36話
――「凄い量ですね、」
ノックに鍵を開け、佐藤は彼等の姿に目を見張る。
階段の下に物資を下ろし終え、
「俺まだ用事あるんで、」
東条はもう一度扉を出ようとする。
「用事?」
「ズボン欲しいんですよ」
「「「あぁ……」」」
その切なる願いに同情せざるを得ない二人。
「分かった。俺も行こう」
「了解っす。次行くとこちょっとヤバいかもしれない場所なんで、筒香さんもリュックは二つまででお願いします」
「葵獅でいいぞ。何処に行くんだ?」
「八階です。奥のレストラン街にモンスターが屯してるかもしれません。様子見ておきたいし、スポーツ用品店もその階なんすよね」
「分かった。慎重に行こう」
再び中へ入った。
――「……見えます?」
「あぁ、あれはヤバいな」
一番端の階段を下り、徐々に目的地へと近づく二人。以前より強化された彼等の視力は、ずっと奥に見える悍ましい光景を捕えていた。
緑色の身体が蠢き、レストラン街を埋め尽くしている。ここから見えるだけでも、数は優に四十を超えている。
東条は感じていた。その中にヤバいのが複数いる。数は分からないが、恐らく今の自分では勝てない。
「東条、急ごう」
気付けば、握りしめた手が白く変色するほど力を込めていた。葵獅に促され、目についたラックに掛かっている品物を手当たり次第に詰め込む。
距離は充分に開いているが、音を立てないよう最善の注意を払わずにはいられなかった。
――「それじゃぁ、もう一度行ってきます」
戻ってきた東条はスポーティなズボンを履き、又もや中に行こうとする。緊張に休んでいた葵獅は驚きに顔を上げた。
「な、あそこにか?」
「違います違います、今度は十一階です。俺が今日一番やりたかったのは特訓の試運転なんすよ。あの場所から一番遠い所でやりたいし、運が良ければ実験台もいると思うんで」
「なるほど、紗命の言っていたやつか。……興味がある」
「それじゃ、」
「あぁ、」
荷物を手放し軽くなった身体をほぐし、どんな特訓なのかを話し合う二人。
「……アグレッシブな方達だなぁ」
再び嬉々として出ていく彼等を、佐藤は呆れ半分尊敬半分といった目で見送った。
十一階に到着した彼等は、物陰から三匹のゴブリンを見ていた。
「基本スリーマンセルなのか」
「多分そうっすね」
「どうする?」
「俺が殺ります。見てもらった方が早いんで、」
「分かった」
東条は一度深呼吸し、身体中に魔力を循環させる。
「……行きます」
クラウチングの姿勢を取り、眼前を見据えた。
「あぁ、――っ‼」
葵獅は彼の姿を追い、急いで視線をスライドさせる。目の当たりにしたその初速は、凡そ人間の出せる限界値を軽く超えていた。
「――ッハハっ、」
走る上で感じたことのない速さで景色が流れる。
ヒュゴゥッ、と風を切る中、迫るゴブリンが驚きに目を見開き、咄嗟に武器を構えようとするが、
「ッ!?グギぇ――」
遅い。勢いに任せて喉を掻っ切り、そのまま直線上にいる一体に突っ込む。
「グゲェッ‼」「ゲアッ‼」
二体がそれぞれ、正面、右斜め後ろから殴りかかってくる。
跳躍し棍棒を振り被ったゴブリンを前に、武器を持ち替え、走行からステップを踏み投球のフォームに移す、
「フッ‼」
ぶん投げたフライパンが棍棒と衝突、へし折り、ゴブリンの顔面を陥没させた。
すぐに反転。跳躍寸前の三体目をあえて待ち、包丁を右手に持ち替え、漆黒を出し空中で受け止める。と同時に横へ回り込み、脇腹を突き刺し斜め上に切り上げた。
広がっていく血溜まりの上で藻掻く一体を後に、白目を剥いた陥没ゴブリンへと向かう。
牛刀を逆手に持ち、喉に突き刺し止めを刺した。
「ふぅ……」
自分の起こした惨状を前に、軽く息を抜く。
東条が思ったことは一つ、
(……慣れたな)
血の臭いに。
肉を貫く、骨を断つ感触に。
何よりも、生物を殺す恐怖に。
目の前の光景に何も感じないわけではない。
只、敵を殺す昂揚感の方が、何倍もデカい。
うまく戦えた達成感の方が、何倍もデカい。
自分は今ファンタジーの中にいるという歓喜の方が、何倍もデカい。
知らぬ内に変わっていく自分を、しかし彼は快く受け入れ、その光景に背を向けた。
「……途轍もないな」
近づいてくる葵獅が、彼の特訓の成果に舌を巻く。
「あと三十秒が限界ってとこかな。上手くできて良かったですよ」
「動体視力には自信があるんだが……、体感、時速六十前後か?よく身体がついていくな」
「それなんですけど、この魔法使うと、判断、伝達、ブレーキ、身体の機能全てが速さに対応できるようになるんすよ。肉体強化ってより、身体強化の方が合ってますね」
そう、これこそがこの魔法の真価である。
筋力向上に留まらず、五感の強化、果てには細胞の活性化や、神経系統にまで、魔力に見合った影響を及ぼす。
モンスターと戦う上で、必須とも言っていい魔法。
「葵獅さんちょっと俺のこと全力で殴ってみて下さい」
「……大丈夫なんだろうな?」
「えぇ」
両手を広げる東条に狙いを定める。
「ふんッ」
「ぶグっ」
顔面にクリーンヒットした拳はそのまま彼を押し飛ばした。
「いや、顔面て。躊躇なさすぎでしょ」
倒れた先でむくりと起き上がる。
「む、すまん。……凄いな、防護性もあるのか。固い粘土を殴った様だ」
「俺の魔力が葵獅さんの魔力を上回った証拠ですよ。
普段なら今のところ差は筋力で埋められると思いますけど、ここまで開くと傷すら負わせられなくなるんです。
自身の魔力量は、そのまま物理的な鎧と思ってもらって間違いないです」
彼は、これが自衛隊が手こずっていた銃の効かないモンスターの秘密だと考えていた。
要するに、魔力に対抗できるのは魔力しかないのだ。
「紗命の言っていた通り、勉強になることが多いな」
「そうっすか?照れますね」
「……不躾ではあるが、その技、教えてはくれないか?」
「勿論ですよ。てかその為についてきたんじゃないんですか?」
「ハハハっ、そうだな。断られたら見て盗もうと思ってたが、これは無理だ。是非ご教授願う」
頭を下げる葵獅には、格闘家らしい潔さが見て取れる。
「交換と言っちゃなんですけど、俺にも格闘術教えてくれませんかね?ずっと頼もうと思ってたんです」
「勿論だ。ならば今日からは互いに師だ、敬語はいらないぞ?」
「……慣れねーけど、了解」
獰猛に口角を上げる二人。
「おっしゃ。気張ってこうぜ」
「おう」
心の底に戦闘慾を持つ者同士、彼等は互いに通ずるものを感じ合った。
見えぬ敵。
身体強化。
通じ合う二人。
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