第四十話『追悼』
ゆっくりと倒れているレイドに駆け寄る。
死ぬ直前まで恐怖に支配されていたと分かるほどに表情が歪んでおり、目の下には涙の跡がある。
そして……脇腹が食いちぎられて、えぐれた箇所から腸が外に飛び出していた。
「……ぉぇっ……」
その場から2歩、3歩下がり、俺は吐き気に耐えられず膝を着いて胃の中の物を吐き出してしまう。
狼やゴブリンなどの死体は何度も見てきたが、人間は今回で2度目。
1度目は遠目で視認しただけだったから、まだショックは小さかったが、今回は至近距離。それに知らない他人ではなく、知り合い。
そのショックの差は比べようもない。
「……スグル……」
俺は何をすべきなのか分からず、ただそこで血の匂いと口の中に残る吐瀉物の酸味を感じながらうずくまることしか出来なかった。
◆◇◆◇◆◇
その後、戦闘の音を聞いて駆けつけてきた人達によって他の死体の発見が行われ、俺は一旦宿屋に戻って休むように促された。
そして後日、俺は状況説明のためにギルドマスターであるハンスに呼び出されたのだが……
正直……今の気持ちに整理がついていない。例えば俺が早めに散歩に出ていたとしたら助けられたのだろうか?というたらればが頭を埋め尽くす。
そんなこと考えても仕方ないと言うのに。
……たった2日や3日遊んだだけの関係……俺とレイドはそんな関係でしか無かったはずだ。
それなのに何故……俺の心はこんなにも締め付けられているのだろうか。
そんなことを考えながら、ギルドの待合室で待機していると扉がガチャリと開き、そこからハンスが現れた。
「来たか、ってなんだその面は。隈もすげぇし、さてはお前眠れてねぇな?」
「……はい……目を閉じても瞼の裏に昨日の光景が蘇ってきて。」
「……まぁいい。とりあえずギルドマスターとしてお前に伝えることがある。…………ありがとう。お前が居なかったらもっと被害が出てたかもしれない。」
感謝の言葉……いつもなら嬉しいはずなのに。何故か今回は何も感じない。
「感謝の言葉はこれで終わりだ。後で特別報酬も出しとく。とりあえず今は昨日の状況説明してもらうぞ。そんな状態で言わせるのもアレだが。必要な事だからな。」
「……分かりました。僕があの魔物と出会ったのは━━━━って感じです。」
「……なるほど。魔石が刺さった魔物に、魔力を乱す能力か。やはり【異形】は確定で特殊な能力を持っていると見て間違いないだろうな。」
俺の耳がピクリとハンスの言葉に反応する。
「……異形?」
「あぁ、異形っていうのはお前が戦った魔物のように体に魔石が突き刺さっている未確認の魔物の事だ。ヤツらを総括して異形って呼ぶことになった。他に気になることでもあるか?」
「……いえ、特に。」
話が終わると部屋の中がしーんと静まり返る。空気が次第に重くなっていくのを見かねたハンスが口を開く。
「……お前さ、死体を見たのは初めてか?」
「……いや、2回目ですね。とはいえ知り合いの死体を見たのはこれが初めてです……」
「……なるほどな。……ならお前、死ってもんにあんまり現実感持ってなかったんじゃねぇか?」
「えっ?」
ハンスの言葉に俺は目を見開く。
「周りの人間が死ぬなんて確かに最初は信じられないし、信じたくないだろうな。……だがこの世界、誰だって死ぬ。老若男女平等に死は訪れる。……そして、誰もが理想的な死を得られるとは限らない。そんな幸せな世界じゃない。」
……そんなこと……いや、そうか。……考えてみれば確かに、俺はこの世界を少し甘く見ていたのかもしれない。ファンタジーが素敵なものであると心のどこかで思っていたんだ。
自分の知り合いは死なない……そんな甘い話があるはずはない。
誰だって死にうるし、例外はない。そんな世界なんだ。
「とりあえずこの後、亡くなった者たちの葬式がある。もし、お前がアイツに少しでも思い入れがあるなら必ず来い。」
ハンスはそう言い残して、部屋から出ていった。俺は部屋の中でゆっくりとハンスの言葉を考えるのだった。
◆◇◆◇◆◇
その後、レイドを含めた市民や門番、計13名の葬式が始まった。
参列者は皆、悲愴な面持ちで涙を流している者も少なくはなかった。
そんな状況でも皆一様に手を合わせて、死者のために祈りを捧げている。
もちろん俺も参列し、祈りを捧げた。
目を閉じて胸の前で手を合わせ、祈る。
死者の魂が安らかに逝けることを願って。
「…………あっ。」
葬式の途中で死者を弔いに来たシスター達を見つけたが、かける言葉が見つからなかった。
この場の誰よりも酷い顔をしていたから、一日中泣き腫らしたのが分かるほど……あの明るさが消え失せるほど、陰鬱な雰囲気を纏っていたから。
そっとしておこう。今話しかけに行っても、お互いに良い気分にはならない。
……大丈夫。きっと彼女らならレイドの死も乗り越えられるだろう。そう、漠然とした期待を胸に抱く。
そして葬式は夜まで執り行われ、遺体の火葬が済むと関係者以外は各々解散することとなった。俺は宿屋に戻り、ベッドに座りながら静かに考え込んでいた。
「……ふぅぅぅ……切り替えろ、俺……」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。
俺がいくら悔やんでも死んだ人達が帰ってくる訳じゃない。
ここで一旦区切りをつけよう。これ以上悲しむ必要はどこにもない。
「……よし。」
俺は次の日、朝早くから馬車を借りて街を飛び出した。
『もう大丈夫なのかい?』
「大丈夫じゃねぇよ。……ただ、考えを改めたんだ。」
レイドの分を背負って生きるなんて言うつもりは無い。その役割はシスターやウル達が担うべきだ。
なら俺がやるべき事は忘れないこと。レイドの存在を覚えておくこと。
レイドの死を忘れて、生きるのはきっと楽だろうけど、それはきっと俺のためにならない。
だからこそ、俺が死ぬその日までアイツのことを覚えててやるのがきっと弔いになるはずだ。少なくとも俺はそう判断した。
「…………長かったなぁ。」
馬車の窓からバルドの街を眺める。二週間、たった二週間だが俺にとって今までどの二週間よりも長く感じた。
次第に遠ざかっていく街を見ながら、そんなことを思うのであった。
1年に一度は墓参りに行こう。
レイドのことを決して忘れない為に。
《第3幕 終》
払拭しきれない思いはあれど、前を向くことを決意した傑。レイドの存在は彼を覚えているものがこの世を去るまで世界に残り続けるだろう。
次回へ続く




