第四話 人と花の違い
『ここに何用だ』
警戒しているのか、毛を逆立てている白狼は普通のオオカミと少し違った。
瞳の色も白い狼なんて、地球では絶対で会えないような生き物に出くわしたな思った。
しかし、気にするところはそれではない。
彼はこの花畑を守るための神獣であり、外伝のレム嬢の小説に登場する彼女を守護する契約獣だ。
そして、物語の本編前に死んでしまう唯一の相棒。
ラルフヴォルフ、それが外伝のレム嬢に与えられた彼の名前だ。
「私、散歩に来たの。ここの花を摘んだりしないわ」
できるかぎり、レム嬢としての微笑を浮かべる。
よくよく思えば、彼がここにいることは知っていたじゃないか、失態だ。
これもメモをするのを忘れていたせいだ。
頭の中でうごめく思考だけは、契約獣になっていない彼には見抜かれることはないだろう。
『……嘘ではないようだな』
彼は警戒を解いたのか、落ち着いた声で言った。
彼は花に関する者の嘘はすぐに見抜ける権能を持つ。
だから、私の言葉にほんの些細な嘘を見逃さない。
「信用していただけで幸いだわ、私は、レークヴェ――」
『待て。なぜ魂を二つ持っている? 一つは花だが、もう一つは人間の物だ』
「……え?」
この世界の存在に、初めて動揺した。
顔に出さない定評のレム嬢は眠っている、つまり私が彼とほぼ喋っているならバレバレに決まっていたか。
『答えろ。花の魂ではない人間の方のお前に聞いている』
白狼の目が鋭く威圧的なものに変わる。
……ここは素直に答えるべきだ、でなくはおそらく殺されてしまう。
私は胸元に手を置いて、彼の質問に答えた。
「天手、天手鎮花。それが人間の方の私の名前だよ」
『……なぜ、この国の花ではない魂であるお前がその娘の中にいる』
「最初は異世界転生、だと思ったりしたんだけどね。憑依、っていうのが正しいのかも……」
私は頭を掻きながら、地球の時の口調で彼に話す。
これで彼は私はこの世界の住人でないとわかってしまうが、しかたない。
『異世界……ということは異界の者か貴様は』
白狼の彼の鋭い眼光が私を射抜く。
一瞬だけ怯えてしまった……でも。
「そうだけど、でも聞いて! 私はこの子を助けたいの!!」
『はやくその娘から出ていけ。ここは人間が踏み入れていい場所ではない!!』
「私は、私は絶対に諦めないから!! この子を助けるって、誓って――――――!!」
白狼は吠えると、咆哮で吹き飛ばされた感覚を抱いたのと同時に気がつけば私はレム嬢の部屋にいた。
ベットに座って、周りをもう一度確認してから溜息を吐く。
「…………はぁあああ、ミスった。完全にミスった」
これは、失敗だ。間違いようもない失敗だ。
後々に彼を仲間に取り入れようと思っていたのに、こんな初歩的なミス……いいや、ラルフヴォルフに花と人間の違いがわかる男だったのを忘れていたのが根本的に不味かったのだ。
よし、とりあえず今日のことも記録してから、眠ろう。
ある程度、次の目標を書いてランプを消してからベットの中に入る。
「そう、次を頑張ればいいのよ。何事も前向き思考、ファイト―!」
小声でそう叫びながら目を閉じる。
眠ろうとすると、頬に冷たい手が触れた気がした。
頬を触れてくる存在を確かめようと目を開けると、そこには本編での彼女がいる気がした。
「……貴方が、本当に私を救ってくれるのなら―――――私は、」
「レ、ム、……嬢?」
「眠りなさい、今はただ……眠りなさい」
ぼんやりとした視界の中、彼女が頭を撫でてくれる心地よさに眠気を促される。
そして、私は意識を手放した。