第一八話 善誓の聖女カスレフティス
「……っ、痛みが……増してる、どうして……っ」
床に横向きに倒れていた私は胸元を手で触れる。
心臓病とかの人ってきっとこの痛みと同等か、それ以上の痛みなのだろうか。
そうじゃなかったとしても、どうしてこんなに胸が痛いんだろう。
「……ええ、そうでしょう……これは彼女へ生まれ変るための魂の変化なのですから」
「!?」
抑揚のない声が聞こえるのを感じると紺色の髪の女性が倒れている私の顔を覗き込んでいた。
私は慌てて胸元を抑えながら立ち上がる。
「貴方は誰!?」
目元と額を隠すように蔓のような銀の装飾が入った鏡を付けている女性が目の前に立っていた。
流れる床に着くくらいに長い紺色の髪、インディゴブルーのリップをつけた唇。
ディープブルーのドレスの裾は床の部分と触れており、足元が見えない。
手の甲にだけ穴がある白い袖の指先には黒い手袋をしているが、その華奢な腕にはよく似合っていた。ドレスも手袋も彼女のまるで幽霊のような異質感が、恐怖感が、より私の不安感を煽らせる。
「……善誓の聖女……七元徳の慈悲を司る慈観の聖女、カスレフティスと申します」
「カスレフ、ティス……?」
「……愚生のことはカレフとでもお呼びください……そちらの方が、お呼びやすいでしょうから」
「え、ええ、わかったわ」
カスレフティスと名乗った彼女、いやカレフはスカートの裾を持ち粛々とお辞儀をする。
礼儀正しい女性のようだが……なんだか、見覚えがある気がする。
「……どうかなされましたか? ……もしや、愚生をご存じで?」
「え、えっと……」
カスレフティスは不思議そうにこちらを見る。
思い出せ、きっとこの人も空吾の作った作品のキャラのはずだ。
思い出せ、思い出せ……!!
「善誓の聖女、ってなんなの?」
「……愚生たちは、悪誓の魔女たちと対をなす存在です」
「あくせい……の、魔女? ……あ!」
私は思考をするために口元に手を当てる。
思い出した! 善誓の聖女って、旦那が書いてた魔女関連の小説に出てきた女性キャラたちの名称だ!! 設定資料集の中で、確か外見のイラストも全部載ってたはず……!!
だって空吾が一時期、魔女が登場する作品にハマっていた時期があるから間違いない。
七元徳、だからたぶん七人なのかな……全員のキャラの顔とかはすぐには思い出せないけど。
「……?」
カレフは不思議そうに首を僅かに傾げる。
いや、美少女にしか許されない傾げ方してる。というか、よくよく見れば見るほど出版されてる空吾のとある設定資料集で一番印象に残ってたキャラだこの人!
私は確認のためにカレフに質問する。
「貴方、その頭に付けている鏡がないと私や景色すらも見えないのよね……しかも、相手が顔を何かで隠していても、相手の感情をその鏡で知ることができる」
「…………本当の慈悲も嘘の慈悲も、すべからく理解すべきですから」
「そういう、ものかしら」
「……はい、創造主様の奥方様は、本当に記憶力に長けていらっしゃられるのですね」
他にも悪誓の魔女も、善誓の聖女も、重い過去が設定されていたっけな……それは、生まれ変わってから思い出していけばいいかな。
というか、さっきから感じていたけど最初の一言に間が開くタイプなんだな。
「ところで貴方はどうしてここに来たの? ここは追憶の回廊と呼ばれる場所なのだとは理解しているつもりだけれど」
「……ええ、この追憶の回廊の管理は愚生がしております」
「貴方が?」
「…………はい。聖女である愚生たちはみな、この世界の境界線という蔓の先に咲く花。ですから、それぞれ、愚生たちは管理しなくてはならないのです」
「……管理、ね」
今の言葉だけなら、こう捉えればいいのだろうか。
えっと、ゲームでルートごとに分かれている自分が好みのエンディングを守っている、って意味になるよな。ん? 余計頭が混乱してきた気が……!!
「その例えは、どういう意味があるの?」
「……それは、貴方が生まれ変わってからお気づきになられるかと」
「そう……」
今は答える気がない、ってことか。
「……奥方様は、窓を開放することができなかったように見えましたが」
「ええ、そうなの。あのクソ父……ゴホン!! お父様の執務室の窓を開けられなかったの」
「…………それは、おかしいはず。だって、奥方様の回収すべき記憶は、三人います」
「三人?」
フィリーネはわかるけど、もしかしてクラースもそうなのだろうか。
でも、もう一人は誰だろう……?




