第七話 温室での庭師との会話
「……はぁ」
ああ、嘆かわしい。
あれから三日、あともう少しでレム嬢が定めていた一か月になる。
自分のメンタルの低さが嘆かわしい。
今日の全てのレッスンを終え、今は自室で紅茶を飲んでいる。
私は心の中で頭を抱えている、主に羞恥と後悔でだ。
後悔はレム嬢への振る舞いを完全再現しきれていないこと、それは続編の可能性がどうなるか知らないから、念のための予防策として取っていた行動に過ぎない。
「……………恥ずいなぁ」
羞恥の方は精神的に参っていたとはいえ、メリッサに慰めてもらってしまったこと。
精神年齢的に自分はまだ二十代なんですよ、されど二十代なんですよ。
完璧なレム嬢のイメージを崩してしまったかもしれないことで、ファン的には耐えがたいし、メリッサの前にでも外伝でのレム嬢も自分の気持ちの全部を打ち明けなかったのに……情けなくてむしろ悔しい。
……もう少し、自分のメンタルを鍛えるべきだと思い立ったいい日ではあったが。
でも、もしあの時にメリッサがああ言ってもらってなかったらもっと精神的に追い詰められて、もっとレム嬢らしからぬ行動をとってしまっていたかもしれない。
どちらも、彼女らしさを振舞えていないことには変わらないのが、ファンとしてはとても悲しむべきではあるとは思う。
でもレム嬢を生かすためなら、どんな手段だって取ってやるって決めたんだ。
それが、私がこの世界で彼女になってしまった時の第一目標なんだから。
「ふぅー…………ん、よし」
飲み切ったカップをソーサーに置く。
……うむ、一旦冷静になるになるのにはいい機会だったのだ、そう思おう。
じゃないとメリッサに会うたびに羞恥で悶えてしまうのは、レム嬢のキャラじゃない。
暇つぶしに、私は庭園へと向かうことにした。
「……花って、なんで心を落ち着かせてくれるのかしら」
白い屋敷から出て、広々とした花たちはあまりにもスチルで見慣れた風景だ。
確か、旦那が色花シリーズのシナリオを作る時、ネットや本でいろんな花言葉を調べていたっけ。
花言葉を多少知っているけれど、私よりもネットや本よりは私の知識なんて粗末なものだ。
でも、まったく意味がないつもりで名付けたのではないと勝手に思っている。
……なんであの順番なのか、とは思ったことはあるけど色の順番的に虹にしたかったのはあったらしいからその点に関しては納得している。
しかし、問題は花の色の方はどうだろうと疑問を抱いたりしたことは数回ある。
まあ、色花シリーズ的にどちらもその花が登場してくるのが通例だから、特に違和感を持っていなかったけど……あの旦那のことだから、何か考えがあるのだろうか。
「……まだ会えてないから、考える時間より自分磨きをする方が大事かなぁ」
レム嬢は庭園でそれぞれ咲いている白いアマリリスを見る。
しゃがんで白いアマリリスにそっと触れる。
赤いアマリリスが多い庭園で、一か所だけ白ばかりのアマリリスがあるがあるのはこの場所だけだ。
アマリリスの一般的な花言葉は誇りとおしゃべり、輝くばかりの美しさ……どれも、私には似合わない言葉だ。
レム嬢の髪のように、青いアマリリスがあったなら。
いや、そんなことあのお父様がするはずがないか……あれ? でも、よくよく思えばおかしいことに気づく。
「紫色のアマリリスだけ、どこにもない……どうして?」
私は立ち上がり周囲を見る。
ここの庭周辺では白いアマリリスばかりだし、他の庭園だったら赤色のアマリリスしかない。
アマリリスには代表的なものを挙げるなら、赤が一般的だ。
それでも、ピンクや黄色など多種多様にある。
しかし、アマリリスの花の種類で紫色のアマリリスも存在するのだ。
薔薇が青い色素を持っていないからと、長年かけてパンジーからの青い色素を入れたことでやっと完成したと言う青薔薇も、紫のような色だ。
ラディウスフロース帝国に、青色の花は存在しない。
だって、それは徒花の忌子の象徴とされるべき、恐怖すべき色だから。
旦那になんで聞かなかったのだろう、ゲーム本編も外伝にも紫のことに言及したシーンはなかったし……うーん、気になる。
「そうだ……彼に会いに行こう」
思い立ったが吉日だ。
私は温室まで走っていった。
◇ ◇ ◇
屋敷の離れにある温室にいる老年の男性が、色とりどりのアマリリスに水やりをしていた。
手に握っているアンティーク調の如雨露は彼の私物なのだとか。
第一作目であるフラガラリアと群アマの外伝にも出てきていた人物だから、名前くらい憶えている。
「クラース、ここにいたのね」
「おやお嬢様、どうなさったのです?」
彼は一度手を止め、こちらに笑顔で視線を向けてくるので私の方から彼に近づいていった。
クラース・フィーレ・シルフ……私の屋敷で庭師をしている穏やかな優しい人だ。
レム嬢のようにもちろん彼も妖精で、昔はティターニア女王直属の部下だった人でもある。
もちろんフラガリアでのファンディスクでの登場キャラクターで、攻略対象外キャラだ。
「少し、ね」
「ああ、花を見に来たのでしょう? 花は心が穏やかになりますからね……デザートを食べる時みたいと似ていると思います」
あはは、やっぱりブレないな。
優しい穏やかな男だと思って油断していると甘い物で太らされてしまうという、女性にとって間違いようもないぽっちゃり体系直行コースへと持っていこうとする敵キャラだ。
彼の甘いマスクで落ちた女はファンディスクや外伝共に数知れずティターニア女王への恋が叶うことなく終わったキャラでもある。
さすがに彼の過去のことは今回は触れないでおこう。
「……ちょうど暇だったから、なんとなく足を運んだだけよ」
「そうですか、ここまで来るのは疲れだったでしょう。紅茶の用意をしますね」
「クラースも休んだ方がいいわ。あまり体に鞭を打つようなことをしたら、体に響くもの」
「……ありがとうございますお嬢様。しかし、私は庭師なので」
彼は笑って言い、元々あったテーブルとイスに白い布を置いて、デザートの乗ったケーキスタンドとティーカップを用意してくれた。
庭師の彼がそこまで用意できるのはファンディスクでもお菓子作りが好きだったのがあるから、なのかな。私はクラースに手で座るように促されたため、イスに座る。
クラースは紅茶のポットに触れて、私のティーカップに注ぎ始める。
ポットから注がれる紅茶の音とそれぞれのケーキの甘い香り、温室で咲くアマリリスの花たち。
……心を穏やかにさせてくれる空間なのに心の中でどうしても緊張感が勝った。
私は無言で紅茶を飲む。
フルーティな味が私の口の中を占めたのを感じる。
紅茶の種類的にカモミールに近いような気がするな。
「素敵な紅茶ね、香りも豊かで悪くないわ」
「喜んでもらえてよかったです――――――それで、お嬢様は何の話を知りたいのですか」
「……鋭いのね」
私は一度口元からカップを離す。
彼も妖精だから、アマリリスたちのおしゃべりな会話でも風の噂のように聞いたのだろう……まったく、厄介だ。
「確認がしたいだけよ、徒花の忌子は青い髪を持つから忌み嫌われている……紫色の髪の子も、花もこの国はなかったのかどうか」
なかなか座ろうとしないクラースに目で訴える。
レム嬢の美しい形相に恐れたのか、苦笑いしながら彼は座った。
「……そうですね、それは難しい質問です」
「なぜ?」
「私の青年期のとある話になりますが、よろしいですか?」
「いいわ、話して」
彼はレム嬢の目を見て、しかたないと察したのだろう。
ケーキスタンドにあるジャムが真ん中に着いたクッキーを食べる。
飲み込んでから彼はこう答えた。
「……昔は、青髪の子供は奇跡の子と言われ愛されました。赤髪が秀才なら、青髪は天才だと私たちの間ではそんなジョークは流行っていたこともあります」
「……からかわないで」
本来のレム嬢にはピッタリな話だが、私が憑依している限り彼女の本当の意味での天才っぷりが発揮されるかわからないしな。
「卑下しなくてもよろしいのですよ?」
「してないわ」
レム嬢が紅茶を一口飲むと彼はレム嬢の言葉に口元に手を当ててくくと喉を鳴らす。
「しかし、あることがきっかけで徒花の忌子とされたのです」
「……それは青い髪の少女が、ラディウスフロース王国に冬をもたらしたからでしょう?」
「おや、ご存じでしたか」
「知識を得るのは好きだもの、些末なことよ」
旦那の書いた作品のシナリオと設定資料集および外伝も全部読破した私を舐めないでいただきたい。私はもう一度紅茶を飲もうとカップを見たら中身が空っぽだった。
クラースは私が何も言っていないのにカップに紅茶を注いでくれた。
……紳士な男、なんだよな。
「……ありがとう」
「いえ」
ニッコリ、と満面な彼に警戒するのも無駄だと思えるような笑みを向けてくる彼は、やはりゲームのプレイ中にも思っていたが少し苦手だ。
……元々白薔薇国のティターニア女王が魔法で常に一定の気温を保たれている。
だから常に春か秋に近い環境が出来上がっていたのである。
ティターニア女王は冬を嫌っていたから、常に生贄となる子供を廻希樹という、現在でいうところのラディウスフロース王国の中央広場にある大樹に捧げていた。
……しかし、主人公であるヒロインが現れたことで異例が起こったのだ。
赤銅のフラガリアに出てくる主人公は、白薔薇国ルートで発生するとあるイベントで、青い髪の少女を殺すことを迫られる。最終的には少女は死亡してしまうが、最期に世界を呪った彼女は白薔薇国に冬を来させ、赤薔薇国との合併になるきっかけを与えた。
「……残酷な話よね」
「そうですね、けれどあの出来事がなければ今のラディウスフロース王国は成り得ませんでしたから」
クラースはようやく自分のカップの紅茶を飲み始める。
私はケーキスタンドに置かれてあるピンク色のマカロンを手に取り、一口食べる。
群アマでは赤薔薇国のルートと白薔薇国のルートでしか発生しないそれぞれの出来事が同時に発生したことになっている世界線だから、はっきり言って群アマには赤フラの主人公がどっちに着いたのか、もしくはどちらにも着かなかったのかどうかは設定資料集にも記載されていない……要するにファンにお任せ、といった形だ。
どこぞの支部に赤フラの主人公と攻略キャラクターたちのイラストや小説が流行っていたのは、アニメ化されてからの話だったな。
以降、青い髪の子は忌むべき存在として白薔薇国側である妖精たちにとって徒花の忌子とされ忌み嫌われるようになった。一つの国になってからも、妖精たちには今でも長年嫌われ続けて続けている。ファンにとっても、主人公が人が掲げる理想と正義の在り方について考えるきっかけになった名シーンでもあったが、悲しい出来事だった。
……思い出すだけで、赤フラのストーリーは切なくなる。
一度カップを口から離して持ったまま、溜息を吐いた。
クラースは両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってくる。
「……少女は、レンと呼ばれる少女でした」
私はソーサーにカップを置く。
「姓はないの」
「はい、捨て子だったので」
「……そう」
「青い花の妖精や紫の花の妖精もそれぞれ民衆たちに殺されるようになって、今では昔に比べ青い髪の子供と紫の髪の子はあまり見かけなくなりました」
わざとあまりと言ったクラースの言葉を無視して、一番気になっている質問をした。
赤フラでも群アマでも、資料には載っていないことだったからだ。
「……どうして紫の妖精たちも狙われたの?」
「青の遺伝子を持つからです。ですから、青色に分類される花もすべて焼き払われ種すら今は残っていません」
「……そうだったのね」
そうか……やっぱり過酷な時代だったのだなと再認識する。
「お嬢様は、自分の髪はお嫌いですか」
「いいえ、むしろ私の個性だと思っているわ」
「個性、ですか」
「ええ、絶対に存在しない物はないという証明のようにも思えるの、だから私はこの髪色が好きよ」
レム嬢の髪に指でそっと触れる。
気高い悪の華、それが、レークヴェイムとしての在り方。
穢してはならない神域のように感じていることは変わらないのに、こうも自分が彼女に憑依していて言うのは、どうも……一生慣れない感覚だろうな。
「……そうですか――――なら、よかった」
「? 何か言った?」
「いいえ。それにお嬢様は、おそらく奥様のように先祖返りの可能性があるかと」
「先祖返り?」
「何代も前の先祖がもっていた遺伝上の形質が、突然その子孫のある子供などに現れることです。あまり身近でそうなった人物はあまりいませんでしたが、奥様やお嬢様が一番にいい例でしょうね」
それって、つまりリリスフィアお母様は青い花の妖精の家系ということか。
もしくは、皆殺しにされる前に生き残った誰か、ということにも成り得る。
聡明を売りにしているレム嬢だとしても、これは大人の対応しなくてはいけないだろう。
「そうなのかしら、あまりよくわからないわ……そうだ、文献にあったティターニアの演説、覚えているの?」
「覚えていますよ、彼女の部下だったものにとっては胸を打たれる演説でした」
「聞かせてほしいのだけど……ダメ、かしら」
私は両手の指を絡ませ、懇願する。
――――喰らうがいいクラース、レム嬢の上目遣いを!!
身長差もあるし、子供で小さいから余計この攻撃をされた者は耐えられるはずがあるまい。
「ははは、お嬢様には叶いませんね。けどそれは、また今度にしましょうか」
「……どうしてもだめ?」
「はい、ダメです」
「……………………残念だわ」
私は泣き真似という愚行はせず、また紅茶に口をつける。
ち、効かなかったか。私だってクラース側になってレム嬢の上目遣いを見たいわ。
小さい子供の姿とは言え、元はエロの乙女ゲーでもみんな美男美女が揃ったゲームのキャラなんだぞ? どんなキャラも顔がよすぎて、卒倒もんだろうに……くそう。
私が憑依してるから、レム嬢の魅力が半減してしまっているとか? ……有り得る!! 有り得る、けど、それは想定したくない結末だ。
クラースは手に持っていたクッキーを食べ、彼の方のカップの取っ手に触れる。
「お嬢様はこの国はお好きですか?」
「……好きよ、みんながいる国ですもの」
……正直、はっきり言ってこの国は嫌いではないが、苦手ではある。
だって青い髪だから差別されるなんてとても辛いことだと思う。
青い髪の女の子は不幸がジャスティスなんて持論は掲げていないはずの旦那だけど、結構厄介な性癖を抱えた男なのは理解している。
基本的に、バットエンド寄りかメリーバットエンド的な展開が大好きというか、ファンにカタルシスを感じられる作品を心掛けている旦那のことだ、意味のないエンディングを作ることを嫌う旦那に惚れてよかったと今でも思っている。だからこそ私情ばかりに走るわけにはいかない嫁の私が保証しなくてどうする、という話だ。
「……そう、ですか」
「意外だった?」
「いえ、そんなことは」
よっしゃあ! 一番聞きたいことは聞けたからよしとしようじゃないか。
それに温室にいることに関してはエノクお父様には知られたくないし、クラースに迷惑をかけるわけにもいかない。
とりあえず、早々に退室するべきだろう。
……でも、先祖返りか。
カップをソーサーに置いて、私はクラークに礼を述べる。
「ありがとうクラース、大体聞きたい話は聞けたわ」
「お役に立てたようでよかったです、デザートはどうします?」
「後で貴方が全部食べて、私はカロリーも気にする女なの」
「おや、まだ育ち盛りなんですからいいと思うのですが……残念です」
シューン、なんて効果音が聞こえてきそうなくらい落ち込まないでよ、クラース。
こっちが申し訳なくな……っは!! これもこの男の作戦なんだ! 乗らん、乗らんからな。
「……やっぱり、紅茶をもう一杯頂けるかしら。やっぱりもう少し話したいわ」
「そうですか、新しいのを作ってきますね」
私はクラースが去ったのを見計らって、テーブルに腕をついて頭を抱えた。
「くぅ~!! ……負けた、負けたぁ!!」
どうしても、どうしても旦那がしゅんとした時の顔と被って見えたから、つい、つい言ってしまったぁ、私の馬鹿!! ああいう顔されたら本当に私は弱いなと再確認してしまった。
「どうしてああいう捨て犬系の顔された弱いかなぁ……っホント、馬鹿だわ私」
小声でできる限りの自分への罵倒はクラースが来るまで行われた。全力で悶え、もう一度紅茶をクラースに入れてもらいながら、私は彼の紅茶に癒されるのであった。
数日後に起こる出来事に予想もできないままその日はいつもの腹痛晩食タイムを終わらせて、就寝する。なぜレム嬢が今日ほとんど話しかけてくれなかったのかも、とある出来事で気づかされることになることになるとは気づきもしないで。