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六、最強の剣(一)

 そもそもの切っ掛けは、外憂に対抗するために国を一つにする、という大義である。

 それが軍派と皇派の対立を煽り、小規模ながら武力衝突も繰り返されることとなった。だが同時に、その衝突が大規模なものに発展しなかったのもまた、外憂不安からお互い無駄な消耗を嫌ったためでもあった。

 その情勢が変わろうとしていた。

 この頃、皇家、軍部共に、南方タルマ帝国が百を超える大戦艦隊が完成に近づきつつあるという情報を手に入れた(とはいえ、現代の尺度からすれば悠長なもので、完成まではあと三年程度という情報だったようだ)。

 現代に生きる我々は、当時の我が国の文明度や技術力が外国諸国よりも一世紀から二世紀程も進んでいたと言う事実を知っている。だが、当時の彼らにそのような発想はない。

 当時の南方からの貿易船は最新鋭のものだったが、我が国は遠方へ送り出す帰ってくる保証も無い船が最新のものとは思ってもみなかったし、南方の商人達から見れば、彼らの船に比べて小型の我が国の船舶が、彼らのものと比較すれば圧倒的な速力、戦力を持っていることなど知る由も無かった。

 言語の違いもまた、正しい情報の認識を妨げていた一因ではあるだろう。

 ともあれ、知らぬことで、百という数はただひたすらに脅威であったことだろう。そして脅威はそれに対抗するための行動を後押しする。

 ――時流は変化に向けて徐々に加速してゆく。


 護国軍側が皇派との大規模な衝突を予測する中で、最も脅威になるであろう人物がいた。

 この四十年ほど前に一度だけあった皇軍と護国軍の比較的大規模な衝突、その時に劣勢の皇軍をただ一人で救ったとされる男、マドベ・シントウである。

 この時、当時の平均寿命を超える齢六十を間近にしてなお、未だ比肩する者無し、と言われていた。

「その力量、俺が直接確かめたい」

 その言は、ヨシュウであった。定例軍議の席上である。

 参加者はそれなりの地位、立場の者。それに相応しい発言であるかは疑問符が付く。しかし、相手は生きる伝説である。その力量を見誤り実戦で不覚を取らぬ為にも情報は欲しかった。それができる相応の実力者となれば限られてくる。そういう意味では、この場では新参のヨシュウが発言したことは尤もであった。

 結果、ヨシュウはマドベが道場を構える、皇都の東カムト郡、その中心地カムトへ向かうこととなった。――マドベを恐れる者、ヨシュウを恐れる者、ヨシュウをやっかむ者。賛成した者達の思惑はそれぞれであったが。


 三日後。ヨシュウは馬上からカムトを望んでいた。山の脇を拓いた、木々の間を通る道は終わりを告げ、眼下には見晴らしの良い平地が広がる。山際から離れる道はしばらく行くとその両側に田圃を抱え、緩く曲がりながらカムトの町並みへ続いている。

 準備に一日。馬を急かし二日。ゴサイからカムトまで踏み固められた道が通っていたとはいえ、かなりの急行軍。こうと決めたら行動が早いヨシュウである。

 こうしてやや高みから望めば、町の端の方に一際立派な建物が目に付く。あれが目的の道場に違いなかった。

 だが――。

 町に入ったヨシュウは、まずは腹ごしらえとばかりに目に付いた食堂へ向かった。幸い、入り口前の庭には馬繋の杭が並んでいる。

 カムトは今も昔も米どころである。カムトの米農家は、皇に献上する米を作っているのは自分達だと誇りを持ち、熱心に仕事に励む。今でもカムトの人間は「北の米は甘すぎていかん」と豪語する、という話があるくらいである。この頃に南が皇派で北が軍派だったのは米のせいだ、などという冗談もあるが、元を辿っていけば案外冗談とも言い切れぬのかも知れない。

 ともあれ、それだけ情熱を持って育てられた米は、事実、質が良い。その米を更に美味く喰らおうと、付け合わせも熱心に開発されたものだから、カムトの飯は美味く無いはずがない。

 ついでに言うなら、カムトは酒も“きりり”と美味い。――だが、ヨシュウは酒は嗜まなかった。それは一人の男の破滅が影響しているのかも知れなかった。

 飯の美味さに満足したヨシュウはそのまま真っ直ぐ宿を取り、宿の食事にも満足して、翌朝大いに寝過ごした、と伝えられている。


「マドベ師直々のご教授いただきたい」

 翌夕、道場を訪れたヨシュウの第一声に、道場は一瞬で剣呑な雰囲気につつまれた。

 空の端に宵の気配が迫る時刻、道場に人は少ない。正面上座に姿勢良く座る老人、老人とは言ってもその白んだ頭髪を除けば壮年と言って良いような雰囲気の男、これが恐らくマドベ本人であろう。

 その両脇に一名ずつ、優男と、図体だけは大きい男。そしてその手前、道場中央を挟み対面し竹刀を構えた若者が二人。その内、マドベと優男を除く三名が、殺気を隠さずヨシュウへ向けた。

「無礼な! 貴様、どこの田舎者だ!」

 ヨシュウから見てマドベの右側に座していた大男がそう喚きながら立ち上がった。

「……師が問うのなら答えましょう。だが、貴方へ答える義理がありますか?」

「ッ!! 貴様ァッ!!」

 安い挑発に激昂し、ヨシュウへ迫ろうとする男。ヨシュウはその動きを視野に入れつつ、奥の二人の様子を窺う。

 マドベは動じず。

 その左の優男は呆れつつも動向を静観する構え。

 ――マドベは弟子に恵まれなかったか。

 一先ずはそう結論する。

 盛況であろう昼間に訪れ有象無象を相手取るのを嫌ったヨシュウだが、遅くまで励む者が雑兵ということは無かろうという目論見もあった。

 その目論見が外れたのか、それとも、先ほどの結論が正しいのか。

「此処は神聖な道場です。言葉ではなく、剣で語りませんか?」

 無警戒に間合いに入ろうとした男に、ヨシュウはそう言い放った。言葉は丁寧だが、その語気には有無を言わさぬ迫力があった。


 離れた位置で向き合う二人。

 それを見るは、マドベと、もう一人脇に控えていた優男。

 若者二人は帰らされた。無礼者の末路を見届けてやろうとしていたが、師に帰れと言われれば帰らざるを得なかった。

 そして。

 血気に逸る大男は中央へ近づくや否や意気揚々と竹刀を構えた。

 対してヨシュウは、マドベに対し一礼。

 男は焦った。師に対して礼を失したと感じたからだ。だが、戦場に於いて敵が無事のまま剣を収めることは降伏と同義である、というのが師の教えだ。一度構えた剣を下ろすわけにもいかなかった。

 そんな男を尻目に、ヨシュウは泰然と中央近くへ歩き寄り、構えを取る。

「始め」

 マドベの合図と同時に、男は前へ飛び出した。かくなる上は、この無礼者を叩きのめす。その一念である。

 それでもその打ち下ろす一撃は怒りに任せたものではなく、“それなり”の技倆で振るわれた。

 ヨシュウはそれを、ただ力で受けた。――大男の剣は容易く止められた。

 手加減をしようという気持ちは無かった。マドベに己の力量を隠そうという意図も無かった。――男の“それなり”は、その程度だった。

 そのまま力尽くで男の竹刀を跳ね上げる、と同時に、剣先を相手の喉元へ向け、僅かに迫る。

 男は慌てて飛び退いた。

 ヨシュウは追わない。

 力の差は明白。男が冷静であったなら、ここで負けを認めただろうか。

 だが男は、攻めに転じた。

 ヨシュウから見て左へ踏み込む。そのまま竹刀を横から振り始める動き。ヨシュウの左手外側から斬撃が来る形。

 そこで男は、身体を逆方向へ捻るように回転させた。

 竹刀は男の背中側に大きく弧を描き、ヨシュウの右手側から飛んでくる。

 ヨシュウはそれを避けるまでもなく竹刀で受けた。

 男は再び飛び退き距離を取る。

 ――この男は、何がしたかったのだ?

 ヨシュウは困惑した。何かをしてくる、と警戒したところへ、全く脅威とならない曲芸めいた一撃。ただ呆気にとられた、と言ってもいい。

 そのヨシュウの様子を見て、男はヨシュウが驚愕したと解釈した。何故なら、“その男にとっては”今の一撃はマドベの代名詞とも言える『円刃』であったからだ。今の一撃を防げたのも、偶然であったと見た。

 だから、男は畳み掛けた。先ほどとは逆へ踏み込み、そして身体を回転させて、ヨシュウに背中を向けた。

 ヨシュウはその瞬間、背中をただ強かに打ち付けた。胴着の上からの打撃にも拘わらず、パァン! と破裂するような音が道場中に響く。

 男は背中に走った激痛に、思わず竹刀を手放した。竹刀は遠心力のまま明後日の方向へ一直線に飛び、壁と床にぶつかり、耳障りな音を立てた。

 男は堪らず床に転げ、声も上げられずに悶えている。

「……お相手いたそう」

 マドベが、静かに口を開いた。


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