1AB おれたちの夏(たたかい)はこれからだ 12
皆が鉄扇と遠眼鏡を手に取ってみる。これそのものがお宝じゃないとすれば何が隠されているのかと首をひねっている。
鉄扇を広げると描かれているのは片面が「月に叢雲」、中央の満月に細くたなびく雲が群がっている。裏面が「花に風」、こちらは風に舞う桜の花びらの絵だ。「月に叢雲、花に風」は風流の邪魔、好事魔多しのたとえでいい意味の言葉ではない。
そしてもう一つの遠眼鏡。こちらは二段の筒状で伸縮させてピントを合わせる。漆塗りの筒の中に磨かれた銀メッキの筒が二重に仕込まれている。
「これ自体がお宝でないとしたら何か仕掛けが……喜四さん、分かるか?」
「いや皆目だな。両方合わせて何かになるということは何となく分かるんだが」
そこまで分かればあとは時間の問題だな。答え合わせといこう。
まず遠眼鏡を分解する。これは掃除や修理のための普通の手順だ。リング状の縁金を外すと一段目の漆塗りと二段目の銀メッキの筒が別れる。
そしてその鏡面の筒を鉄扇の満月の上に立てて置く。満月の円と筒はぴたりと重なり、その鏡面には叢雲が「文字」になって映り込んでいる。
「こいつは……そんな細工になっていやがるのか」
「確かにおどろき桃の木ってやつだな。しかし何て書いてあるのかまでは読めんな」
そこに浮かび上がる文字は私がコピーして現代文に清書しておいた。
『円の面積を求めるのに使う円理(円周率)の解法を秘伝とする算術家も多いが、そのせいで算術の発展を妨げていることは明白だ。しかし世の中に広く用いられるためには誰でも分かる簡単なものでなくてはならない。そこで私は355を113で割ったものを近似値に替えることを提唱する』
江戸時代の一般に使われていた円周率は3.16だ。必須だったはずの大工ですらそれが「常識」になっていた。対して355÷113は3.1415929……、本物とは小数点以下6桁めまでは同じだ。当時なら画期的だっただろう。そしてこれなら分かりやすく庶民にも浸透しやすいはずだ。
しかしそれを妨げたのはやはり「常識」の壁だったのだろう。変えるには長い時間をかけるか明治維新のような暴力しかない。太陰暦を太陽暦に無理矢理変えさせたような。
だがそれを現代の人間が笑えるわけもない。小学校の算数で「ほぼ3」が円周率と刷り込まれた時代もあったしな。「常識」とはそれほどに怖ろしい猛毒なのだよ。覚えておきたまえ諸君。




