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第二一話 辿り続ける記憶たち レークヴェイム編

 私は一歩、扉へと踏み出すとそこは彼女の部屋だった。


「どうして、どうしてなの……?」


 レム嬢はベットの上で一人泣いていた。

 ゲームでも、私と一緒に過ごした日々の彼女とは思えないほど、弱弱しい声で目じりを手で擦っている。


「れ、レム嬢……?」

「何度も、何度も何度も、王子との婚約破棄をすることを画策しても、必ず私の死ぬ未来にたどり着く……違うことをしても、必ず私は死んでしまうっ」


 私はレム嬢に触れようと手を伸ばすが、これはあくまで追憶の回廊の記録なのだとわかっている。

 けれど、けれど……っ、

 私は手を伸ばそうとするも、ためらってしまう。

 幻影だから、きっと、手が届かないって。


「私が決まった道順を辿らなければ、王子だけじゃなく違う殿方を恋人にして、結果的に私を殺しに来るっ、結局、私はあの子の手に踊らされているというの? あの子は、そういう子ではないはずなのに……っ」

「……レム嬢」


 ――――ああ、だから彼女はわかりづらいSOSを出していたんだ。


 マウデスコール先生のあの時のレム嬢の言い方は、そういうことだったんだと察しがついた。

 そうだ、彼女はこんな日々をずっと過ごしていたから、拍子にあの言葉が出たのだろう。

 私が現れたから、もしかしたらって、そう思って。

 私は一歩、彼女に近づく。

 レムは一人、ぽろぽろとベットの銀色の花の装飾があるコンフォーターを濡らした。


「純粋で、いい子で、みんなから愛される素敵な子。わかっているのに……あの子の首を絞め殺してやりたい私がいるっ、最低よ、最低だわっ」

「……レムっ」

「どうして? 私の思考とは別に誰かの意思で操作されているようにしか思えない……っ!! 私は、王子じゃなくて、あの人が好きなのに……!! ただ、それだけなのにっ」


 悲痛な彼女の叫びを耳にして、また一歩と私は彼女に近づく。


「公爵令嬢という立場が、お母様の洗脳で邪魔されてしまうっ、私が、私でなくなってしまうっ……!! ……ああ、そうだわ」


 レムは顔を覆っていた手を顔からどけてその美しい青の瞳から静かに涙が頬を伝う。


「きっと、あの子は世界の主役なんだわ。そしてきっと、神様が許してくれないの。私のことが大嫌いなのよ……だから、助けてなんてくれないんだわ」


 レムは涙を流して、諦観して、絶望して、死んだ目で微笑んだ。


 ――――そんなことない。そんなこと、あるわけない。


 空吾は、群青のアマリュリスの中で、私をイメージしてくれたキャラで、色花の中でも一番に好きなキャラだって、言ってくれた。

 鎮花は、ベットの上に乗ってレークヴェイムの体を強く抱きしめた。


「レム嬢は、レムは愛されてるよ。たった一人の妹のために、洗脳されても必死に彼女の場所を作ろうとして努力し続けた、素敵なお姉ちゃんだよっ」


 私は強く強く抱きしめる。

 触れている感覚があることに違和感はあったけれど、今はそういう場面じゃない。

 私は、彼女に向かって言わなくちゃいけないことがあるんだから。


「レムはね? いや、色花シリーズは空吾が私のために作ってくれたの。私の幼馴染で信頼していたたった一人の親友に裏切られて何度も自殺しようとするのを止めるためにこのシリーズを作ってくれたんだ」


 私は、天手鎮花は一生一人孤独な迷子だった。

 彼がいなかったら、天手空吾という男がいなかったら私はもうあの頃に死んでいた女だ。心臓という心を凍り付かせて誰にも気づかれないまま体中が凍ったまま一人死ぬ、そう思っていた。彼だけだった。私の孤独の氷を、腫れ上がったとすら思っていた氷の棘を人の形になるまで抱きしめて溶かしてくれたのは。

 だからこそ私は彼に対する恩がいっぱいあったはずなのに、それなのに、今私は彼じゃなく彼女を救おうとしている。

 きっと、彼は笑ってくれると思う。だって、私をモデルにした女の子なのだから。

 私なのだから、きっと彼は許してくれるはずだ。

 込み上げてくる私の熱が、彼女の孤独の氷を、少しでも溶かせたなら。


「……ごめんね。もっと綺麗な理由で、君たちを作ってあげられなくて」


 いつか、空吾の口からファンたちに行ってもらおうと思っていた事実を泣いているレムに向かって言った。これだけは、これだけはたとえ幻影かもしれない彼女には言わなくちゃいけない気がしたから。


「貴方は、空吾に出会えなかった私なの……たった一人だけの、私なんだよ。レークヴェイム」


 空吾が貴方を悪役令嬢にしたのは、私のせい。私が貴方のモデルであったせい。

 けど、彼が私に手を差し伸べてくれたから今の私と、今の貴方がここにいるの。


「愛する誰かのために自分を偽る行為がどれほど苦痛かなんて、きっとその話を話してもらっていない他人は貴方を平気な顔で傷つけるの。もう、対話を試みようなんてしないで他の誰かと一緒に私の悪口を言うの。最低だなんて、他人って人類様は私を嫌っている時点でそんなことなんて考えもしないの……許せない気持ちを隠すことばかり、得意になるよね」

「っふぅ、……っ」

「つらいよ、だって大切だってわかっていても、どれだけ親しくしていたつもりでも他人はあっさり都合のいい方に流れていく薄情な人の方が多い世の中だから。面倒だって疲れるって、相手のことを気遣うために自分に嘘をつくのが得意になるばかりだよね」

「なら、……っ、私を産まなければよかったじゃないっ!! 私なんて存在を消してしまえば、フィーネは……っ、私は誰かの人生を昇華されるための道具じゃないのにっ!!」

「うん、産まれてきたこと自体間違いだった、って何度も思ったよね。誰かの傍にいて、相手を知るために自分が踏み込んでも無駄だって気づいた時の無力感は、虚無感は、絶望感は、自分の胸の中に隠さないと生きてこれなかったもん……そうじゃなくちゃ、自分の足元がガラス張りの虚無だった時すっごく悲しかったから」

「……っ、なら、ならぁ……!!」

「うん、いいよ。私を呪って、恨んでも。貴方は私を一生恨む権利があるから」


 親友が他の人間にいつも陰口や嘘の悪評を流していたという事実を空吾から聞かされた時は、本当に信じられなかった。あの時から、いいや、その前からも人なんて信用していたなかったけれど……親友だと彼女もそう答えてくれたはずの彼女が、あんな数々の嘘を私につくなんて信じたくなかったから。

 だから私は、悪い子になろうとしたんだ。

 もっともっとあの子が私の死を笑い話にできるくらい、私を踏み台にした彼女が人生の棘になってしまえばいいと意地の悪い方法で、最期には自殺しようとして。

 そんな私を、空吾は面と向かって私に怒ってくれた。


 ――――だから私が、貴方の痛みの全てを私が引き受ける。


「それが社会の仕組みだって、決めつけてた……でも、空吾が違うって、世界はきっと醜く見えても綺麗な世界は、自分で作れるって、そう言ってくれたから私、貴方になるって決意が持てたんだよ?」

「……?」


 鎮花(わたし)は、彼女に強く宣言した。


(あなた)は、こんなにも世界と戦っているじゃない。たった一人で、戦っているじゃない。他人が評価してくれなくたって、自分で戦ってきたじゃない」


 レークヴェイム(わたし)鎮花(わたし)で慰める。

 なんとまあ、ひどい皮肉交じりの自虐だ。でも、気づけばいい。思い知ればいい。

 どんな苦痛すら、私が昇華してみせる。

 今度こそ、私は親友と呼べる(かのじょ)を、助けるんだ。

 

「世界がどれだけ醜くたって、どれほど濁っていて淀んでいたって。どれだけ居場所がなくて泣いたって、自分で動けば、自分が一歩踏み出せば変われるって。そう願って、空吾は乙女ゲームという形で貴方たちを作り上げてくれた。だから私が貴方になるのは、貴方を作るきっかけをクリエイターである空吾に与えた、私のせい。そういうことにしてくれて、いいからさ、」


 私は、彼女に、たった一人だけの私に向かって言った。


「――――だから、泣かないでよ。レム」


 私は泣いているレムに涙が込み上げてくるのを誤魔化すために彼女に言った。


「貴方は、私なの。貴方は、私なんだよ。これからもう、貴方だけが抱えなくていいから、私が(あなた)になるから」


 私はレム嬢を抱きしめた。壊れ物なんかじゃなく、一人の私の信頼すべき親友として。

 悪役令嬢物の主人公の令嬢たちのように、彼女は自分の結末を変えようと頑張っていたんだ。何度も死に戻りをして、ループして、何度も違う選択肢も、性格も、未来を変えようとしても、私が現れる前の彼女は、無力にも本編通りの自分でしかいられないんだ。

 だって、全部原作がルールだから。現実が、ルールだから。

 誰かの倫理観に敷かれたレールのルールをなぞることを生きがいにする世界だから。

 そういう物語とされた令嬢たちしか、自分たちが望む幸福な結末なんて辿れないから。

 だから彼女は、ずっと一人で、戦っていたんだ。

 たったひとりぼっちで、ずっとずっとゲームの中の片隅で、必死に、抗っていたんだ。


「だから、今度は私が貴方に手を差し伸べる番だよ、レム――――もう、大丈夫。大丈夫だから」


 続編の彼女が死んでいる。

 その理由を探すことは、今の私には不可能だけど。

 でも、この世界を、私が彼女に成り代わる世界なら、もしかしたら――――、


「……貴方は、本当にメンタルが花の花弁よりも脆い塵のような女よね」

「れ、レム嬢……?」

「勝手に呼べとも言ってない愛称で呼んでいたくせに、生意気ね」


 レム嬢は私を見て、頬に涙痕をつけたまま、からかうように私に向けて微笑んだ。


「……本当に、いいのね?」

「……もちろん!」


 私は彼女に力強く言い、また、笑った。

 屋敷の彼女の部屋が一気に白い世界となっていく。


「こ、これって……?」

「……シズカ、気を付けて」


 レムは私を庇うようにあの白ローブ女を睨みつける。


「――――全部の記憶をたどったんだなぁ? 悪役ヒロイン様」


 まるですべてを笑って見つめていた管理者の佇まいで笑う白ローブ女がそこにいた。

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