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目覚ましがなる5分前に目が覚めた。簡単に朝食を済ませ、素早く仕事の準備をする。
(在宅勤務は楽で良い。化粧もしなくていいし。)
仕事の合間合間に時計を見る。冬花は夕方になるのを待ち遠しく思っていることには自分で気づいてはいない。
仕事を終えた連絡を会社にすると、素早く公園にいく準備をする。日焼け止めだけ塗り、マスクをする。そして、取引先からもらったマドレーヌやワッフルを袋に詰めた。
(コンビニでお茶でも買って、食べながら話そう。)
予定よりだいぶ早くに着くことも気にしないで、早々に公園に向かった。
公園には誰もおらず、閑散としていた。
(コロナ禍だからなのか。それとも、この公園はもともと人が集まらない場所なのか。)
そんなことを考えながら公園で時間をつぶす。
(よく考えてみれば、昨日の約束って有効なのか?一方的にしただけだから、来ない可能性も十分にあるじゃん。いや、むしろ来ない可能性の方が高い。)
待つ時間が長くなるにつれ、そんな考えの方が大きくなる。
(携帯とか持ってるのかな。いや、持ってないよな。あー。連絡が取れないって不便だ。)
じっとしていられなくなり、公園の周りをぐるっと一周しようと出口に向かう。すると、向こうから走ってくる少女の姿が朧げに見える。
思わず笑みがこぼれる。さっきまでの不安やら考えが吹き飛び、年甲斐にもなく跳ねながら大きく手を振る。
「ご、ごめんなさい。冬花さん。待たせてしまいましたか?」
息を乱しながら走って公園に入ってきて夏空は、昨日よりも年相応に見えた。14歳の少女だった。
「全然待ってない!今来たところよ。無理矢理約束しちゃってごめんね。あ、あっちで座ってお菓子でも食べよ!」
「おかし・・・。」
「そうそう。貰い物なんだけど1人じゃ食べきれなくてさ。食べてくれたら助かるんだけど。」
ベンチに座り夏空にマドレーヌと無糖の紅茶を渡す。
「あ、あの。お金とか持ってなくて・・・。」
「お金なんていらないって!さっきも言ったけど食べて欲しいの!紅茶は飲めるかな?お茶よりもこっちの方が合うかなって思ったんだけど。もし飲めなかったら自販機でジュース買おうね。大丈夫!わたしお金はちゃんと稼いでるから!!」
困った顔をしながら、受け取るのを戸惑っている夏空を押し切るように冬花が言う。
「じゃ、じゃあ、いただきます。ありがとうございます。」
夏空は戸惑いながらもマドレーヌの袋を開け、パクっと小さな一口で食べる。
「おいしい。」
目を大きく開けながら、もぐもぐと味わいながら食べる夏空はやはり14歳の少女だった。
「あの、すごく美味しいです。初めて食べたかもです。こんな美味しいお菓子。」
少しはにかみながら冬花に大袈裟とも思える感想を伝える夏空をみた冬花は、つられてはにかんだ。
初めてみた夏空の笑顔はとても可愛らしく綺麗だった。冬花の胸の奥がキュッとなる。
(笑ってくれることがすごく嬉しい。もっと笑って欲しい。)
微笑みながら食べる夏空を見ると、夏空はまた困った表情を浮かべた。
(あ、何話せばいいかわからなくて困ってるんだ。)
表情の理由を素早く読みとり会話をリードする。
「んーとさ。もし話したくなかったり嫌だったりしたらすぐ言ってね。あ、聞きたいこととかあったらいつでも聞いて。」
「・・・。」
「夏空は、学校で嫌なことされてると思うんだけどさ、なんでされてるの??」
「・・・。たぶん、私が施設育ちっていうのと、言い返したりしないからかな。」
「いつから?」
「中1の頃から。最初はイジリって感じで、だんだんエスカレートしてきた。」
「言い返したりはしないの?」
「・・・。できない。頭の中では何度も言い返してる。でも目の前にすると声が出ないの。自分でも情けないくらいに怯えてしまうの。」
夏空が俯く。そんな顔をさせてしまったことを後悔すると同時に、なんとかいじめを解決したいと考える。
「施設はどんな感じ?」
「普通。優しいよ。これ以上迷惑かけたくない。はやく施設から出て、働いて、自立したい。」
夏空は俯いたまま、靴で砂いじりをする。涙を隠している夏空をみて、心が苦しくなる。
「冬花さんは、どうしてそんなこと聞くの?」
夏空は小さい声で恐る恐る初めて質問をする。
冬花は困った。なんて言えばいいのか分からないからだ。
少しの沈黙の後、頭で考えるより先に言葉が出た。
「夏空を養子縁組で引き取りたい。」
夏空は驚き、顔をあげて冬花をみた。
冬花も自分自身の言葉に驚いた。
しかし、驚きの表情を素早く隠し、見つめる夏空に優しく微笑んだ。
心地の良い風がふいた。風は2人を包み込んでいるようだった。




