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第五話 王子とおしゃべり

 昨日の夜に森まで散歩に行ったことはバレず、徐々に難しくなっていくレッスンを今日も勉強中だ。

 ベンノ先生はそそくさと扉から出て行く。

 扉が閉じられた音を聞いて、息が漏れる。


「……徒花(あだばな)忌子(いみご)って、本当に面倒ね」


 誰かに聞かれても問題ないように、鎮花(しずか)としての口調ではなくレム嬢の口調でひとりごとを(つぶや)く。

 まあ、怯えられるのはしかたのないことだ。 

 徒花(あだばな)忌子(いみご)がこの国でどういう意味なのかと問われたら、ラディウスフロース王国では青い髪は軽蔑される対象なのである。旦那が言うには「薔薇って、青い色素が存在しないから遺伝子操作しなくちゃ絶対できないでしょ?」という理由だそうで……絶対に普通の子として産まれてこないからという意味でそういう設定にしたらしい。

 青い髪のヒロインって、本当になんでいつも悲恋だったり悲しい結末ばかりなのが正直悲しい。作品によっては主人公と結ばれる展開はまったくないってわけじゃないだろうけど、でもたまには青い髪のヒロインと主人公が結ばれるような展開の作品を読みたくなるものだ。

 ……交通事故に遭ってなければ、もしかしたらの可能性はあっただろうが。

 テーブルに肘をついて、外の方を眺める。


「…………はぁ」


 窓辺からレム嬢の兄、アイザックが剣の稽古(けいこ)をしているのが見える。

 教師に容赦なくコテンパンにされているところを見て少し哀れに思った。

 彼は平和主義だから、武器で相手を黙らせる方法なんて苦手なのを知ってる。

 アイザックに向けられる期待をほんの少しでもレム嬢に与えてくれたなら私はエノクを嫌わなかった。ゲームの回想の中のレム嬢はあんなにも努力していたのにどの結末でも報われない、けれど、次回作に登場すると聞いたから次回作でなら、幸せな結末を送っているのではないかと期待していた。

 それが死んで乙女ゲー世界のキャラに憑依するって、どういう展開!? って言いたくなったけど。でも、それよりも旦那が書いたシナリオを無理やり変えていいのか、それとも続編のためを思って行動すればいいのか、理解できないでいる。

  窓を眺めながら自分はレークヴェイムの髪をそっと触れる。

 リアルで彼女の髪を触れる機会があったといっても、彼女自身になりたかったわけじゃないのに。

 ……なんて嘆いていたら、怒られてしまうか。

 あ、まずい。今のレム嬢にも聞かれているんじゃ……!?


『私に聞かれて困ることがあると言いたげね』

「あ、えっと、それは……」

『貴方、私と会話する時に声に出してしまっている時があるのに気付いていないの?』


 私は慌てて両手で口を隠す。

 すると、息を吐いて呆れた声でレム嬢は言う。


『私の声が聞こえているのは、貴方だけなのだから油断はしないことね。もししたらどうなるか、わかっていて?』

 

 はい! レークヴェイム様!!


『……分かればいいわ』


 頭の中からスッと、消えたような感覚がする。

 安堵しながら私は自室に戻る。

 プラント語も、色々と覚えられてきてだんだん勉強も楽しくなってきた自分がいる。

 最初の時より体力が付いたのか、そこまで眠たくならないのは都合がいい。

 レム嬢が私の思考の全部を知っているわけじゃなそうなのがよかった。


「ふぅー……よし」


 ラルフヴォルフが言っていた花について、私は思考を巡らせノートに加筆する。

 まず、他の攻略キャラに出会っていないのでこのゲームの世界観をまた少し思い出すことにした。イギリスのように伝統を重んじ、フランスのパリのように花の都とされ、ドイツ語の植物の姓を名乗っているこの国が、どういうところなのか。

 まず花の都とされている理由は、ラルフヴォルフがレム嬢の魂を『花』と言ったようにレム嬢たちの国の人たちは一部を除いたほとんどが妖精なのだ。植物の妖精がラディウスフロースには多いらしい。

 旦那の設定資料集によれば、唯一イギリス人としての姓でもあるフォーサイス家は、赤銅のフラガリアが関わってくる赤薔薇国(あかばらこく)と呼ばれた人間の国と白薔薇国(しろばらこく)という妖精の国の戦争で誕生した王家だ。


「主人公、大抵バットエンドは死んでたっけ……ティターニア女王の演説も素敵だったし。もう一回プレイしたいけれど、無理よね……はぁ」


 泣き崩れたくなる衝動を理性で留めるために顔を両手で隠す。

 主人公の選択肢で赤薔薇国(あかばらこく)白薔薇国(しろばらこく)の軍人になるか選べるし、各キャラの性格も個性あったし純文学作品読んでる気分になったのも懐かしいなぁ。


「ラルフヴォルフが私を見抜けたのは花園の番人だからってのはあったとは思うけれど……外伝で暗示されてたティターニア女王の眷属だったからの可能性もあるし、探りを入れたくても、今は無理だし」


 んー……難しいなぁ。

 今日のレッスンが短いのは午後に腹俺王子ことエアンフレド王子に会うことになっているからだ。

 王子が来る前にノートに彼のことに関しての攻略ルートのことを書いておこう。



 ◇ ◇ ◇


 メリッサに呼ばれ、王子が待っている客間まで移動する。

 本来、悪役令嬢って婚約者の王子とかに盲目に恋をして、主人公のヒロインをいじめるってパターンが王道だと私はずっと思っているし、そうじゃないパターンは近年出てきているのはあるのは認める。

 旦那はどっちかというとストーリー重視なところがあるため、悪役令嬢とされるキャラがただのいじめをするだけのキャラじゃないのも気づいてはいた。

 しかし、しかしだ。


「お久しぶりです、レークヴェイム様。お会いできる日を楽しみにしていました」


 キラキラキラキラ……なんて効果音が、少女漫画に出てくる爽やかなイケメン登場の時に出てくる花たちが、実際に見えるような感覚を覚えた。

 うわぁ、まだ乙女と呼んでもいい年齢だとは思いたいお年頃だけど、いやレム嬢は違うよ? でも、実際こういう顔面偏差値高い人たちとレム嬢はずっと絡んでいくことになるのかぁ。

 …………私だったら、絶対耐えられないな。

 それに、私には空吾がいる。旦那がこの世界にいる限り浮気はいけないのである。


(わたくし)も、お会いできてうれしいですわ王子」


 少しぎこちない笑みになっているような気もしたが、自分は椅子に座る。


「ふふ、今日もその青いドレスは素敵ですね。レークヴェイム様にピッタリです」

「ありがとうございます、王子」


 ハートみたいなものが飛んできた気がするので、王子に気づかれないように汗を拭うフリをして払う。これから心臓への大ダメージを与える顔面偏差値神レベルのイケメンたちと出会うと考えると、一気に恐怖がわいてくる。

 少し冷めた声になっているのは気づいていたが、それもしかたない。

 幼少期のレム嬢は純粋だったし彼に惹かれそうになるのは事実かもしれないけれど、でも私は知っている。

 とあるルートのみしか登場しない、彼女の本当の思い人の存在を。

 彼女が悪役令嬢として完全に染まりきることができた理由も、彼がいたからとも取れるのだし。

 まあ、王子(かれ)のルートを思い出そう。

 確か、フィリーネとは学園に来て、廊下の通りすがりに王子を見つける。

 彼のルートに入る条件は、生徒会の書記になることだ。

 各ルートでもフィリーネに一番口説きに来ているのは彼だ。

 彼とのPC版のエロスチルのドSぶりは本当に見てるだけで辛くなった、精神的な意味で。

 そんな拷問的なものがあるわけじゃないが、その、言葉攻めがすごいというか。

 こっちが恥ずかしくなってくるようなものばかりで、もちろん一般ゲーになった時はそのシーンは削除されてはいるから、ストーリー的にドS度はちょっぴり減ってる。

 まあ、いくつかのバットエンディングで彼のドSぶりを堪能できるし、とあるバットエンドでは白豚と主人公を呼ぶシーンがあるため王子固定ファンたちは白豚と呼ばれていたりしたっけな。

 ……こんな爽やかイケメンにしか見えない王子が、ああなるのは想像したくないが。


「どうかしましたか? レークヴェイム嬢」

「なんでもありませんわ、王子。お気になさらないで」

「そうですか……少し、失礼します」


 エアンフレド王子はイスから立ち上がって私に近づいてくる。

 レム嬢のおでこに手を当てて、王子は自分のおでこに片手で触れる。


「熱は、ないようですね」

「あ、の……エアンフレド、王子?」

「いえ、レークヴェイム嬢がぼーとしているのはあまりなかったですから。熱があるのかと思いまして。お医者さんの真似です」


 すぐに額から手を放してくれたため、少し安堵する。

 旦那にやったことがあるけれど、自分がされることなんて旦那でもあまり多くないからトキめいてしまった。さすが、乙女ゲーキャラ……女子の弱いところをついてくるの上手いな。


「そ、うですか。心配してくれて、ありがとうございます」

「いえ、お気になさらず」

「……それと、少し思ったのですが」

「はい?」

(わたくし)の名前は、長いでしょう? だから、レイクでいいですわ」


 この屋敷の全員ではないが、リリスフィアお母様やアイザックお兄様はそう呼んでいるんだ。

 あまり長いと言いづらそうだと思うのもあったので、王子にそう提案する。


「では、レイク様と今度からお呼びしますね」


 うーん、それになんかずっとおしゃべりするのもなんか違う気がするなぁ。あ! そうだ。


「その……王子。今日は少し、散歩をしませんか?」

「散歩、ですか?」

「はい、庭の花を一緒に見たいんですが……いけないでしょうか」

「いいですよ、行きましょう」


 そうして、私とエアンフレド王子は屋敷の庭園まで向かった。

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