第六話 メリッサの温もり
色取り取りの花々が咲き誇る庭園で、王子と私は花を見る。
主な花はもちろん、アマリュリス家の家紋を表すアマリリスなわけだが……王子は花の元まで駆け寄っていく。
「いつも来る時に思いますが、美しい庭園ですね」
王子は花にそっと触れ、花の香りを楽しんでいる。
腹俺王子ことエアンフレドは、幼少期から天才と呼ばれていた。
その天性の才能であるギフトは、次期国王候補の中の第一候補としてピッタリな名称だ。
統治者……スベルモノだなんて、王としてなるべくために生まれたような力だ。
彼の能力は、地球でいうところの四台元素である地水火風はもちろん、無、光、闇などといった類の高レベル魔術を使用することができる。
要するに、群アマ屈指のチートキャラと言っても他言ではない。
私からすれば、彼と同じ力を持った人物は赤フラにも出ていたのはなんとなくだが覚えている……ティターニア女王の息子でもあるフェイ王子だ。
もちろんフェイ王子は、赤フラでの攻略対象キャラで、エアンフレドのドS具合は彼の系譜なのだと無理やりにも理解させられるシーンがエロ系の方でいくつかあるわけなんだが……まあ、強いて、強いて言うならだ。エアンフレド王子とフェイ王子の違いを挙げるとするなら、爽やか俺様系のフェイ王子と腹黒俺様系のエアンフレド王子、という対比が一番しっくりくる。
「レイク様は、花は好きですか?」
表情は楽しそうにしているが、影に潜む内面は退屈しているのだろうなと思った。
――それ、この国では絶対イエスと答えないヤツは大抵門前払いされるで有名なネタだろ、覚えてるわBADエンドルート巡回から始める私を舐めるなよ?
「もちろん、この国の者として当たり前のことですわ」
「……やっぱり、そうですよね」
残念そうに、彼は花弁から手を放す。
本当でここで答えるなら、フィリーネの模範解答という選択肢なら「……そこまで、好きというわけではありません」だったか。なぜそちらで答えなかったか? ……当たり前じゃないか。
私が日々失っていきそうになる地球での記憶で、群青のアマリュリスの外伝ラノベでレム嬢がこう答えてたからだよ! ……絶対ここを変動させたら、エアンフレド王子がフィリーネに対しての恋愛に発展しない。破滅や死亡の可能性は上がるが、私の旦那だぞ? あの旦那だぞ?
絶対本人が手掛けたのには続編である紺青のアマリュリスの、紺アマの布石かなんかに決まっているのだ!! つまり、群アマでのどのルートでのレム嬢の死亡エンドも回避される可能性がある。
つまり、旦那に対しての嫁による心理読みである。
そう思わなきゃ耐えられないわ!! 本当だったらフィリーネの選択肢そのままパクりたいわ!!
口に出してやりたいけど今は我慢、王子もいるしそれはお口チャックだ私。
ミッフィーさんよミッフィーさん。
『貴方……私がいることを、お忘れ?』
レム嬢!? ……聞いてたり、しました?
『……あまりの早口でうまく聞き取れなかったけれど、貴方が王子を害するというわけではないのね』
はい、それは間違いなく! 迷いようもなく!!
『今の貴方、口元隠しているから王子が困っているのですよ』
え、マジで!?
ちらりと、王子の方に視線を向けると、どうしました? と視線で聞いてきている。
あ、絶対さっきまで尋ねていた流れじゃんかこれ。
『後で説教よ。覚悟しておきなさい。穀潰しのままでいればいいと思っている貴方にはいいスパイスでしょう』
ひぇええええ……!! 殺生なぁ!!
レム嬢は冷酷な宣言をして去るも、今回は王子への対応を教えてくれなかった。
スカイブルーの瞳がこちらを不思議そうに覗いている、その色には少し困った色も見える気がした。
な、なんて回避しよう、そ、そうだ!! こういう時は……!!
「お、王子ごめんなさい! 私、今日はお腹の調子が悪くて……!!」
「そうなのですか?」
「は、はい……それでは!!」
「あ、レイク様!」
私は全力疾走で屋敷へと走り出す。
うわーん! 今の自分の演技力なんてたかが知れてるよぉ!!
このままだったらレム嬢の演技をするのだっていつかもっと大きなぼろが出るんじゃないかなぁ……? 不安で不安でたまらない。
だってレム嬢になってまだ数日間だけだし、まだフィリーネに出会うイベントが発生してないとはいえ、この大根役者みたいな演技じゃ、絶対後に響く……!!
ああ、でも、そう考えるの、なんかもう疲れた。
私は自室に戻って泣きながら部屋に籠った。
レム嬢からたくさんの罵倒交じりの説教を聞いて、さらに泣いた。
メリッサに晩の食事は部屋に持ってきてもらうことにして私はまだ涙が止まらずに、ベットの上で泣き続けた。扉の開く音が響いて、メリッサが「お嬢様、よろしいですか?」と聞かれたので「入って」と声をかける。
「お嬢様、お食事です」
ベットの向こう側でレストランとかで店員が持ってくるワゴンを持ってメリッサは部屋に入ってきた。
「メリッサぁ……!」
私はベットから起き上がり母性溢れる専属メイドに抱き着く。
「お嬢様、どうなさったのです?」
「…………私、私、情けないわ」
メリッサだけは、ゲームの裏設定でも、外伝ラノベでもレム嬢の絶対的信頼を勝ち取ったメイド。
だから、なのか……今までの我慢した本音が、少し漏れてしまった。
「いつもお嬢様は私とお使いになされるのに、それが崩れるほどのことがあったのですね」
「当たり前よ! 私、いつも通りにできなかった……晩の食事だって、部屋で食べるだなんて駄々をこねたのよ? 立派なレディじゃないじゃない」
レム嬢は私が泣いている時、ずっと怒っていた。
「私らしくするといったのは貴方でしょう?」とか、「レディがみっともない」って、いつもよりもきつくない罵倒だったけど、でも、我慢の限界だった。
――私はレークヴェイムじゃなくて、天手鎮花なのに。
ゲームの中のレム嬢じゃないのに、彼女のフリをしなくちゃって使命感みたいなので動いていた。
だから余計涙がこぼれてくる。
私が私という自我を持っていることを、もう少し誰かに許容してほしかった。
それなのに、こっちは大人なのに勉強しろだの、レッスンは厳しすぎるはなんだの。
子供の時だったなら多少は耐えられたのかもしれないが、それは自分が自分として確立しているならの話だ。まったく自分じゃない別人になる、そんなこと、普通耐えられるか?
いいや、凡人の私には今日までよく頑張った方だろう。
むしろ目の前の彼女に全部吐き出して、訴えてやりたいぐらいだ。
「お嬢様」
「私ね、王子が会いに来てくれたのに、少し話してたらお腹痛いって言って帰らせたのよ? 最低じゃない、レークヴェイムのすることじゃないわ」
そう、ゲームの彼女がすることじゃない。
完璧主義で、冷静沈着。
どんなレッスンだって耐え忍ぶ辛抱強い性格で、不器用だけど本当は優しい人。
私なんて、恋愛小説やゲームのキャラに自己投影することが好きなただのオタクだ。
2.5次元俳優みたいに原作のキャラの雰囲気に合った演技なんてできるわけもない。
ましてや、旦那みたいにオリジナル作品を手掛けたりするみたいなことなんて一切したこともない、ただ世の中に出される作品を読み耽っていたいだけの一個人のファンに過ぎないんだ。
ぽたぽたと、出続ける涙が鬱陶しくなってきた。
「お嬢様」
「しっかりしないといけないのに、ちゃんと。ちゃんとしないと、そうじゃないと、私はレークヴェイムじゃなくなっちゃう……っ」
少しでも、自分の要素を見つけないと怖くて動けない。
だから完璧な悪役令嬢をトレースできないまま、旦那を見つけられないまま終わってしまうのだろうかとか、最悪な展開だって予想してしまう。
どれだけ完璧な悪役令嬢であろうとしても、続編の続きがどんな展開が全部把握してないから、曖昧な行動しかとれない自分が腹立たしい。
なんで、レークヴェイム嬢らしくしようって思ったんだろ、私。
やっぱり、好きなキャラだから? 推しキャラだから?
ファンの愛は無尽蔵だって言ったけれど、でも、自分はあくまで彼女のようになれたら、なれたら、という意味合いしかないんだ。
私がアニメや漫画、ゲーム、ラノベとかが好きだったおかげで、彼と、旦那と巡り合えた。
その好きな物の過程で大切な人ができた。
その人がいるかもしれないって、まだ死んだ事実さえ受け入れ切れていないのに捨てきれない希望を抱いて今を生きてる。彼という存在が、私を生に繋ぎとめてくれている。
彼がもし、この世界にいなかったら? なんて考えないようにするのだって、辛い。
どうすれば、どうすればいいの? ……ああ、もう死にたい。
「……お嬢様」
メリッサは屈んで私の両頬を手で覆い、自分のおでこを私の額に当てる。
「それは、お嬢様がどうしたいか、なのではないですか?」
「どうしたい、か……?」
いまさら、そんな言葉をかけられたって。
どうしようも、ないじゃない。
メリッサは優しく私に微笑みかける。
「そうです。お嬢様は、嫌なことでもがんばって取り組んできました……例えば、そうですね。ああ、最近お嬢様の苦手な物、やっとわかりましたよ?」
「な、に?」
レム嬢が苦手にしているものなんてほぼない。
というか、プロフィールにだって、嫌いな物なんて載ってないのに。
「お嬢様、実はホットミルク、お嫌いでしょう?」
「……え?」
私は思わず、目を見開く。
嘘、なんで? ……それ、鎮花が嫌いな食べ物だよ?
元々乳製品苦手だったのもあったけど、私のお父さんが官能小説家だったのもあったから学生時代めちゃくちゃ気にした。旦那の前でも平気なフリをしてたのに、旦那にだって、教えたことないのに。
……顔にだって、出さなかったはずなのに。
どうして、ゲームの中の貴方だけ、気づいてくれたの?
「どうして、気づいたの」
「お嬢様にいつもお出しする飲み物は、全部飲み干してくださっているのに、ホットミルクだけいつも少しだけ残っていたんです……お気づきになられませんでしたか?」
「……そんな、こと」
……嘘だ。
メリッサに出されていたものは、全部飲んでいたはず。
紅茶や、ホットミルク、ココアに、コーヒー……あれ、なんでだろ。
そういえば、最初は紅茶だったのに、後から色々中身が違っていたっけ。
あれ、あれ? どうして、だっけ。
「どうして?」
「お嬢様が、夜お勉強をなさっている時にその時の気分で変えてほしいとおっしゃったからですよ」
あれ、あれ? そんなこと、言ったっけ。
そういうことも、思い出せないくらい余裕がなかったって、こと?
メリッサはふふっと穏やかに笑う。優しく、優しく、フライパンで砂糖をカラメルになるまでゆっくり溶かすみたいにその声は私の心を包んだ。
「私にだって、苦手なものはあります。根を詰めすぎるのは、あまりよくないことだと思いますよ」
「根を詰めてなんて、ないわ」
「お嬢様、復習することだって一つの勉強方法です。それは、本当にいけないことですか?」
「……わからない、わからないわ」
彼女が完璧だけど、自分は平々凡々だからこそ、復讐の時間をもうけさせてもらっただけに過ぎない。復習しないと私がこの世界に溶け込めなかったから、しかたなくレム嬢い頭を下げながらお願いしたことだ。それが、正しいとは思っていない。
でも、そうしないと全然この世界の文化を理解できそうになかったから、なんて言い訳しかできない。
それなのに、どうしてメリッサはこんなに鎮花に嬉しいことを言うんだろう。
「お嬢様、そういう時は、『疲れた』と言ってもいいんですよ」
「……え?」
「いつものお嬢様なら、『疲れたなんて、淑女が軽々しく吐いていいマナーじゃなくてよ』と返すのでしょうが、今日のお嬢様は甘えんぼさんのようですので」
メリッサの甘い声が、心の奥の声を拾ってくれる言葉が、嬉しい。
素直に認めたらいけないとわかっているのに、今日だけは天手鎮花になってもいいって言われてるみたいで……ホッとする。
「……甘えても、いいの?」
私は怖くて怖くてたまらなかった本音をこぼした。
彼女は私の頭と背に手を回して、強く抱きしめてくれた。
「はい、誰にも今日のことは公言など致しません」
「本当?」
「はい」
「本当に? 本当の、本当に?」
精神年齢だけ既に大人だった自分が、すっかり幼い子供に戻った気分で彼女に問いかける。
「本当です、私はお嬢様に嘘をついたことがありますか?」
「……ないわ、絶対ない」
そう自信があるのも、裏設定で彼女がレム嬢に忠実なメイドだったからというのが一番の理由だ。
私はメリッサにお願いして、自分が寝付くまでずっと二人で話をしていた。
異世界で初めて自分が出せた日というのは明日にメモに記入をすることにして、メリッサに頭を撫でられながら眠りについた。