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第30話 魔物の涙

「そうかティナ、カインの妻になったのか。それは良かった」


俺はティナを妻にしたことを、義父にあたるガイルに報告しに未開の土地の集落にティナとともに来ていた。


「ええ、父さん。私から妻にするよう決闘を申し込んで負けたんだけどね。お情けでカインから求婚してもらったの」


「そんなんじゃないよ、ティナ。俺は君に惹かれていた。俺の妻にしたいと思ったのは本心からだ」


「えへへ、ありがとうカイン」


「とにかくティナをもらってくれてありがとうカイン。孫の顔が楽しみだな」


「父さん、気が早いよ!」


「はっはっは、ティナよ。恥ずかしがることはない。頑張って産めよ増やせよ」


ティナ親子が盛り上がっている。それを俺は温かい目で見守っていた。


「ところでヒュドラがいなくなってからどうです?生活は変わりましたか?」


「ああ、獲物を捧げる必要がなくなったから、食糧事情が改善したよ。今までは奴のせいで食うのにぎりぎりだったからな」


「それは良かった。もうこの地は安心ですね。他にはもう凶悪な魔物はいないんですか」


「凶悪と言うか、ヒュドラ並に強い魔物はいるぞ。ただ儂らに危害を加えないだけで」


「魔物なのに人間に危害を加えない?そんな魔物がいるんですか?」


俺には衝撃的だった、人魔王国以外で人間と共存する魔物がいるだなんて。そこに住む魔物兵以外の魔物は、全て問答無用で人間を襲ってくる敵だと思っていたから。


「ああ、儂も初めて見た時に戦いをしかけたが、あっさりと返り討ちにされて殺されると思ったよ。だが、その魔物は言った。戦う気は無い、人間に危害を加えない。だと」


「その魔物はどこにいるんですか?」


「ここから東に行くとヒュドラがいたが、西に行くとその魔物の住み家かある。危害を加えないと言われたが、いつ気が変わるかもしれんからな。狩りをする時も西には近づかないようにしている」


「ガイルさん、俺は魔物は全て人間を襲う敵であり、出会った魔物は全て殺してきました。俺の魔物に対する価値観を覆すその魔物に会ってみたくなりました。外見はどんな魔物ですか?」


「上半身が人間の女で、下半身が蛇の魔物だ。ひどく悲しげな表情をしていたのが印象的だったな」


「そうですか。会いに行ってきます。ティナ、君はここに残っててくれ」


「カイン1人で行くの?ヒュドラの時みたいに妻たちを連れていかないの?」


「討伐するつもりじゃないし話してみたいだけだ。大勢で行って刺激したくない。俺一人で行くよ。大丈夫だ、危険を感じたら転移の魔法ですぐに戻るから」


「わかった、気を付けて」


俺はガイルに言われた通り西に向かって歩き出した。1日では辿り着けず、その日はティナを連れて人魔王国へ戻った。そして3日歩き、目的地に到着した。


「誰?人間なの?」


ガイルに言われた通り、その魔物は上半身が人間の女で、下半身が蛇の魔物だった。人間部分はピンクの長髪でとても美人であった。エキドナに聞いたところ、それはラミアという魔物らしい。


「ああ、人間だ。危害をつもりは無いよ」


俺は両手を上げて敵意が無いことを示しながら近づいた。


「えっ嘘…。ノイッシュ!ノイッシュなのね!」


ラミアはすごい速さで俺に近づき抱きしめた。豊かな胸が押し当てあられる。


「ちょっと待ってくれ、俺はノイッシュじゃない。俺はカインと言う。人違いじゃないか?」


「ノイッシュじゃない…。そっくりだけど違う…」


ラミアは俺を抱きしめるのをやめ、距離を取った。


「ごめんなさい、カイン。私の知っている人間にそっくりだったから…」


「いや、気にしてないよ。そんなにそっくりなのか?ノイッシュと言う人間は」


「ええ、それにあの人と別れたのは20年以上も前だから、別人に決まってるわね」


ラミアは寂しそうな笑顔を見せた。


「紹介が遅れたわね。私はラミア。魔物だから名前は無いわ。ラミアと呼んでね」


「俺はカインだ。急に訪れて驚かせてしまってすまなかった。あなたに興味があって会いに来たんだ」


「私に?なぜ?」


「俺は魔物は全て人間を襲う敵であり、出会った魔物は殺してた。だが義父によると、あなたは人間に危害を加えないと言ったという。俺の魔物に対する価値観を覆すあなたという存在に興味を持ったんだ」


「ええ、私は人間を襲うつもりは無いわ。20年以上前のあの時から、人間を敵とみなすのはやめたの」


「その20年以上前に、なにがあったんだ?」


「昔、北の人間がこの地を侵略しに来たのよ。でもこの地に住む人間が返り討ちにしたわ。その侵略しに来た人間の1人がここへ迷い込んだ。傷だらけの体で」


ラミアは昔話を俺に聞かせた。


「私は魔物だから、その人間を襲おうとした。でもその人間は抵抗しなかった。なぜ抵抗しないのと聞いたらこう答えたわ。おまえのような美人になら殺されても悔いはないって」


ラミアは思い出し笑いをしている。


「私人間にそんなこと言われたの初めてで、思わず笑っちゃったわ。よく見たらかなりの男前で殺す気が失せちゃったの。彼はノイッシュと名乗ったわ」


「そんなことが…」


「ノイッシュは傷だらけで今にも死んでしまいそうだった。回復する手段を持っていない私は、彼が衰弱するのを見守るしかなかった」


「ノイッシュは死んだんですか?」


「ええ。水や果物を与えてしばらくは生きてたけど、傷の悪化が原因で死んでしまったわ。死ぬまでノイッシュはずっと自分の息子のことを心配していた」


「息子?」


「ノイッシュには生まれたばかりの息子がいるんだって言ってたわ。妻は息子を産んですぐに死んでしまったそうなの」


「ノイッシュの息子か、どうなったんだろう」


ラミアは答えない。俺の顔をしばらく見つめると、何かを思い出したようで驚愕の表情を浮かべている。


「どうしたんだ、ラミア?」


「思い出した…。思い出したわ!ノイッシュは言っていた。息子の名前はカインだって!」


「え、それって…」


「カイン、あなたノイッシュの息子なのよ!」


「ちょっと待ってくれ。偶然俺と同じ名前なだけじゃないのか?」


「あなた今何歳?」


「21歳だ」


「父親と母親は?」


「俺は孤児院で育った。両親は知らない」


「顔がそっくり、名前は同じ、年齢も同じくらい…」


「まさか、本当に俺がノイッシュの息子だっていうのか」


「きっとそうよ、ああまさか死んだノイッシュの息子が私に会いに来てくれるなんて!」


ラミアは再び俺を抱きしめた。豊かな胸を押し付けられる。


「こっちに来て。ノイッシュの墓があるの」


俺はラミアに促され後をついていった。そこには錆びた鉄の剣を墓標にした墓があった。


「ここがノイッシュの墓…」


「短い間だったけど、ここで過ごしたノイッシュとの時間は幸せだったわ。私ノイッシュに恋していたのよ。魔物のくせにね」


「そうだったのか…」


「ノイッシュが死んでから、せめて2度と人間を襲うのは止めようと誓ったわ。それが私が人間を襲わない理由よ」


「ラミアの言うことを信じるよ。俺はきっとノイッシュの息子なんだ。両親がどうなったかを知ることができた。ありがとうラミア」


「どういたしまして」


ラミアは悲しそうな笑顔を俺に向けた。その顔はとても美しかった。


「ラミア、この墓とノイッシュの骨を俺に譲ってくれないか。俺の住む城で弔ってあげたいんだ」


「いいわ、私も20年以上ノイッシュの幻影に縛られてここから動けなかった。私も別れを受け入れる時が来たのね」


「ラミアはこれからどうするんだ?」


「何も決めていない。私からノイッシュを取ったら何が残るんだろう?」


「ラミア、俺と一緒に来ないか?」


「えっ?」


「俺はマルディール王国とトライア帝国の中間地点に人魔王国という国を建国した王だ。そこは人間と魔物の兵が共存している。ラミアを俺の国で受け入れたいんだ」


「いいの?私が?」


「ああ、父にかわってお礼がしたい」


「嬉しい。ありがとう、カイン」


ラミアは再び俺に抱きついた。その目に涙を浮かべて。魔物の涙がこんなに美しいなんて、俺は初めて知るのであった。

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