3話 寄合が行われたそうです。
国奴たちには自由がない。とはいえ、メガテスで暮らす国奴たちには寄合をする権利が与えられていた。これは、国奴であると同時に街の民として、発展に寄与することも義務として求められているからだ。
上からの指示を受けて行動するだけでは、客商売は上手くできない。時々に起きる問題に対処するにも、現地の者の判断が必要だ。より冒険者や商人に金を落としてもらうため、こうした寄合は定期的に行われていた。
メガテスには235人の国奴がいて、寄合には、各々の店舗の代表者のみが出席することになっている。ネールはまだ十一歳の子供で、本来なら寄合に参加できる年齢ではないが、父が死去してからは、道具屋の代表として参加するようになった。
今回の寄合は夜中に行われた。普段なら就寝する時間だが、日中にダンジョンに異変が起きるという非日常を目のあたりにした国奴たちは、まだ興奮している者も多い。
この場にいない者たちは現在、倒壊を免れた場所に一か所になって体を休めている。
寄合は街長のオルタの家で行われた。オルタはメガテスの国奴たちを束ねる80過ぎの老人だ。
寄合では、ダンジョンとメガテスの今後のことについて話し合われた。
ダンジョンの変異は正午に起こった。同時に発生した地響きで、メガテスの多くの家屋が半壊した。一階の家屋がほとんどだったので死亡者こそいなかったが、大黒柱の下敷きになったメイのように重傷を負った者も多く出た。
ネールの店にあるポーションのすべてをそうした重軽傷者のために放出したので、重傷を負っても一命を取り留めた者が多いが、怪我人の数に対してのポーションの数が少なく、薄めて使用した。そのため、まだ回復しきっていない者もたくさんいる。
街長のオルタが口を開いた。
「衛兵さんがいうには、今回の件は『無の刻』に似ているらしい」
「しかし、『無の刻』は500年周期で起きることなのではないか。なぜ、このタイミングで」
「ダンジョンが見つかってからの年月こそ浅いが、すでに500年近く経っていたのだろう」
『無の刻』はどのダンジョンでも500年周期で見られる現象のことだ。
一度でも発生した場合、ダンジョンに潜ることに対して二つのリスクが生じる。
一つ目はダンジョンに出没するモンスターが不安定になるというリスクだ。
本来、深層にいる強力な魔獣が浅い階層に現れるようになる。
ダンジョンはいくつもの階層が連なってできており、深層に行けば出現する魔獣もそれだけ強力になる。
浅い階層に強力な魔獣が出るということは、死亡率が跳ね上がることも意味する。元々、深層まで潜っている冒険者ならば対処できるが、普段から浅い階層までしか潜れない冒険者たちにとっては、大丈夫だと思っていた場所で、いつ死神が現れるのか、分からなくなる。
二つ目はサドンデスのリスクだ。
これについては本当に死去するのか確かめようがないのだが、ダンジョンに潜っていた者が忽然と消える時がある。今回も、潜っていた冒険者たちは地上に戻ってこなかった。
ダンジョンは活火山に似ている。
活火山が一度噴火したら、しばらくは噴火を続ける。ダンジョンも一度『無の刻』が発生すると、しばらく『無の刻』が続く。
ただし、火山が噴火する前に前兆があるように『無の刻』にも前兆があるそうだが、今回はなかった。ネールはその点について、謎に感じた。
ネールと同じような疑問を抱いた国奴がオルタに言った。
「『無の刻』が発生する10年ほど前から兆候が現れるらしいが、どうして出なかったのだ。これは本当に『無の刻』なのか」
「分からぬ。そのように言い伝えられているが、我々には知識が足りぬ。兆候がない場合もあるのではなかろうか」
「そうだが……兆候が現れないとしたら、いつまで、警戒すればいいのだ」
『無の刻』が起きた場合、三年ほどダンジョンが不安定になると言われている。ただ、不安定な期間中は、ダンジョンが輝き続けるなどのシグナルを出しているそうで、安定しているのか不安定なのかの判断がつきやすい。しかし、メガテスのダンジョンは何のシグナルも出していなかった。
寄合での話し合いは続く。
帰ってこない冒険者たちは無事か。この後、メガテスはどうなるのか。
ネールは黙って彼らの話を聞いていた。
国奴は領主の所有物という立場だ。寄合で改善点などを提案することはできるが、結局のところ決定権はない。今回の事件は自分たちでは手が出せないトラブルだ。
ネールは自分たちの行く末を頭の中で描いた。
おそらくダンジョンは閉鎖されるだろう。
まず、冒険者は『無の刻』のダンジョンに潜らない。
報酬とリスクのバランスが合わないためだ。。
寄合でも最終的には、上の決定を待ち、それに従うという結論で一致した。
「このまま上の決定を待つということで、いいな」
「せっかく住み慣れた街だったが、ここはしばらく誰も寄り付かなくなる。国奴にとっては暮らしやすい場所だったのだが、どこかに引っ越しをすることになるだろう」
「しかし、領主さまは可愛そうなお方だ。この街を作る時にあちこちから莫大な借金をお作りなさった。それをまだ返し終えていないそうではないか」
「領主様には同情するが、仕方のないことだ」
「ああ、違いない。天災のようなものだからな。それにしても、こういう時、国奴という立場でよかったと思うよ」
「路頭に迷う心配がないからな」
国奴の働き場所は領主が定めることになっている。
もちろん先祖代々とスキルを受け継ぐ傾向にあるため、これまでと同じ職業に就くことが多いだろう。ネールはまたどこかの土地でメイと共に道具屋を営むことになると思われる。幼馴染のマリナも両親と共に食堂を開き、アレスも両親と鍛冶屋を開くことだろう。
ただし、全員が同じ場所に移れるかどうかは分からない。
ネールはそのことを不安に思っていた。
マリナと遠く離れた場所に移り住むように指示があった場合、婚約関係も解消となり、新しい伴侶を改めて決められる。
アレスも婚約者であるメイにぞっこんなので、別々の場所に引っ越すことになった場合、ショックでしばらくは何も喉に入らなくなることだろう。
寄合での議題は終わると、雑談が始まった。
ネールの隣にはマリナの母親が座っており、ネールに話しかけてきた。
「ネール君、メイちゃんの容態はどうかしら?」
「ポーションが効いてくれたおかげで、元気になりましたよ」
「それはよかったわ。あと、うちにもポーションありがとうね」
本来、寄合にはマリナの父親が出席するはずだったが、怪我を負い、ポーションを渡した。怪我は完治したが、大事をとってマリナの母親が出席した。
「いえいえ。このような時のために作り溜めしておいてよかったですよ」
「おばちゃん、ポーションなんて使う機会なんてめったになかったから、今回初めて使ったのよ。魔法みたいなのね。旦那の傷がみるみると塞がっていったわ。それに苦くなかったとも言っていたわ。ポーションは苦いものだと聞いていたみたい」
ネールの道具屋のポーションは冒険者たちからも支持されている。味については、もっと飲みやすいポーションがほしいという要望があって、味付けを変えたところ好評で、飲みやすいポーション製作を心がけている。
「ポーションなんて、使う機会なんてないほうがいいんですよ」
使わないにこしたことはない。マリナの母親は同意したように頷いた。
「それにしても、今度はどこに引っ越しになるのかしら。マリナが悲しむから、またネール君と同じ場所に決まるといいわ。おばちゃんも、ネール君なら安心してマリナを任せられるし、義理の息子としても申し分ないからね」
「あ、ありがとうございます」
「どうなるとしても、新天地でも、お互い頑張りましょうね」
「はい。そうですね」
こうして寄合は終わった。
この時、ネールたちは自分たちの行く末について楽観視していたところがあった。ただ、新しい場所に引っ越すだけだろう、と。
自分たちの所有者であり借金を返し終えていない領主に、同情する者もいた。全く、甘かった。
翌日、再び寄合が行われた。ただし、これは緊急として、強制的に集められた寄合だった。その場には昨日はいなかった領主の部下の男がいた。男は言った。
「お前たちを、アルデミン帝国に売ることに決まった」
それを聞いて、ネールたちは固まった。
アルデミン帝国……そこは、国奴の立場が極めて悪く、臓器売買が横行することはもちろん、臓器売買を免れたとしても3年間の生存率がほぼゼロとわれる国だった。