第二話『スライム』
ハモった……いや、誰と?イフの声じゃない、ということは、消去法で候補は確定してしまうのだが、
「イフ……この世界のスライムって、人の言葉を喋るんだな」
『そんなわけない。これは君の能力だ』
「えっ、俺の?そんなんあったっけ?」
『君には魔法以外にも私が与えた能力があるだろう?君の足りない知能でよーく思い出してみて』
イフに言われるがままに俺はイフと出会ってからここに至るまでの記憶を辿っていく。
魔法のインパクトが強すぎて、ド忘れしてしまったが、確かにもう一つ貰っていたはずだ。
この状況に合わせて、俺が欲しがりそうな力……あっ、
「言葉を理解する力、かぁ」
イフから貰ったこの世界を生き抜くための最重要スキル。まさか、適用範囲が魔物にまで及ぶとは思わなかったが、これなら生き延びれるかもしれない。
「……おーい、スライムくん」
俺の呼びかけに丸っこい体をビクッと震わせて、少し距離を置くスライムくん。
「も、もしかして僕に話しかけてたりする?えっ、な、なんで人間が僕と話せるの?」
明らかに怯えたような、震えた声で話すスライムくん、いや、スライムちゃんか?中性的だからよく分からんが、とりあえず警戒心をほぐそう。
「特殊な事情があって、俺はどんな生物とでも会話ができるんだ。だから、君と喋れる。理解できたか?」
「いや、どんな事情があったら、僕と会話出来るようになるわけ?しかも、なんで地面に突っ伏してるの?色々とツッコミどころ多いんだけど」
「これには川よりも浅く、砂場のお城よりも低い複雑な事情があるんだ。まず、この話は俺が生まれた頃に遡る、あれは俺がまだ赤ん坊だった頃――」
俺は即興で思いついた言葉の数々を、口から垂れ流し、魔力が回復するまでの時間稼ぎをする。
今のところは、無害な存在であるこのスライムが、いつ俺に牙を向けてくるか分からないからな。
「――だから、この世界っての実は象と亀が支えてるってわけなんだ。ここテストに出るから、覚えときなさい」
「あっ、うん。後半なに言ってるのか、ほぼ分からなかったけど、頑張って覚えとくよ……じゃ、僕はここから離れるから」
そう言って、スライムくんは徐々に俺から離れていく。
どうやら、俺のことを話が通じない系のヤバい奴だと思ってくれたらしい。
俺の作戦とは少しズレたが、結果良ければ全て良し。あとは、魔物が来ない事を祈って魔力が回復するまで待てばいい。
と、ホッと胸を撫で下ろした俺であったが、去りゆくスライムくんの背?を見ているうちに、とある考えが天から降ってきた。
――道が分からない今、ここに住んでいる魔物に道案内させたら、もっと早くこの森から出られるのではないか、と。
「あー!ちょっ、ちょっと待ってくださァい!行かないでくださァい!」
そう思った俺の行動は早かった、声を張り上げて、スライムくんの動きを止める。
恐る恐る振り返る仕草から、俺の事を完全に警戒しているのが読み取れる。説得するなら、もう少し信用を稼いでおくべきだった。
「えっ、なに?まだなにかあるの?」
「あります!こんな体制で話すのも非常に無礼と承知した上で、貴方様に頼み事があるのですが……実は俺、迷子なんです!助けてください!」
恥も外聞もゴミ箱に捨てて、俺はスライムに本気で助けを乞うた。
行動に移して、「なにやってんだ俺」と思ったが、やってしまったモノは仕方ない。このまま説得するしかない。
『アハハハハッ!ヒィ、お腹痛いっ!……ふぅ、君は一々面白いことをするね。プライドというものが何一つない』
俺の行動によって、女神の爆笑を誘えたようなので、一言。――プライドは浜で死にました。
「……君、迷子なの?いや、仮にそうだとしても、僕に君を助けるメリットがなくない?」
「何を言うか!人助けってのはメリット・デメリットを考えてやるものじゃないだろうが!困ってる人を助けるのは当然のことだろッ!」
「そ、そうかも?」
俺の暴論に若干騙されかけているスライムくんを見て、俺は気づいた。このスライム、チョロい!
「そうなんだよ!だから、ここは自分の良心を信じてこの哀れな俺を救ってやってください!」
俺はいつの間にか、動かせるようになっていた体を立ち上がらせると、流れるように頭を下げて、手をスライムくんの前に差し出した。
手を握ってくれたら合意、握ってくれなかったら燃やしてやる。
『うわぁ、クズだねぇ』
イフから小言が飛んでくるが、そんなの知ったこっちゃない。クズ上等よぉ!
「……なんか君を見捨てたらやられそうな未来が見えたよ。――分かった。じゃあ、僕が森から出してあげるから、大人しく後ろに着いてきてね」
差し出した手にスライムくんはひんやりと冷たい体を押し付けてくる。
そういえばスライムに手なんてないから、握るとか出来なかったわ。まぁ、合意してくれたことに変わりないし、気にしないことにしよう。
俺は先導するスライムくんの後ろをRPGの仲間がごとくへばりついて歩く。
位置が逆な気がするが、まぁ、いいだろう。
◆◇◆◇◆◇
「ぜぇ、はぁ……な、なぁ、スライムくんよっ……人間はそんなに無尽蔵の体力があるわけじゃねぇんだ。休憩……休憩を所望しますっ」
最初は意気揚々と歩いていた俺も、今では息を切らして、生まれたての子鹿のように足を震わしている。
ハッキリ言って、俺は森というものを甘く見ていた。
「まだ歩き初めて2時間程度だよ?こんなんじゃあこの森出るまでに死んじゃうよ」
スライムくんの言葉に俺は失笑する。
こんなところで死ぬわけあるか、まだ序盤も序盤……いざとなったら魔法で応戦すればいい。
などと高を括っていると、イフの声が木霊する。
『まぁ死ぬだろうね。このスライムが他と比べて無害ってだけで、他の魔物は話をする間もなくこっちを殺しにくるだろうし、この森に長く留まるのは得策じゃない』
イフからの厳しい意見が俺のメンタルを抉る。
つまり……ひたすら歩くしかねぇってことですか。……陰キャ学生に長時間、草木が生い茂る森の中を歩かせるとか酷いと思うんですけどねぇ……。
「でもこんな歩きっぱなしだと森出る前に脱水症状で倒れると思うんだけど、そこらへんなんか考えあるんすか?」
「まぁ、その時は僕の体の一部をあげるから問題ないよ」
「……体の一部を……あげる?」
スライムくんの言葉を反芻するが、まるで理解出来ず、俺の脳内は疑問符で埋めつくされた。
このスライム一体何を言っておるんだ?……あげる?……体の一部を?
『ふふん……よく分かってなさそうな無知な君のために教えてあげようじゃないか。まず、このスライムは"水粘性体"と呼ばれる個体で体の全てが水で構成されているんだよ。ついでにスライムについて大まかに説明してあげよう』
「お願いしまーす!」
俺の脳内に、メガネを装着したであろうイフの姿が流れ、意気揚々と魔物講座のお時間が始まった。
【スライムの解説】
・種族名:粘生体
・体の中心に赤い塊があり、その塊を破壊すると撃破することが可能となる。
・様々な場所に生息しており、周りの環境に適応し、姿を変えるので多くの派生種がいる。
・魔力を含んだものを好物とする。
中には大量の魔力を取り込むことで既存の姿や性質から変化する個体もいる。
これらの現象は【進化】と呼称されている。
また、他の魔物でも進化は確認されている。
「つまりスライムくんの体の一部を飲み込めば水分補給になるってこと?」
「『そういうこと』」
全く別の空間にいるはずのにイフとスライムくんのセリフがハモる。
鼓膜から入ってくる音と脳内で響く音が合わさって、大変不思議な感覚を得られる。
にしても便利やね。って言ってもさすがにスライムの一部を飲み込むのは現代日本で生活していた俺にとっては忌避感があるというか、なんかヤダなぁ。
「にしても進化か〜、ロマンあるね〜。スライムくんは進化しないの?」
「そう簡単に進化できてたら苦労してないよ。大量の魔力を取り込むって他の魔物を殺して生命ごと魔力を喰らったりしないとできないからね」
なるほど、要するに強くなりたければ喰らえってことだな。やはり地上最強の教えはどの世界でも通づるようだ。
「って歩くペースが下がってるよ!僕よりも身体大きいんだから気合い出して!」
俺は根性論をぶん投げてくるスライムくんに怒りを覚えながら日が沈むまでただひたすらに歩くが、
「あ、足がっ……もう……ダメぽっ……」
運動不足の体にこれ以上運動を強いるのは厳しいらしい。このまま歩き続けることも出来なくはないが、死亡リスクが高そうだ。
「まぁ、そろそろ日も暮れるし休憩しよっか。じゃぁちょっと乾いてる枝とか持ってきてよ。それ火種にするから。」
最後の力を振り絞り、スライムくんの指示を遂行する。やることは至ってシンプル、周囲に落ちてる木の枝をかき集めて、一箇所に纏める。
そして、魔力が切れないように意識しながら魔法で点火。乾いた物を厳選したからか、よく燃えている。
そして轟々と燃え盛る焚き火の前に座り込み、念願の休息を取る。
「これで火を確保、水はスライムくんがいるから問題なし。となると食料が欲しいな」
今いる場所は森の中。となるとキノコやら木の実が候補として上がるか。そこら辺探し回ったら見つかるだろうし、食料問題は解決かな。恵みの大地ありがたやー。
と、自然に対して感謝しているとスライムくんが俺を絶望の淵へと追いやる言葉を口にする。
「言っとくけど、ここら辺の植物や木の実はだいたい毒あるよ。僕は大丈夫だけど、人間が食べたらお腹壊すんじゃない?」
う、嘘だろ……さっきから空腹で腹が鳴っているっていうのに……
「……さっさとこの森から脱出するぞっ!!飯がないなんて耐えられん!」
絶対に森から脱出してやると、俺が前より一層深く森から出る決意を固めたその時、イフが不穏な言葉を口にする。
『……にしても珍しいね』
「ん?何が?」
『本来ならこの森には多くの魔物が生息してる。にも関わらず、君はまだスライム一匹としか遭遇してない。はっきり言って異常だよ』
「俺の運が良い……って訳でもなさそうだな。その口ぶり的に。ということは――」
「さっきから君は誰と話してるの?」
イフと会話している俺を怪訝そうな顔で見つめるスライムくん。スライムに顔は無いけど、怪訝そうな顔をしているように見える。
そういえばスライムくんにイフのこと言ってなかったな。……まぁ、神と交信してるなんて言っても信じないだろうし、適当に返すか。
「気にすんな。俺は頭がおかしいんだ」
「な、なるほど?」
俺の発言にスライムくんが引いている様子。距離も若干離れてるし、そういうことされるとすごいメンタルにくるね。
っていうか、今はそんなことよりイフの言葉について考える必要がある。
幸い、この森の有識者がすぐそばにいるので聞いてみるとしよう。
「ねぇねぇスライムくん、ちょっと質問があるんだけどさー、この森って魔物が多いって聞いたんだけど、俺らが歩いてる最中に魔物って会ってないじゃん?これって有り得ることなの?」
「うーん、まぁ確率的にないことは無いけど、普通は無いね。考えられる可能性としては僕らが疲れるのを待ってるとかじゃない?」
「えっ、まじ?魔物ってそんなに賢いの?」
てっきり「オデ、敵コロス」って感じの頭悪いやつしか居ないと思ってた。
なるほどぉ、策を立てられる程の頭脳があるなら俺たちの近くに潜んでてもおかしくな……ん?
「思っている以上に魔物は賢いからね。でも、ここら辺で積極的に他生物に襲いかかってきそうなのは一種類くらいしかいないから、運が悪くなければ大丈夫。他のは、こっちを見ても襲いかからず様子見するだけだから」
「――そ、そうなんだ……ちょっと聞きたいんだけどさ、その一種類って、白い毛並みで、四足歩行の牙が鋭そうなしっぽとか生えてる系の獣?」
「そうそう!教えてないのによく分かったね!」
「ところでスライムくん……アレってその魔物だったりする?」
俺はスライムくんの背中側にある大木、その後ろに向かって指を指す。
俺の視線、そして指で差した先にいたのは白い毛並みで四足歩行、ギラギラと目を光らせ、こちらを見据える獣。たまに開く口からは鋭い牙が見え隠れする。
言うなれば人相を極限まで悪くした狼。
スライムくんもヤツの存在を認識したようで、数秒の沈黙を経て、半ば絶望気味に声を出す。
「うん……その魔物で合ってるよ」
「そっかぁ。なぁ、イフ……アレと対話出来ると思う?」
『まぁ、無理だね。殺人鬼と対面した時、会話でなんとかなると思うかい?』
「……そっかァ」
確認を終えた俺は黙々と火の始末を行い、スライムくんを肩に乗せて、狼(仮)とは反対方面を向く。
「よーし……逃げろぉぉぉぉおおおおお!!!!!」
運悪く魔物に狙われてしまった傑たち。謎の獣の魔の手から無事に逃れることができるのか!傑の活躍にご注目ください!!
次回へ続く




