2話 ダンジョンが壊れたそうです。
ネールはマリナに聞いた。マリナは眉を八の字にして、困惑した顔になっている。
「ダンジョンがおかしいって、どういうことだい?」
「ぴかぴか点滅を繰り返しているらしいの」
ダンジョンが点滅しているとはどういうことだろう。
「私もまだ見てないんだけど、すごいことになっているらしいの」
「とりあえず見に行ってみようか」
「うん」
頷くと、道具屋の中からメイが出てきた。
「おにいちゃん、外が騒がしいみたいだけど、何かあったの?」
「なんでもダンジョンに異変があったらしいんだ」
「異変……?」
メイはコテンと首をかしげる。
「今からマリナとダンジョンの様子を見に行ってくるから、メイはお留守番頼むぞ」
「うん。お留守番してるね」
素直に頷いたメイを見て、ネールはマリナと共にダンジョンのある方向に走り出した。
◇◇◇
ダンジョン都市『メガテス』の誕生は、17年前、荒野の果てにある崖部に洞穴型ダンジョンがあると発見されたことが契機となった。
いつどのようにして誕生するのか、等といったダンジョンについて不明なことが多い。
ただし、ダンジョンからは高額で売買できる素材や食材が採れることから、富をもたらすものと認知されていた。ダンジョン都市は、そんなダンジョンの周囲にできる経済圏のことである。
メガテスには一般人も住めるが、主に国奴ばかりが定住している。
国奴は金銭を所有してはいけないという決まりがあるので、国奴が稼いだ金銭はすべて領主のものになる。それゆえ、領主は富を独り占めしようと、国奴ばかりを配置させることにしたのだ。
とはいえ、冒険者や商人などは流通と経済を回すのに必要なため、『お客様』として積極的に呼び込む活動もしている。
この『メガテス』の建築計画には巨大資金が投入された。
元々貧しい領土だったため、領主には資金力はない。だが、恒常的に富をもたらすだろうダンジョンであることは認識していたようで、領主は多大な借金を背負ってまで、メガテスの建設を進めた。
メガテスは荒野にある。治水工事はもちろん、商人や冒険者などを招き入れられる環境にするため、家を作るための木材など、大量に購入した。
この一大事業において、国奴は労働力として強制招集されて、メガテスの建設中に過労によって、何人も死去したらしい。
しかし領主にとって、国奴は計画的に生産できる存在としてみられており、限界まで働かされた。
メガテス建築時に、ネールはまだ生まれてもいなかったが、ネールの父と母は、この時に肉体を酷使したことが原因で、ネールが幼い時に死去したようだ。
体を酷使したツケは何年後かに訪れる場合もある。
なんにせよメガテスは借金や、こうした国奴の犠牲の上に成り立った都市で、領主はあちこちに作った借金をまだ返し切ってはいない状態でもあった。
◇◇◇
ネールたちはメガテスダンジョンの『紅祠』に到着した。
紅祠は直径五メートル程の入り口が、崖の側面にあるだけの洞窟型ダンジョンだ。
たしかにマリナの言っていた通りに、ダンジョンの入り口を中心に、崖の側面に光の波動が放たれるように波打っている。これは明らかに異常事態のように思える。
周囲にはネールたちが駆け付けたように、住民たちが野次馬のごとく、集まってきていた。
国奴の見張り役である衛兵たちは、普段であれば国奴たちを持ち場に戻らせるように、怒鳴り散らしているだろう。しかし、衛兵たちもダンジョンの異常に気に取られているようで、慌てながら走るなどしていた。
「ほら、ダンジョンが変でしょう? 本当にぴかぴかしているね」
「うん、たしかにおかしい」
ダンジョンがおかしいことに納得した。
そんなタイミングで、ゴーンと音がした。ネールとマリナは目を大きく開けて、ダンジョンの入り口を見つめた。
音はダンジョン内から聞こえた。
「な、なに?」
「何かが起きる」
ダンジョンを中心に波打っていた光が途切れ、崖の側面が虹色に輝きだした。
同時に地響きが発生する。激しい地面の揺れに、ネールはその場に立っていることができずに尻もちをついた。マリナも同様に腰を打ち付けていた。周囲にいる人々も同じように、地面に手をついている。
地響きは一向に止まずにどんどん揺れが強くなっていった。
すると、周囲の建物が崩れ始めた。
メガテス内の建築物が崩れていくと同時に、悲鳴も聞こえだす。
ネールは咄嗟に道具屋に残してきたメイのことを心配した。
「マリナ、メイが心配だ。いったん、戻る」
「ちょ、ちょっと……今、動くのは危ないよ」
「なんとか戻る」
地響きが収まらない中、ネールはバランスを取りながら立ち上がり、道具屋に向かって走り出した。
◇◇◇
何度も転びながらも道具屋に向かっている間に、地響きが収まったようだ。
ただ、道具屋に到着したところ、ネールは全身から汗が噴き出るのを感じた。道具屋が半壊していたからだ。
「メイっ!」
「お、おにいちゃん……」
店舗内に入って呼びかけたところ、弱々しいメイの声が聞こえた。探すと、倒れた柱に下敷きになっていた。
「メ、メイ……」
メイの元に駆け寄った。メイは柱に押しつぶされて、ぐてっとしている。
「待っていてくれ」
柱の下に手を入れて、懸命に持ち上げようとする。しかし、びくともしない。
しかし、このまま何もしないわけにはいかない。
メイが死んでしまう。
そんな懸命に持ち上げようとするネールの隣で、柱の下に手を入れる少年がいた。
「あんちゃん、俺も手伝う。持ち上げるぞ」
「アレスか、助かる」
駆け付けたのはアレスという鍛冶屋のせがれだ。
歳は7歳で、メイの婚約者でもある。
ネールはアレスと共に柱を持ち上げた。
「うぎぎぎぎぎぎぎ」
歯を食いしばりながら、柱を持ち上げる。
すると、僅かながらメイと柱の間に隙間ができた。
「今だ、あんちゃん……メイを引っ張り……出して……」
「一人で、大丈夫か?」
「これくらい……大丈夫……さ」
アレスは顔面を真っ赤にしながら、柱を懸命に持ち上げようとしている。大人でも、持ち上げることが困難な重量だ。ネールは手を離すとすぐにメイの腕を掴んだ。
隣からアレスのうめき声が聞こえる。
アレスが限界に到着する前に、急いでメイを引き出した。
直後、ドシンと柱が倒れた。
メイを何とか救助することができた。
しかし、気を失って、ぐったりしている。
ネールは地下への階段を駆け下りて、もしもの時のためにとっておいたポーションを探した。地下室は無事だったが、地響きのためにいくつかのポーションのガラス瓶が割れていた。
ガラス瓶を作るのも、道具屋であるネールの仕事だ。
もっと強固な瓶を作っていればよかったと後悔する。
ネールは無事なポーションを見つけて、それを掴んだ。そして、一階に戻ってメイの元に駆け寄った。
メイはすでに意識はないため、ネールはポーションを自分の口に入れて、口移しでメイに飲ませた。
ぐったりして真っ青な顔のメイだったが、すぐに顔に血の気が戻ってきた。
ポーションが無事に働いたようだ。
「あんちゃん、メイは大丈夫か?」
「問題ないだろう。きっと大丈夫さ」
「それはよかった……」
部位欠損まで治す、水で薄める前のポーションだ。大丈夫だろう。
ネールはアレスの顔を見つめながら、頭を下げた。
「それより、ごめんな」
「何がだい、あんちゃん?」
「メイに口移しでポーションを飲ませたことだよ」
メイはネールの妹だが、血縁関係は近くない。
メイの両親もメガテス建設時に肉体を酷使させられて、それが原因で死去した。その時、まだ元気だったネールの両親が遠縁ということで、メイの引き取り先として選ばれた。
「あんちゃんの妹なんだろ。それに、俺はポーションの口移しで、ゴタゴタ言うような、そんなちっちゃな人間じゃないぞ」
「だったら、いい」
ネールが頷いたところ、慌てた様子で半壊した道具屋の店内に入ってきた者がいた。
マリナだ。顔面を真っ青にしている。
「ダ、ダンジョンが……ダンジョンが……」
「落ち着いて話せよ、マリねえ」
「ダンジョンがどうした?」
ネールとアレスに言われ、マリナはぜえぜえと息を整えてから言った。
「ダンジョンが……壊れちゃったのっ!」
ネールとアレスは顔を見合わせてから、あんぐりと口を開いて呆けた。