長ぶりに気付いてくれるに違いない。
ミシェルの立てた作戦はいたって単純なものだ。いつものように公爵家に招かれて一緒に夕食を取った後、ワインを飲みすぎたふりをしてそのまま泊まることに成功。
「お兄様に折り入ってお話があるの」
といえば、敏いメイドたちはこっそりアスターの寝室に案内してくれた。湯浴みはすでに済ませた。あとはアスターがくるのを待つだけ。ベッドの中でドキドキしながら待つミシェル。
けれど、本当に飲みすぎたせいで、次第に眠気が襲ってきた。
飲んで気分が良くなったところに念入りに入浴し、暖かい布団にくるまってしまったのだ。もはや寝るしか無いではないかとばかりに瞼が重たくなってくる。
(ばか!駄目よダメ!お兄様がくるまで……)
◇◇◇
入浴を済ませ、バスローブをまとったまま濡れた髪をかき上げ部屋に入ると、ふわりと花の香りがした。
すぐに、ミシェルの香りだと気付く。不自然に盛り上がるベッドに近付くとそっと布団をめくるアスター。そこにはすやすやと眠る下着姿のミシェルがいた。
「全く、夜這いするならもうちょっと緊張感が欲しいな」
そう言うと、アスターはミシェルのおでこに軽く口付ける。
可愛いかわいいミシェル。アスターだけの大切な宝物。早くに両親を亡くし、成人になると同時に公爵家を継いだアスターは孤独な少年時代を過ごしていた。
公爵家の財産や権力を利用しようとする一門の大人はどれも油断がならず、近付いてくる同年代の令嬢たちも、こうした者たちの息のかかったものばかり。
何もかもが信じられなかったアスターが婚約者に選んだのが、そのとき評判になっていたまだ幼いミシェルだった。
手頃な伯爵家の娘。幼いミシェルが相手なら、当分結婚を迫られることもない。成長して邪魔になれば、そのとき婚約を解消してしまえばいい。そんな打算による婚約の打診に過ぎなかった。
けれども。初めて会ったとき、ミシェルはアスターに兄になって欲しいと頼んだ。一人っ子で寂しかったから、優しいお兄様が欲しかったのだと。
ミシェルの邪気のない笑顔を見て、アスターは自分自身を恥じた。こんなに幼い子を、自分の政治の道具にしようとしたのだ。
贖罪の気持ちも込めて、アスターはミシェルの良き兄でいることに努めた。家族を失ったアスターにとって、ミシェルはたった一人の家族になったのだ。
それから十年。ミシェルは美しく成長した。いつからだろう。ミシェルを妹のように思えなくなってしまったのは。一人の女性として意識するようになったのは。
けれども、長年兄のように振る舞ってきた手前、男としての自分をミシェルに拒否されるのが怖かった。
万が一拒否されるくらいなら、このまま兄の立場でいるのも悪くないとすら思うほどに。絶対に失いたくないという気持ちが、アスターを臆病にさせていた。
けれどあのとき、はっきりと自覚してしまったのだ。ミシェルから好みの女性のタイプを聞かれたとき、他の女をあてがうつもりかと勘ぐってしまった。
もしミシェルが他の男と結婚したら。今までのような関係でいられるはずもない。ミシェルの隣に自分以外が立つのも、自分の隣にミシェル以外の人間が立つのも、考えるだけで不愉快だ。
(最初から、逃がす気なんてなかったくせに)
アスターはミシェルの髪を一房取ると、そっと口付けた。
◇◇◇
柔らかな日射しの中、たっぷり睡眠を取ったミシェルが目を覚ますと、隣にはすでにアスターが眠っていた。
「えっ!?お兄様!?いつの間に!」
ハッとして自分の体を確認するミシェル。多少寝乱れてはいるものの、なんの形跡もないことにがっくり肩を落とした。
「私って、そんっなに魅力がないのかしら」
ミシェルの沈んだ声に思わず吹き出すアスター。
「お、お兄様!?聞いてたの!?」
真っ赤になるミシェルにアスターはそっと口付けた。
「い、いま、キス、した?」
ますますパニックになるミシェル。
「キスしちゃ駄目だった?」
「だ、ダメじゃないけど、は、初めてだったから」
自分のベッドの中に下着姿で居座る可愛い侵入者。ああ、もうどうしてやろうか。
「愛してるよ、ミシェル」
アスターはとりあえず二度目のキスのあとで考えることにした。
おしまい
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